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第一章 始まりと出会い
異世界へ
しおりを挟む『………今年は、どうしても美影は舞うことができなかった。封印に些細な綻びが出来ました。その綻びからシユウが逃げ出したのです。』
つまりは、俺があの日に舞を踊らなかったせいで、邪神の封印に綻びが生じてしまった。
『シユウは、日本に留まっていれば再び封印されると考えたのでしょう。あろうことか、こちらの世界に逃げてきました。』
『……私は異変に気が付き、魔法で防ごうとしたのですが……。間に合いませんでした。どうやら、この世界の人間にシユウと相性の良い者がいたようです。吸い込めれるようにこちらの世界に侵入されました。』
力が足りず、申し訳ありませんと、ベリルは力なく謝っていた。
『シユウはその人間に憑りつき、邪気を世界にばら撒きました。邪気の影響で精霊たちの力が侵され、魔物が狂暴化している。世界に混乱が生じ始めています。』
俺の知らない異世界が、邪神によって滅ぼされようとしている。
『……美影、君が悪いんじゃない。そんな顔しないで……。本当はこちらの世界のことだから、美影を巻き込みたくなかった……。でも、シユウを再び封印するためには、どうしても君の力と術が必要です。』
そっと俺の左頬を手の平が覆い、ベリルは哀しそうな顔をした。人とは違う、ふわりとした春の風のように温かく、優しい手だった。
頬を撫でていた手が、俺の両手を持ち上げる。そのまま、ベリルの温かな手に俺の両手が包み込まれた。
『身勝手だとは分かっています。突然攫ってきて酷いことをお願いする、私を恨んでも構いません。……ですが、どうかこの世界を助けてください。』
「……俺には、父さんのような力はないし、術も知識しかない……。」
俺には人ならざるモノは見えないし、父のように立派な舞はまだ舞えない。
特に秀でたことはないし、単なる非力な男子高校生だ。
『美影、あなたは気が付いていないだけです。あなたの力は、お父様よりも強力です。もはや、初代の先祖返りと言ってもいいでしょう。そのぐらいの力がある。』
俺はベリルをひたっと見据えた。ベリルも強い眼差しで俺を見返してくる。慰めで言っているのではないようだった。
「……俺は、何をすればいい??」
これは、全部俺のせいだ。
俺のせいで、別の異世界の人が苦しんでいる。
命を懸けてでも、俺が邪神の封印をしなければならない。
『各精霊の棲み処に赴いて、祈りや舞を捧げてください。精霊たちの魔力が回復し、邪気が浄化されます。精霊の魔力が強くなれば、封印する力が集まる。力を集めて邪神シユウを封印するのです。』
ここでベリルは言葉を切り、心配そうな顔で告げてきた。
『……現在、シユウは人間に憑りついて身を隠しています。くれぐれも気を付けて。』
精霊の棲み処に赴き、浄化をする。そして、邪神シユウに憑りつかれた人間を暴いて、封印する。
毎日、伯父たちに虐げられながらも、祈祷や舞の練習は怠らなかった。何に役立つか分からなかった術や知識も、今まさに必要とされている。
『私の精獣をお供につけます。ほら、おいで。』
ぽんっと音がして、ベリルの足元に現れたのは、真っ黒な子犬だった。ベリルに大人しく抱っこされ、俺に手渡される。
『小さいですが、美影をしっかりと守ります。』
腕の中には、小さなモフモフした黒色の子犬がいる。瞳は琥珀色でキラキラと美しい。暖かいけど、猫ぐらいの大きさしかない。
唐草模様の首輪をしていて、どことなく高貴だ。
『よろしくー。みかげ。』
しゃべった。いや、鳴き声が聞こえなかったから念話か。頭を撫でてやると嬉しそうにくるんとした尻尾を振り振りしている。
『それから、こちらの世界は魔法が存在します。生活に不自由がないようにしますから、安心してください。持ち物もこちらで用意します。』
「……見ず知らずの俺に、どうしてそこまで…。」
今まで話を聞いて、疑問に思ったのはそこだ。
ベリルに会ったことは一度もないし、それこそ異世界の人間にここまで良くしても、なんの利益もないのだ。
ベリルはなぜ、ここまで親身に接してくれるのだろう?
『ふふっ。実は、幼いころに美影にお会いしているのですよ。そちらの世界で迷子になって、怪我をしているのを美影が助けてくれました。あのときは、本当に心細かったから、美影が助けてくれて、嬉しかったのを覚えています。』
ベリルが懐かしそうに笑って、俺の頭を優しく撫でてくれる。気持ち良くて目を細めてしまった。
そんなことあっただろうか?
本当に幼いころ、俺は人ならざるモノが見えていたと聞いていた。
小さいころの記憶はどうも曖昧で上手くは思い出せない。
『あなたの美しく温かな心が、私を助けてくれたのですよ。………さあ、時間がありません。私に用事があるときは、精霊が祀られた聖殿に来てください。』
ベリルが俺の両手を包み込んで握る。淡く温かな光が二人の手から溢れて消えていった。
『ミカゲに精霊王の加護を与えます。あなたの進む道に、幸福があらんことを。』
「何から何まで、本当にありがとう。行ってくる。」
『…気を付けて。美影。』
足元から穏やかな風とともに金色に光を放って、俺を包み込んだ。眩しさに思わず目を瞑る。
身体がふわりと浮いた感覚がした。
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