9 / 136
第一章 始まりと出会い
美しき月の精霊 (???side)
しおりを挟む【???side】
私達は魔物討伐の任務で、この森にやってきていた。
最近、魔物の狂暴化が進み被害が増加しているため、各地に騎士団が赴いて討伐をしているのだ。
魔物が狂暴化した原因は不明で、その調査も兼ねていた。
私の率いる騎士団は、国立騎士団の中でも強者が集まる紅炎騎士団。
魔物討伐や盗賊の取り締まりなど、任務も過酷なものが多い。この騎士団は私の信頼のおける部下で構成されていて、確かな実力を持っている。
「……?どうしたんだ、一体?」
暗闇が支配する森の中。
私の周りをいつも漂うだけの、精霊たちの様子がおかしい。今日はやけに落ち着きがないのだ。
精霊といっても、私には緑色の淡い光にしか見えないのだが……。
じつは、私には他の者たちには見えない、『精霊』たちが見えている。
これは精霊から強い加護を与えられた証拠だ。私はこの身に風精霊の加護を賜った。
本当に加護が強い者だと、この精霊たちの本当の姿を見ることができるらしい。
普段は、私の周りを楽しそうにふよふよ、ゆらゆらと遊ぶように漂っている精霊たち。
今日は、少し様子が違っている。忙しなく私の頭の周りを飛び回ったかと思うと、全員が同じ方向へと行くように私から離れていくのだ。
私が立ち止まったままでいると、精霊たちも空中に留まる。そして、精霊たちを追いかけていくと、精霊たちはどこかへ向かうように離れていく。
まるで、私をどこかに導いているような様子だった。
「……この方向は…、泉のほうか?」
この森の近くには、美しい泉がある。緑色に見える光たちは、心なしかそわそわとして、早くその泉のほうへ行きたがっている様子だった。
「ヒューズ、精霊たちの様子がおかしい。念のため、精霊の泉付近に警戒に行く。」
「はい。お気をつけて。」
夜の見張りに当っていた副団長のヒューズに一言告げると、私は単独で森の中に入る。
単独で行動する理由は、精霊の泉は入れる者が限られているためだ。精霊が好む人間しか入れない。精霊の加護を与えられた私ならば、入れる可能性があった。
私の前を、精霊たちが淡い光を浮き沈みさせながら進んでいく。しばらく歩くと、前を進んでいた精霊たちの光がすうっと消えた。
精霊たちが消えた場所まで近づいて、一歩踏み出す。薄い膜を通り抜けたような感覚がして、空間が少し揺らいだ。
これは、結界か?
普通の者は、この結界を通り抜けることができないのだろう。
精霊たちの光が再び見えた瞬間、
私はあまりの美しさに立ち尽くしてしまった。
闇夜を静かに照らす、蒼白の月。
透きとおった泉の水面には、鏡のように映りこんだ丸く淡い光。
その光を一身に纏いながら、水面に立つ青年。
見たこともない、白色から夜闇の濃い青色に変わっていく袖の長い服。
青年が動くたびに、ヒラリと優雅に翻る。
右手に持った扇子からは、水がパシャっと見事な弧を描いている。左腕につけた金色の腕輪からは、シャランっと繊細な音が紡がれた。
水面は青年が足を動かすたびに波紋を重ね、時折水しぶきが跳ねる。舞を踊る青年の周りを、水色や緑の精霊たちが楽しそうにクルクル飛んでいた。
その舞に呼応するように、小花が淡く丸い光を放つ。
雪のように真っ白な髪。
瞳は夜空を思わせるような黒色に近い蒼色。
クリーム色の滑らかな肌は、この世界では見たことがない肌色だ。
中性的な整った容姿。
ただ、凛とした空気が青年だと知らしめている。
まるで月の精霊が、祈りを捧げて舞う儀式のように、静かで澄んでいて。
それでいて力強く、生命の息吹を感じさせる舞。
その光景は、この世のモノとは思えない、
息を飲むほどに清廉で流麗。
言葉で表すことさえも、陳腐に思えた。
私は全身からぶわりと身震いがした。
心に清らかな水が一滴落とされて、澄みきっていく。
美しい。ずっと、この世界を見ていたい。
しばらく水面で舞う青年を見ていたが、動きがピタリと止んだ。どうやら、この幻想的な世界にも終わりの時が来たようだ。
名残り惜しくも感じながら、私は美しい青年の一挙一動を見逃すまいと、じっと見ていた。
衣装を脱ぎながら、泉のほとりまで水面を歩いた青年は、急ぎ足で森の奥へと向かっていく。
私は夢中になって彼を追いかけていた。
彼は何者で、何をしているのだろうか?
なぜだか、彼の存在自体が気になって仕方がない。
彼を追いかけて進んでいくと、黒い靄が濃くなっていくのを感じ取った。身体が重くなっていく。
彼が足を止めたのは、小さな沼だった。
ここは睡蓮の咲く美しい沼だったが、今や見る影もない。毒々しい毒沼に変わり果てていた。
青年が毒沼に近づくと、突然地響きのような凶悪な咆哮が聞こえた。
沼から巨大なルストタートルが出現する。これほどの大きさなのは、明らかに異常だ。狂暴化しており姿も醜く異形のそれだった。
ルストタートルは巨体を素早く翻して、青年に向かって尾で攻撃を仕掛け始める。
砲丸に棘が付いたような尾は、攻撃を受ければ命を落とすだろう。
青年は地面を蹴って、攻撃をことも無げにヒラリと躱す。剣を引き抜いて、氷の刃をルストタートルの足に繰り出していた。
しかし、強固な鱗に阻まれて攻撃が通用していない。
これはまずい。
騎士団に伝達魔法を出しながら、青年に加勢しようとした、そのときだった。
「……刺せ。」
青年の凛とした声がしたと同時に、ルストタートルの巨体を氷の結晶が覆った。
そして、氷が凍てつく鋭い音がすると同時に、結晶内のルストタートルが無数の氷柱で全方位から串刺しにされたのだ。
硬い甲羅は見事に氷柱に貫かれて穴が開いている。
短い断末魔とともに、ルストタートルは絶命した。
ほんとうに一瞬の出来事だった。
「……すごい。」
氷魔法自体が、とても珍しい。しかも、いとも簡単に高度な魔法を、瞬時に発動させた。
その華奢な身体からは想像できないほどの、魔力量と戦術。
絶命したルストタートルの首を、淡い光の巨体が包み込んで地面に引きずり出している。
この光は精霊の類だろう。精霊自身が彼を手伝ってるようだった。
こんな光景は見たこともないし、聞いたこともない。
青年はルストタートルが絶命したのを確認すると、ルストタートルの額に埋まっている、赤黒い石に刃を向けた。
「苦しみが癒え、安らかに天へ還りますように。」
そう願いを込めるように青年は呟いたのち、刃でその石を突き刺した。
赤黒い石に白色の光が流れ込み、石が透明になって粉々に砕け散る。
直後に、ルストタートルの異様な禍々しさが消えていったことに気が付いた。
石を砕いたところで、青年は身体を震わせながら膝をついた。
息遣いも荒く、魔力枯渇による限界が来ているのが見て分かった。
片膝をついた姿勢のまま、青年は右手の人差し指と中指を立てて、軽く口元に当てる。
そして、青年が聞いたこともない言葉を呟いた後、青年を中心に風がふわりと巻き起こり、あたり一帯の黒い靄が消滅していったのだ。
先ほどまで感じていた自分自身の重みもなくなり、私は目を見張った。
これは、一体どういうことだろうか?
彼は、何をしたんだ?
驚きと興奮で思考に耽っていると、突然ドサリっと何かが地面に落ちる音が聞こえた。
音のしたほうを見ると、青年が地面に身体を伏せて倒れている。
私は居ても立っても居らず、青年に近づいて身体を抱き起す。青年の身体に触れたとき、人肌の体温を感じて私は歓喜で打ち震えた。
彼は、精霊や神などではなかった。
触れることのできる存在。
全身に力が入らない様子の青年を、これ幸いとばかりに横抱きにして抱きしめる。
青年の息遣いを胸に感じ、心臓が脈打つ鼓動が聞こえくる。
月の精霊だと思っていた彼は
私と同じ人間だった。
142
お気に入りに追加
2,726
あなたにおすすめの小説

異世界転移して出会っためちゃくちゃ好きな男が全く手を出してこない
春野ひより
BL
前触れもなく異世界転移したトップアイドル、アオイ。
路頭に迷いかけたアオイを拾ったのは娼館のガメツイ女主人で、アオイは半ば強制的に男娼としてデビューすることに。しかし、絶対に抱かれたくないアオイは初めての客である美しい男に交渉する。
「――僕を見てほしいんです」
奇跡的に男に気に入られたアオイ。足繁く通う男。男はアオイに惜しみなく金を注ぎ、アオイは美しい男に恋をするが、男は「私は貴方のファンです」と言うばかりで頑としてアオイを抱かなくて――。
愛されるには理由が必要だと思っているし、理由が無くなれば捨てられて当然だと思っている受けが「それでも愛して欲しい」と手を伸ばせるようになるまでの話です。
金を使うことでしか愛を伝えられない不器用な人外×自分に付けられた値段でしか愛を実感できない不器用な青年

男女比がおかしい世界の貴族に転生してしまった件
美鈴
ファンタジー
転生したのは男性が少ない世界!?貴族に生まれたのはいいけど、どういう風に生きていこう…?
最新章の第五章も夕方18時に更新予定です!
☆の話は苦手な人は飛ばしても問題無い様に物語を紡いでおります。
※ホットランキング1位、ファンタジーランキング3位ありがとうございます!
※カクヨム様にも投稿しております。内容が大幅に異なり改稿しております。
※各種ランキング1位を頂いた事がある作品です!

平民男子と騎士団長の行く末
きわ
BL
平民のエリオットは貴族で騎士団長でもあるジェラルドと体だけの関係を持っていた。
ある日ジェラルドの見合い話を聞き、彼のためにも離れたほうがいいと決意する。
好きだという気持ちを隠したまま。
過去の出来事から貴族などの権力者が実は嫌いなエリオットと、エリオットのことが好きすぎて表からでは分からないように手を回す隠れ執着ジェラルドのお話です。
第十一回BL大賞参加作品です。

異世界で王子様な先輩に溺愛されちゃってます
野良猫のらん
BL
手違いで異世界に召喚されてしまったマコトは、元の世界に戻ることもできず異世界で就職した。
得た職は冒険者ギルドの職員だった。
金髪翠眼でチャラい先輩フェリックスに苦手意識を抱くが、元の世界でマコトを散々に扱ったブラック企業の上司とは違い、彼は優しく接してくれた。
マコトはフェリックスを先輩と呼び慕うようになり、お昼を食べるにも何をするにも一緒に行動するようになった。
夜はオススメの飲食店を紹介してもらって一緒に食べにいき、お祭りにも一緒にいき、秋になったらハイキングを……ってあれ、これデートじゃない!? しかもしかも先輩は、実は王子様で……。
以前投稿した『冒険者ギルドで働いてたら親切な先輩に恋しちゃいました』の長編バージョンです。

天涯孤独な天才科学者、憧れの異世界ゲートを開発して騎士団長に溺愛される。
竜鳴躍
BL
年下イケメン騎士団長×自力で異世界に行く系天然不遇美人天才科学者のはわはわラブ。
天涯孤独な天才科学者・須藤嵐は子どもの頃から憧れた異世界に行くため、別次元を開くゲートを開発した。
チートなし、チート級の頭脳はあり!?実は美人らしい主人公は保護した騎士団長に溺愛される。

普段「はい」しか言わない僕は、そばに人がいると怖いのに、元マスターが迫ってきて弄ばれている
迷路を跳ぶ狐
BL
全105話*六月十一日に完結する予定です。
読んでいただき、エールやお気に入り、しおりなど、ありがとうございました(*≧∀≦*)
魔法の名手が生み出した失敗作と言われていた僕の処分は、ある日突然決まった。これから捨てられる城に置き去りにされるらしい。
ずっと前から廃棄処分は決まっていたし、殺されるかと思っていたのに、そうならなかったのはよかったんだけど、なぜか僕を嫌っていたはずのマスターまでその城に残っている。
それだけならよかったんだけど、ずっとついてくる。たまにちょっと怖い。
それだけならよかったんだけど、なんだか距離が近い気がする。
勘弁してほしい。
僕は、この人と話すのが、ものすごく怖いんだ。

女神の間違いで落とされた、乙女ゲームの世界でオレは愛を手に入れる。
にのまえ
BL
バイト帰り、事故現場の近くを通ったオレは見知らぬ場所と女神に出会った。その女神は間違いだと気付かずオレを異世界へと落とす。
オレが落ちた異世界は、改変された獣人の世界が主体の乙女ゲーム。
獣人?
ウサギ族?
性別がオメガ?
訳のわからない異世界。
いきなり森に落とされ、さまよった。
はじめは、こんな世界に落としやがって! と女神を恨んでいたが。
この異世界でオレは。
熊クマ食堂のシンギとマヤ。
調合屋のサロンナばあさん。
公爵令嬢で、この世界に転生したロッサお嬢。
運命の番、フォルテに出会えた。
お読みいただきありがとうございます。
タイトル変更いたしまして。
改稿した物語に変更いたしました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる