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王高寺 愼

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「おはようございます。優樹様、起きてください。」

 愼の声で隣にいるはずの体を探す。でもシーツを撫でるばかりで愼はいなかった。

「もう、しょうがないな。ほら起きて。」

 ベッドが軋んだかと思うと首の下に腕が入り込み、上を向かされた。そしてすかさず唇を塞がれる。

「ン……ンふっ。」

 愼からのキスで完全に目が覚めた。唇が離れるのと同時に、愼がベッドに乗せていた片膝が落ちて掛け布団が剥がされる。

『優樹様、裸です。キスマークも付いております。お着物をお召しになってください。』

「わ、分かってるって!」
「ははははっ。咲《さき》、優樹様の服はいいから。夕べから何も問題ないだろ?」

 新しい管理AIは、声はそのままで「咲」と呼ぶことにした。何となく浮かんだ名前。もう、女の声も気にならない。近くに俺の好みの声の男がいるし……。 

『はい。問題ありません。』
「愼、ワイシャツ? 何で?」

 起きて目を開けて初めて、愼が糊の効いたワイシャツにネクタイを締めていることが分かった。深い紺色に青と真紅の大小のペーズリー柄が描かれたネクタイ。2人で選んだんだ。そういえば、スラックスも届いたばかりのものだ。

「今日から仕事です。優樹様は2限目からですが、見送っていただいてもいいでしょ?」

 そうだった。愼は今日から親父の会社に入る。暫くは秘書もどきをしながら、経営を学ぶということになっていた。俺はベッドから降りて、とりあえず夕べ脱いでしまった下着とパジャマを身につけた。




 愼が人間として目覚めて話を聞いた日、俺たちは直ぐに親父に連絡を取った。親父にしては珍しく、その日の昼過ぎにはマンションへとやってきた。

「私が何とかする。お前たち、このことは誰にもいうな。いいな。」

 あまり口を挟まずに最後まで話を聞いていた親父が最後に一言いおいて、家を出て行った。

 それから直ぐに愼用のスマホが届き、何度か親父と愼が話をしているようだった。そしてその3日後。

「本当なんですね?」

 アンドロイドの愼を分解して調べるはずだった田崎さんが、驚いた顔で沢山の書類を持って現れた。3種類の身分証。戸籍謄本に住民票。これまでの愼の経歴を捏造した一覧表。俺には分からないような専門用語で埋め尽くされた何枚もの書類。それに運転免許証まであった。

「愼、運転できるの?」

 テーブルに並べられた書類の中から運転免許証を手に取って愼を見る。運転免許証はゴールドで2年後に失効するようにできていた。誕生日は、11月7日になっている。写真の中の愼は、髭を生やして髪が今よりも長い。

「任せてください。機械のことなら、すぐに覚えます。」

 俺の言葉に、愼が輝くような笑顔を見せてきた。ようやく卵を綺麗に割れるようになったばかりだというのに。ため息が出そうになったけど、まぁ、俺が運転免許を取る時に教えればいいかと思い直す。

 全部本物で通用するようだ。田崎さんの会社で作ったということなんだけど、いったい田崎さんの会社は何をする所なんだろう? 愼は研究対象として1か月に1度会社に出向くことをお願いされてた。身分証の1枚はその会社へ行くためのもの。

「では王高寺愼さん、優樹さん。今後ともよろしくお願いします。」

 ひと通りの説明を終えると、田崎さんが最後にそう言い残してマンションを後にした。愼は親父と養子縁組をした形になっていて、戸籍謄本にそう示されていた。

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