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第一章 始まりと出会い
円卓会議 (スフェンside)
しおりを挟む【スフェンside】
ミカゲはその華奢な身体に、国の明暗を背負っていた。
それも、たった一人で。
今まで一人で行動していたのは、精霊と会話が出来ることを、誰も信用してくれないと思ったからだろう。
私自身、精霊が視えると言っても信じてくれない者もいた。何もない所に視線を動かすと気味悪がられたものだ。
特に貴族間の腹の探り合いでは、俺を狂人に仕立て上げようと面白おかしく囃子立てられたりもした。
その疑心の気持ちは、痛いほどよく分かった。
ミカゲは風貌からして異国の者のはず。
はっきりいって、この国には何の関係もない。
それなのに……。
魔力が枯渇するまで、自分の身を犠牲にして。
明るい場所で見た彼は、凛とした静かな月のように美しかった。
『ミカゲ』という名前は、不思議な響きだった。
肌の色も見たことがない。
滑らかでクリーム色の肌が、異国情緒漂い、ほかにはない魅力を纏っている。
清廉にして穢れを知らない潔白さ。
触ることも躊躇われるほどに清い存在。
その清廉潔白さは長所でもありながら、
危うい魅力でもある。
綺麗な白を、自分の意のままに汚して染め上げたいという、人間の貪欲さを引き出させてしまう。
そんな彼が、泣くのを我慢する健気な姿は、なんとも儚く、消えてしまいそうなほど脆かった。
ミカゲを守りたい。
この健気で、人のために自分自身を犠牲にしてしまう、心優しい青年の。
心も、身体も、全てを守りたい。
話を聞いた私は、堪らず向かい側に座っていたミカゲにそっと近づいて、その身体を抱きしめていた。
私よりも細く、柔らかい身体。力を入れれば簡単に壊してしまいそうだ。泣くのを我慢しているようで、黙って俯いたまま私に抱かれていた。
ミカゲが安心できるように、背中を撫でる。
しばらくすると、ミカゲの身体から力が抜けていく。やはり、魔力はそんな早々に回復しない。話をするだけでも疲れてしまったのだろう。
身体を少し離して覗き込むと、ミカゲがひっそりと寝息を立てながら眠っていた。
その顔は安らかというよりは、疲れて苦しんでいるような、どこか辛そうな顔だった。
俺はミカゲの身体を横抱きにして、またベッドに寝かせた。ミカゲを以前にも運んだことがあるが、同じ男としては驚くほど軽い。
起きたらしっかりと食事を取らせなくては。
ミカゲの顔近くには、黒色の子犬がピッタリと寄り添う。こちらを半眼で見て、警戒している様子だ。
この子犬は私と相容れない気がするな。
ベッドに寝ているミカゲの頬をそっと撫でる。陶器のような滑らかで、極め細かな肌はずっと触っていたくなってしまう。
額にそっと口付けを落として、俺はテントを後にした。
「団長、彼は何者だったのですか?」
テントから出ると、待ち構えたように副団長のヒューズが俺に近づいてきた。ミカゲの起きた気配に気が付いたのだろう。
深緑色の短髪。目は切れ長で瞳の色は琥珀色。日に焼けたような褐色の肌。
鷲などの猛禽類を思わせる鋭い雰囲気のある男だ。
私の信頼できる腹心でもある。
「そのことで皆に話がある。ヒューズ、ヴェスターとツェルベルトを会議幕へ呼べ。」
俺が指示をしてすぐに、ひょっこりとヒューズの後ろから見知った人物が顔を出した。オレンジ色のくせっ毛がいつもどおり、愉快そうにゆるゆると揺れ動いている。
「ほーい。団長、呼んだ?」
音もなく現れたのは、明るいオレンジ色の髪と瞳。人懐っこそうな笑みを浮かべた、身軽そうな青年。
騎士団の黒い制服も胸元を緩め腕まくりをして、動きやすいようにしている。
紅炎騎士団諜報員のツェルベルトである。
一見軽薄そうな青年に見えるが、代々王宮に仕える暗殺一家の次男。
ヴェスターはヒューズに呼んできてもらい、俺はツェルベルトを連れて会議幕へと急ぐことにした。
騎士団内での決め事や作戦を立てる際は、この少し大きめのテントを使用しているのだ。
「御呼びと聞き参りました。団長。」
ヴェスターが会議幕の入り口を開け、続いてヒューズも中に入る。
会議幕の壁には地図が掲げられ、中央には会議用のやや大きな円卓が設置されていた。その円卓に沿って、椅子も4つ並べられている。
私を含んで4人の男たちが、ダークブラウンの円卓に座った。
私は全員が席に座ったところで、円卓の上にコトリっと小さな砂時計を置く。
透明な硝子の球体を縦に2つくっ付けた形で、接合部分は細く括れて繋がっている。
その筒を黒色の四角い鋼板が上下で挟み込み、2本の柱で支えていた。
装飾はなく、いたってシンプルな砂時計だ。中には紫色の魔石を砕いた、細かな粒子が入っている。
私の手の平に納まるぐらいのそれを、上下にひっくり返した。
上の筒に貯まっていた紫色の砂が下に落ちた瞬間、ブゥンっという羽根が震えるような音がして、砂時計から半透明の円が放たれる。
会議幕内全体を円が覆うと、遮音結界が発動した。
この砂時計は遮音の魔道具だ。2時間ほどは効果が持続する。
「3人に話がある。昨日、騎士団が保護した青年についてだ。」
全員が無言のまま、私に目を向ける。それぞれの顔を見渡した後、私は努めて淡々と話し始めた。
ミカゲが精霊を見ることが出来、精霊と会話が出来ること。
魔物の狂暴化の原因が、赤い魔石が放つ邪気であり、魔石は人間が精霊の棲み処近くに設置していること。
邪気はシユウという異国の邪神の力であり、邪神はこの国の人間に憑りついていること。
精霊を弱体化し、この国を意のままにしようとしていること。
皆は私の説明を黙って聞いていた。各々、話を聞きながら思案しているのだろう。
「……それは、真実なのですか?」
副団長として俺を支えるヒューズは、慎重に事の真偽を見極めようとしている。素直に信じるには、確かに難しい話だろう。
「確かに、にわかには信じがたいですね……。狂暴化の原因について、今まで手がかりが掴めなかったので、1つの参考にはなりそうです。」
以外にも、ミカゲに優し気な印象だったヴェスターは、話を聞いて「あくまでも参考にする。」という消極的な考えだ。
うちの軍医は穏やかに包み込む雰囲気があるが、思考は冷静だ。
そうでなければ、生きるか死ぬかの緊迫した場面で、必要に応じた順番で治癒行為をできないからだ。
切り捨てるときは、ばっさりと切る。
「オレはまだその青年を見てないから、なんとも言えないかなー。」
ミカゲが保護された際に、ツェルベルトは別の場所で諜報活動をしていた。ミカゲ自身と接触していないため、様子見ということだろう。
「少なくとも、狂暴化の原因は魔石で間違いないだろう。それに、精霊の力が弱まっているのは事実だ。」
魔物の狂暴化は、確かにこの国で一番問題視されている。
しかし、もう一つ、この国には問題が起こっていた。
「……農作物が各地で突然枯れはじめ、凶作となった件ですね。……現に、凶作の影響で苦しい生活を強いられた農民が、業を煮やして精霊の石像を壊したと聞いています。」
この国の宗教は、神信仰と精霊信仰の2つがある。
精霊は生命力の源。自然界に関することは、皆精霊に祈りを捧げるのだ。
特に、自然と共存している農村に行くにつれて精霊信仰は強くなる。
「問題は、この事態をどこの人間が引き起こしているかだ。」
ミカゲは、件の魔石を人間が仕掛けたと言っていた。
精霊の力が削がれて、今一番いい思いをしている場所。
「まあ、怪しいのは神殿だろうね。実際に信仰者増えて、お布施もガッポガポだし?」
精霊を信じられなくなった者たちが、神信仰を強めたということか。実際、精霊信仰の者は少なくなった。聖殿へ祈りを捧げるものが目に見えて減っている。
確かに怪しいが、今のところは魔石との接点がない。
信仰者を集めて利益を得るというのが目的と言われればそれまでだが、あまりにも理由が薄っぺらく感じる。
「……ツェルベルト、神殿の動きを探れ。」
私に言われなくてもそのつもりでいたのだろう。ツェルベルトは、子供が先生に返事をするように「はーい」と手を上げて返事をした。
「その他の場所への探りは任せる。」
ツェルベルトの諜報能力は確かだ。ツェルベルト直下の部下も多数存在する。今回もいい仕事をしてくれるだろう。
自由にさせてこそ、この軽薄な暗殺者は本領を発揮する。
「うわー。相変わらず人任せな。……まあ、いいけど?」
人好きするような顔は、ニヤリと口角を片方だけ上げて笑った。どうやら、楽しくなってきたようだ。
「……彼は…、ミカゲはどうします?彼も怪しいことに変わりはありません。」
ヒューズは冷静に話を進めた。ミカゲを疑うわけではないが、傍から見て一番怪しい人物はミカゲだろう。
「彼には我が騎士団と一緒に行動してもらう。現状、彼しか邪気を浄化できないし、魔石も壊せない。ミカゲとともに、魔物を討伐しながら浄化を行い、人に憑りついているという邪神を見つけ出す。」
元々魔物討伐を主な任務としている紅炎騎士団。
彼と一緒に各地に赴く際に、「魔物討伐のため」という名目があれば行動しやすい。
「幸い、彼は冒険者だ。騎士団から指名依頼という形で、ミカゲには同行してもらおうと思う。」
基本、冒険者は冒険者ギルド内に掲示された依頼を、自分自身で選択して仕事を請け負う。
ただ、この冒険者に依頼を出したいと、冒険者ギルドを通して、個々に冒険者を指名して依頼を出すこともできるのだ。
紅炎騎士団と冒険者による、合同での魔物討伐依頼としよう。
「一緒に行動をしていれば監視にもなりますし、妙案ですね。」
「私は彼の体調が気になるので、しばらく一緒に行動をするのは賛成です。」
「団長におまかせで。」
三者三様の返事が返ってきたところで、私は一度小さく頷いた。
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