57 / 100
君は僕を好き、僕は君をどう思っているのだろう?
4
しおりを挟む
一度3階で止まって扉が開いた。目の前には僕の母さんぐらいの年齢の女性が立っていて、少し恥ずかしそうに会釈をした。押すボタンを間違えたらしい。
5階に着くと、セイちゃんは迷うことなく508号室へ向かって歩き出した。僕もこの通路は覚えがある。一番奥の部屋。そこが嶺さんの部屋だ。
「本当に、入るの?」
クリーム色の扉に鍵を挿そうとしているセイちゃんに問いかける。悪いことをしている。その緊張で胸の鼓動が速くなっていた。
「……。」
僕の言葉に一瞬手を止めたセイちゃんが、無言で鍵を入れて回した。カチリと解錠された音が聞こえる。
セイちゃんが中に入る。僕は扉を押さえたまま、一瞬だけ躊躇した。けれど、ますます速くなる鼓動を感じながらも、意を決して後に続いた。
「セイちゃん……。」
もう帰ろう? と言いかけて口を噤む。セイちゃんにどこに帰れというんだ? 元いた世界? 違う、そうじゃない。それなら、どこ? 考えがまとまらない頭が、口にすべきではないと警告していた。
嶺さんの部屋は、何か月か前に来た時とあまり変わらなかった。コーヒーカップがテーブルに置いてある。今朝出ていったばかりだというように。壁にはスーツが。
『あのスーツ!!』
白い壁面のレールに掛かっているのは、今セイちゃんが持っているものと同じスーツだった。クリーニングに出したばかりのようにアイロンがかけられている。スラックスがない。嶺さんが持っていったのだろうか?
僕の前に佇んで周囲を見渡していたセイちゃんが、ゆっくりとこちらに振り向いた。
「セイちゃん、これからどうするの?」
ここを拠点とするというのは反対だ。でも、だからといってどうしたら良いのか僕にも分からない。夕べから色々ありすぎた僕の脳が、もう考えることを拒否しているような気がした。
「涉。」
『!!』
僕の名前を呼んだセイちゃんが、手を伸ばしてきて押し倒された。後ろに反り返るようにして倒れ込む僕を、セイちゃんの力強い腕が支えていた。
「せ、セイちゃっ! んむぐっ。」
いきなり唇が重なってきた。苦しそうに眉間に皺を寄せるセイちゃんが目を瞑っている。僕は目を瞑る余裕なんてなかった。後ろでまとめていたセイちゃんの前髪が一筋額に落ちてきて、僕の顔をくすぐった。
「や、やめて!」
顔を逸らして、セイちゃんの唇から逃れた。床に倒れた僕の背後からセイちゃんの腕が引き抜かれて顔を包み込まれる。
「涉、ここに住んでいた嶺誠一郎を好きだった? 付き合っていたのか?」
「つ、付き合う?」
鼻と鼻がくっつきそうな距離でセイちゃんが呟く。とても苦しそうな声をしていた。付き合うなんて、女の子が対象だった嶺さんと付き合いたいとなんて思ったことがなかった。
好きだった、好きだったのかもしれないと気づいたのも、事故があってから……。
不意に涙が溢れてきた。流れる涙をセイちゃんの長い指が拭うのを感じる。でも、それでも慰めにはならなかった。
「付き合ってなんか、ない。それに、み、嶺さんを好きだと気づいたのも最近だし。嶺さんは、じょ、女性が対象なんだ。ぼ、僕だって女の子が好きだ。」
ようやく自分の本音を話せたような気がする。でも、混乱して疲れ切った脳みそでは、自分の言ったことに矛盾があるとは気づかなかった。
5階に着くと、セイちゃんは迷うことなく508号室へ向かって歩き出した。僕もこの通路は覚えがある。一番奥の部屋。そこが嶺さんの部屋だ。
「本当に、入るの?」
クリーム色の扉に鍵を挿そうとしているセイちゃんに問いかける。悪いことをしている。その緊張で胸の鼓動が速くなっていた。
「……。」
僕の言葉に一瞬手を止めたセイちゃんが、無言で鍵を入れて回した。カチリと解錠された音が聞こえる。
セイちゃんが中に入る。僕は扉を押さえたまま、一瞬だけ躊躇した。けれど、ますます速くなる鼓動を感じながらも、意を決して後に続いた。
「セイちゃん……。」
もう帰ろう? と言いかけて口を噤む。セイちゃんにどこに帰れというんだ? 元いた世界? 違う、そうじゃない。それなら、どこ? 考えがまとまらない頭が、口にすべきではないと警告していた。
嶺さんの部屋は、何か月か前に来た時とあまり変わらなかった。コーヒーカップがテーブルに置いてある。今朝出ていったばかりだというように。壁にはスーツが。
『あのスーツ!!』
白い壁面のレールに掛かっているのは、今セイちゃんが持っているものと同じスーツだった。クリーニングに出したばかりのようにアイロンがかけられている。スラックスがない。嶺さんが持っていったのだろうか?
僕の前に佇んで周囲を見渡していたセイちゃんが、ゆっくりとこちらに振り向いた。
「セイちゃん、これからどうするの?」
ここを拠点とするというのは反対だ。でも、だからといってどうしたら良いのか僕にも分からない。夕べから色々ありすぎた僕の脳が、もう考えることを拒否しているような気がした。
「涉。」
『!!』
僕の名前を呼んだセイちゃんが、手を伸ばしてきて押し倒された。後ろに反り返るようにして倒れ込む僕を、セイちゃんの力強い腕が支えていた。
「せ、セイちゃっ! んむぐっ。」
いきなり唇が重なってきた。苦しそうに眉間に皺を寄せるセイちゃんが目を瞑っている。僕は目を瞑る余裕なんてなかった。後ろでまとめていたセイちゃんの前髪が一筋額に落ちてきて、僕の顔をくすぐった。
「や、やめて!」
顔を逸らして、セイちゃんの唇から逃れた。床に倒れた僕の背後からセイちゃんの腕が引き抜かれて顔を包み込まれる。
「涉、ここに住んでいた嶺誠一郎を好きだった? 付き合っていたのか?」
「つ、付き合う?」
鼻と鼻がくっつきそうな距離でセイちゃんが呟く。とても苦しそうな声をしていた。付き合うなんて、女の子が対象だった嶺さんと付き合いたいとなんて思ったことがなかった。
好きだった、好きだったのかもしれないと気づいたのも、事故があってから……。
不意に涙が溢れてきた。流れる涙をセイちゃんの長い指が拭うのを感じる。でも、それでも慰めにはならなかった。
「付き合ってなんか、ない。それに、み、嶺さんを好きだと気づいたのも最近だし。嶺さんは、じょ、女性が対象なんだ。ぼ、僕だって女の子が好きだ。」
ようやく自分の本音を話せたような気がする。でも、混乱して疲れ切った脳みそでは、自分の言ったことに矛盾があるとは気づかなかった。
0
お気に入りに追加
13
あなたにおすすめの小説
ベータの兄と運命を信じたくないアルファの弟
須宮りんこ
BL
男女の他にアルファ、ベータ、オメガの性別が存在する日本で生きる平沢優鶴(ひらさわゆづる)は、二十五歳のベータで平凡な会社員。両親と妹を事故で亡くしてから、血の繋がらない四つ下の弟でアルファの平沢煌(ひらさわこう)と二人きりで暮らしている。
家族が亡くなってから引きこもり状態だった煌が、通信大学のスクーリングで久しぶりに外へと出たある雨の日。理性を失くした煌が発情したオメガ男性を襲いかけているところに、優鶴は遭遇する。必死に煌を止めるものの、オメガのフェロモンにあてられた煌によって優鶴は無理やり抱かれそうになる――。
※この作品はエブリスタとムーンライトノベルズにも掲載しています。
※この物語はフィクションであり、実在の人物・団体とは一切関係ありません。普段から作中に登場する事柄に関しまして、現実に起きた事件や事故を連想されやすい方はご注意ください。
白い部屋で愛を囁いて
氷魚彰人
BL
幼馴染でありお腹の子の父親であるαの雪路に「赤ちゃんができた」と告げるが、不機嫌に「誰の子だ」と問われ、ショックのあまりもう一人の幼馴染の名前を出し嘘を吐いた葵だったが……。
シリアスな内容です。Hはないのでお求めの方、すみません。
※某BL小説投稿サイトのオメガバースコンテストにて入賞した作品です。
母の再婚で魔王が義父になりまして~淫魔なお兄ちゃんに執着溺愛されてます~
トモモト ヨシユキ
BL
母が魔王と再婚したルルシアは、義兄であるアーキライトが大の苦手。しかもどうやら義兄には、嫌われている。
しかし、ある事件をきっかけに義兄から溺愛されるようになり…エブリスタとフジョッシーにも掲載しています。
身の程なら死ぬ程弁えてますのでどうぞご心配なく
かかし
BL
イジメが原因で卑屈になり過ぎて逆に失礼な平凡顔男子が、そんな平凡顔男子を好き過ぎて溺愛している美形とイチャイチャしたり、幼馴染の執着美形にストーカー(見守り)されたりしながら前向きになっていく話
※イジメや暴力の描写があります
※主人公の性格が、人によっては不快に思われるかもしれません
※少しでも嫌だなと思われましたら直ぐに画面をもどり見なかったことにしてください
pixivにて連載し完結した作品です
2022/08/20よりBOOTHにて加筆修正したものをDL販売行います。
お気に入りや感想、本当にありがとうございます!
感謝してもし尽くせません………!
ヤンデレだらけの短編集
八
BL
ヤンデレだらけの1話(+おまけ)読切短編集です。
全8話。1日1話更新(20時)。
□ホオズキ:寡黙執着年上とノンケ平凡
□ゲッケイジュ:真面目サイコパスとただ可哀想な同級生
□アジサイ:不良の頭と臆病泣き虫
□ラベンダー:希死念慮不良とおバカ
□デルフィニウム:執着傲慢幼馴染と地味ぼっち
ムーンライトノベル様に別名義で投稿しています。
かなり昔に書いたもので、最近の作品と書き方やテーマが違うと思いますが、楽しんでいただければ嬉しいです。
ハッピーエンド
藤美りゅう
BL
恋心を抱いた人には、彼女がいましたーー。
レンタルショップ『MIMIYA』でアルバイトをする三上凛は、週末の夜に来るカップルの彼氏、堺智樹に恋心を抱いていた。
ある日、凛はそのカップルが雨の中喧嘩をするのを偶然目撃してしまい、雨が降りしきる中、帰れず立ち尽くしている智樹に自分の傘を貸してやる。
それから二人の距離は縮まろうとしていたが、一本のある映画が、凛の心にブレーキをかけてしまう。
※ 他サイトでコンテスト用に執筆した作品です。
【R18】番解消された傷物Ωの愛し方【完結】
海林檎
BL
強姦により無理やりうなじを噛まれ番にされたにもかかわらず勝手に解消されたΩは地獄の苦しみを一生味わうようになる。
誰かと番になる事はできず、フェロモンを出す事も叶わず、発情期も一人で過ごさなければならない。
唯一、番になれるのは運命の番となるαのみだが、見つけられる確率なんてゼロに近い。
それでもその夢物語を信じる者は多いだろう。
そうでなければ
「死んだ方がマシだ····」
そんな事を考えながら歩いていたら突然ある男に話しかけられ····
「これを運命って思ってもいいんじゃない?」
そんな都合のいい事があっていいのだろうかと、少年は男の言葉を素直に受け入れられないでいた。
※すみません長さ的に短編ではなく中編です
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる