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第一章 始まりと出会い
魔物との戦闘、一人の男
しおりを挟む「……この先には、美しい沼があるはずなんだが……。すまない。私には邪気が強すぎて、これ以上は近づけそうにない……。」
アイルは苦しそうに胸を押さえて、地面に蹲った。泉にいたときよりも光が薄くなっている。邪気に当てられてしまったのだろう。アイルの手を取り、そっと木の陰に座らせる。
「ここで待っていてくれ。……あとは、俺がやる。」
木にもたれ掛かったアイルは、俺の言葉に大人しく従ってくれた。
「……元は蓮の花が咲く綺麗な沼だったのに…。魔石を人間に仕掛けられたことで、変わってしまったんだね……。」
アイルが哀し気な表情で呟いた。
反応があった場所は、小さな沼だった。
満月の夜だと言うのに、沼を黒い邪気が覆い薄ら寒く不気味な暗闇が支配してる。草は枯れ果て、木は幹だけでなく、太い根までもが剥き出しになっていた。
沼の水は見るからにヘドロのように濁りきっている。色は毒々しい黒色と紫色が渦を巻いたまだら模様だった。
全ての生命を奪うような、毒沼と化してしていた。
「……魔石は、この沼底にあるみたいだ。」
魔石の反応は、毒沼の中からだ。俺が毒沼を浄化しようと近づいたときだった。
グキギャギャギャギャ―――――!!
耳を塞ぎたくなるほどの咆哮が一帯に響きわたる。今までに聞いたことのない、鈍い金属同士が歯ぎしりをしたかのように、不快な獣の叫び声。
ぬかるんだ地面が大きく振動し、思わず身体がよろめく。
泥沼の水面から勢いよくドロリとした毒水が噴き出し、ドボっ、ベチャっと湿った重い音を上げた。
沼から現れたのは、大岩のような巨体。
首は長く鱗に覆われ、顔はカミツキガメのように獰猛で凶悪。血走った魔物の目。
口は横に大きく割れ、鋭利な牙が無数に生えそろっていた。
岩石を思わせる固く尖った甲羅を背負い、鱗に覆われた四つ足に鋭い爪。尾の先は突起の付いた球体の形をしている。
一見すると亀のようだが、恐竜のような狂暴な雰囲気が特徴的だ。
そして、額の中心には血のように赤黒い魔石が、第三の目のように埋まっていた。
「……ルストタートルか!」
亀に似た魔物だ。沼地に住み、魚や虫を食べる雑食。
本来は大きくても獅子ぐらいの大きさにしかならない。比較的大人しく、人間を襲うようなこともない。
今、目の前にいるルストタートルの体長は、3階建てのビルぐらいではないだろうか。
横幅も大きく、人などちっぽけに思える大きさだ。
沼に入れられた魔石を、食べたりして身体に取り込んだのだろう。額の魔石は根をはって皮膚に食い込んでいた。
魔石のせいで狂暴化したのか……!
グキギャヤアー――っ!
ルストタートルは咆哮を上げながら、大きな巨体を捩じらせ球体のしっぽをブンっ!と振り回してこちらに攻撃を仕掛けてくる。
腰の日本刀を抜刀しながら、地面を蹴って素早く攻撃を躱す。尻尾が振り下ろされた地面には大きな穴が開いていた。食らったら一たまりもないだろう。
素早く刀を横に薙ぎ払い、足めがけ氷の三日月型の刃をくり出す。薄く鎌鼬のように良く切れるはずの氷刃は、硬い鱗に覆われて砕け散った。
「……やはり、硬いな…。」
巨体に似合わずルストタートルの動きは俊敏だ。
身体を自由に動かし、尻尾を振り回して攻撃をしてくる。
この魔物が生きている限り、呼吸をするように魔石から邪気が発せられ、身体が重くなっていく。
時間を掛けてはいられなかった。
魔法はイメージが大事だ。
金剛石の硬さ。
貫く鋭利な氷柱。
銃のような爆発的な瞬発性。
出ることの出来ない棺。
全包囲。
「……刺せ。」
ルストタートルに向かって切っ先を突き出す。
キンッ、キンッ、キンッ、ピキッ
俺の声とともにルストタートルの全身を八面体の氷結晶が覆った。
中心に向かって無数の鋭利な氷の矛が、全方面からルストタートルを串刺しにした。
金剛石ほど硬い氷柱が弾丸の速さで刺さり、岩石のような甲羅は貫かれている。
グギャっ……
短い断末魔が聞こえ、血走っていた目から生気が消えた。結晶の中にはルストタートルの緑色の血液が滲んでいる。
頭部の魔石にも氷の矛が繰り出されたのが見えたが、砕けなかった。
やはり、あれだけは異質な物体のようだ。
俺はルストタートルが絶命したのを確認して、俺は氷結晶を解いた。
いつの間にか黒狼に姿を変えたコマが、ルストタートルの首を噛んで、頭部のみを沼から引きずり出している。
沼のほとりにコマは、ぺっ!と吐き出すようにルストタートルの首を投げた。たったそれだけのことでも、巨体がドシンっと地面が揺らす。
俺は絶命したルストタートルの額の魔石に、両手で刃を持って切っ先を構える。
魔物と一体となった魔石は、赤黒い血がさらに淀んだような色をしていた。
「苦しみが癒え、安らかに天へ還りますように。」
祈りを捧げながら、刃を下に降ろして切っ先を魔石に突き刺した。キンッと空気が張りつめたような音が響き、石にパキっと亀裂が入る。
白色の光がドロリとした魔石の淀みを絡めとっていく。やがて魔石は透き通り透明になった。
パキンッ!
白色の光が収束していき、小さな音を立てて魔石が粉々に散った。
俺は、はぁ、はぁと肩で息をしながら地面に片膝をつく。あとは、沼を浄化すれば終わりだ。
魔力を使い過ぎて、手がカタカタと震えている。
でも、邪気は消滅させないと、いつまでもそこに留まってしまう。
片膝をついた姿勢のまま、俺は右手の人差し指と中指を立てて、軽く口元に当て浄化の呪文を唱えた。
波紋状の風が広がって沼が美しい水色に変わった。
もう、意識は朦朧としていて、身体に力が入らなかった。身体が傾いても受け身を取れず、俺は思いっきり地面に倒れた。
意識が段々と遠退いていく中、バタバタと足音が聞こえてくる。
なんだ?なんの足音だ?
魔物であれば、コマが倒してくれるだろう。
でも、コマが動く気配がない
妙だと考えていると、倒れた身体を揺すられ仰向けにされる。
「おいっ!しっかりしろ!」
「っ?!!」
頭上から若い男性の緊迫した声が聞こえてくる。
……どうして、こんなところに人が…?
疑問に思って声のするほうへ視線を向けると、俺は息を飲んだ。
目の前の男性は驚くほどの美形だった。
金糸のように輝く少しウエーブした髪に、エメラルドの深い緑色の瞳。
キラキラと光を放つ、美貌の王子様然としたイケメン。
絵画やゲームの画面からそのまま出てきたのではないかというほど、完璧なまでの美貌。
臙脂色の落ち着いた赤いマントを羽織り、中は黒色で詰襟の服を着ていた。
襟や袖口には金色で刺繍が施されていて、金糸の髪とよく似合っている。
がっしりとした体格というよりは、無駄のない筋肉で細マッチョという感じだ。
一見して、騎士だろうか?
あまりの美形に惚けていると、その男性がおもむろにコートを脱ぎだして、パサリと俺に羽織らせた。
そして、そのまま俺の膝下に手を回してくる。
男性のコートに包まれた俺は、ひょいっと簡単に持ち上げられた。
「っな?!」
突然視界が高くなったことに驚く。そして、自分が男性にされている体勢に、さらに驚き恥ずかしくなった。
男性は、俺を横抱きにして抱えた。いわゆる、お姫様抱っこだ。
いくら俺が華奢だったとしても、そう簡単に男を持ち上げられるものなのか?
何でお姫様だっこなんだ???
というか、一体あなたは誰?
そこまで考えたとき、とうとう俺は限界に達したようだ。
温かな体温を感じながら、俺は意識を手放した。
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