不遇な神社の息子は、異世界で溺愛される

雨月 良夜

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第一章 始まりと出会い

初めての浄化

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『…気を付けて。美影。』

足元から穏やかな風とともに金色に光を放って、俺を包み込んだ。眩しさに思わず目を瞑る。

身体がふわりと浮いた感覚がした。



しばらくして眩しさがなくなる。そっと目を開くと、俺は柔らかな草の上にうつ伏せに倒れていた。

身体を包みこむ心地よさに揺蕩っていたけれど、身体を起こして辺りを確認する。辺り一面、草原のように背の低い草が密集して、そよそよと風に揺れていた。


カチャリっと金属が擦れる音が聞こえて、俺は咄嗟に音がした下半身を見た。
いつの間にか、腰には舞の時に使う神具の一種である、日本刀がベルトに帯刀されていた。


立ち上がって自分の服装を見てみると、あの日のままのジーンズとパーカーに、ベルト、スニーカーだ。
腰には日本刀とポシェットのような小さなカバンが付いている。


立ち上がったら視線も上がり、周囲にも目がいった。
俺のいる場所だけ、森の中でも拓けた草原なのだろう。周囲は鬱蒼とした木々に囲まれている。

 
森のほうは、暗く淀んで黒い靄のようなものが漂っているように感じた。気味が悪く、その黒い靄を見ると肌が粟立つような嫌な感じがする。

俺は、森から目を背けると、再び草原へと視線を移した。


草原の中心には1本の大樹が、天に手を広げて立っていた。俺は何かに誘われるように、その大樹に近づく。目の前までくると、その大きさに圧倒されてしまう。

大樹というにふさわしい、歴史を感じさせる立派な太い幹。日光を浴びて茂る枝葉は、さわさわと音を奏でている。


でも、なぜだろう……。
こんなに青々としているのに、どこか元気がない?


そっと太い幹の表面に触れようとすると、上からガサっと物音が聞こえた。


『わぁっ!本当に来たー!』

驚いたような声が聞こえて顔をあげる。少し高い声は、子供のそれだ。

 
青々と茂る葉の合間に、可愛らしい顔立ちをした少年が幹に座って足をプラプラさせていた。

少年は「よっ」と小気味よく声を出すと、随分と高い位置にある幹から、事も無げに地上に降りてくる。
俺のもとにパタパタと走ってきて、子供特有のふっくらとした身体が、トンっと体当たりをしてきた。


小さな手を精一杯俺の腰に回すと、ぎゅっと抱きつき下から見上げてくる。

現世で言う、幼稚園児くらいの年齢だろうか?


『はじめまして!僕は木の精霊ポムフルール。王から話は聞いてるよ!ミカゲだっけ?よろしくね!』

 
顔をあげてニパッと笑った笑顔は、とても愛くるしい。

茶色のクルクルした髪に、子供特有の大きな目は金色だ。服はフード付きのポンチョに半ズボン。
短い丈のブーツを履いていた。

俺はしゃがんで少年と目線を合わせて、挨拶をする。


「俺はミカゲ。よろしくな。」

クリッとした大きな目は、星が瞬くようにキラキラしていて好奇心いっぱいだ。
微笑ましい仕草に自然と笑みが零れる。

 
『さっそくだけど、面白いことできるんでしょ?僕に早く見せて!』

俺の服を引っ張り、『早く、早く』と強請られる。

 
面白いこと?はて?


俺はポムフルールの言葉の意味が分からず、首を傾げてポムフルールを見つめる。ポムフルールはぷくぅっと頬を膨らませながら、俺に教えてくれた。

 
『異世界の魔法、見せて!』

 
異世界の魔法?

日本には魔法なんて当然なかったから、自分は使うことができない。

 
『あれだよー。術とかやってみなよ?』

足元からのほほんとした声が聞こえたため、下を見る。
先ほど精霊王ベリルから借りた黒犬のコマが、足元にいた。後ろ足で耳の裏をゲシゲシと掻いている。存在を忘れていたな。

 
俺は右手の人差し指と中指を立てて、軽く口元に当てる。そして、術の発動のための呪文を唱えた。

簡単な浄化の呪文だ。
この辺り一帯を清廉な空気で満たし、心身ともに清くなるように願いを込めながら唱える。

 
呪文を唱え終えた瞬間、ぶわっと自分を中心に風が巻き起こり周囲に向かって広がっていった。
心無しか風の中に銀色に輝く粒子が混じっている。
風は波紋上に広がって周囲一帯を揺らした。
さわさわと草原の草や、森の木々が風に靡く音が聞こえる。


『んー!すっきりするー!!』

ポムフルールは両手を空へと伸ばして、ぐいーっと大きく伸びをして笑った。大樹も心なしか元気が出たようで、キラキラと細かな光を纏っている。


俺は草原を囲んでいる森にも目を向けた。
先ほど、森に漂っていた黒い靄が無くなっている。ほの暗く不気味だった森は快活な風が抜け、木々の葉が木洩れ日を作っていた。

無事に浄化できたようだ。


そう思って安堵していたとき、ぞわりとした悪寒を肌を撫でいき、不意に眉をしかめた。


「………?」

波紋状に広がった風が、何か奇妙なものに反応した。円状のセンサーにぽつんと異物が引っ掛かったような、気持ち悪い感覚だ。

自分が出した風は、たぶん浄化の力を纏っている。その力に反発するような何か。

 
……なんだ?


そこだけ、ぞくりと肌が粟立って、淀んだ泥のように纏わりつく邪気を感じる。

嫌なものがある、直観でそう思った。


 「……森に何か埋まっている。」

訝し気に俺が呟くと、ポムフルールはうんっと頷いた。


『よく気が付いたね。森に人間が入ってきて、何か埋めたんだ。その時は別に何も起きなかったから、放っておいたんだけど……。しばらくして邪気を流すようになったの。ぼくでは穢れが強くて触れなかったんだ。』

 
この自然豊かな森には、あまりにも不釣り合いな、意図されて創り出されたモノ。
悪意に満ちたそれは、なんとも邪悪で薄気味悪い。

 
俺とポムフルールはその『何か』が埋められている場所まで、一緒に向かう。
草原からしばらく歩いて辿り着いたそこは、鬱蒼とした森の中の一か所だった。


ただ、異様に感じるのは、その周辺だけ重々しく、身体にまとわりつくような、気味の悪い邪気が漂っていること。
息苦しくなるし、この粘っこい悪意や憎悪に満ちた空気は、いるだけで気力を奪われていく感覚がする。

 
邪気は地面からゆらりと湧き出るように漏れていた。

 
『ぼくがほるー。』

コマが邪気が漏れ出ている地面を前足で掘り返す。
土の山がコマのお尻部分にこんもりと出来上がったころ、コマが声をかけてきた。


『何かうまってるー。』
 
地面の穴から出てきたのは親指大くらいの、小さな球体状の石だ。

人間の血のような赤黒い色。
中心には黒い球体があり、球体に向かって真っ赤な線が幾つも集まり集約されている。

例えるなら、光を宿さない、血の色をした人間の目みたいにだった。

なんとも毒々しく、気持ちの悪い石。手で持ち上げることさえも憚られるくらい、禍々しいものだった。

 
『……すごい穢れだね。』


ポムフルールが鼻をつまんで、しっ、しっと石を追い払うような仕草をした。

俺は地面に片膝をついて、腰に帯刀していた日本刀を鞘から抜いた。両手で刀を持って下に降ろし、切っ先を石に向ける。

 
どうしてかは自分にも分からないが、自然と身体が動いていた。

 
「苦しみが癒え、安らかに天へ還りますように。」

想いは『言霊』として、口にする。言葉には魂が宿るのだ。自分なりの言葉にはなるが、祈祷するときも必ず意味を持つ、願いを込めた音として発していた。

 
力を込めて刀をその禍々しい石に突き刺した。


キンッ、と空気が張りつめたような音が響き、石にパキっと亀裂が入る。ヒビは石全体に広がっていき、無数の線が走った。


血のように赤黒い石の亀裂に、刃から出る白色の光が流れ込んでいく。石の中で渦を巻くようにその光が動き、赤黒い邪気を絡めとって吸収していった。

しばらくすると、赤黒かった石が透明になる。


パキンッ!

白色の光が収束していき、透明になった石は小さな音を立てて粒子状に粉々になった。先ほどまで周囲を漂っていた邪気が消えていくのを肌で感じた。

 
俺は石が壊れたと同時に身体に力が入らなくなり、どさっと身体を前に倒す。何とか剣で身体を支えている状態だ。
全力疾走をした後のように身体は怠くて、息がはぁ、はぁと荒くなる。額からは汗が出て、顔を伝っていくのを感じた。

 
『魔石の浄化で、魔力を大量に消費したね。しばらく動けないだろうから、休んでいったほうがいいよ。』

 
周辺の空気の重みがなくなったから、無事に浄化できたのだろう。思わず安堵すると、姿勢が横に崩れて地面に倒れそうになった。

地面に右側を強かに打つだろうなと、衝撃に構えているとモコっとした何かに身体が包まれた。


『おっと。セーフ!』

コマの子供っぽい声が頭上から聞こえてきて、顔を上げると、凛々しい黒色の狼の顔がそこにあった。


「……コマ?」

『そうだよー。すんごいでしょ!!』

凛々しい黒狼は、誉めてほしそうに目を細めた。その顔がなんだか頭を撫でたときのコマそっくりで、クスッと笑みが零れる。

 
コマは黒柴ではなくて、立派な黒狼だったようだ。大きさはワゴン車くらいの大きさで、俺の全身をすっぽりと毛で覆っている。

黒色のふわふわな毛並みは、なんとも上質な毛皮だ。コマの呼吸とともに僅かに揺れる身体と、温かな体温が心地よい。

 
『さっきの草原で休んでいきなよ。そこの黒狼に乗せてもらいな。』

『ミカゲ、のりなー。』

コマが伏せをして身体をぺったりと地面につける。従順な犬みたいで可愛い。

俺は、刀を鞘に納め、コマのお言葉に甘えて背中に乗せてもらった。俺が背中に乗ったのを合図に、コマは起き上がるとポムフルールの後ろを着いていく。

 
俺はコマの揺れる動きが心地よくて、ぐったりとした疲労からそのまま眠ってしまった。

 


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