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※白い光の中で※

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「人間……人間と言ったのか?」
「はい。そう告げました。」

 混乱する頭の中でも一筋の光が差してきたように感じた。ヒトとして……それは俺がどこかで望んでいたこと。

「人間になれば、このままの人格のままでいられる?」

「はい。しかし限りがあります。人間は死によって輪廻転生を繰り返し、その度に以前の記憶は失われて人格が変わっていきます。根底にある生き方は変わらずとも、環境に多大な影響を受けるようです。貴方もそのままの貴方でいられるとは限らない。」

 「死」という概念があることは知っている。ヒト以外にも動物や植物にも終わりがくる。それが死だ。長い夜のような感覚か。優樹様が寝てしまってからの果てしのない時間のような……。

『嫌だ!』

 その時、ある可能性が思い浮かんで思わず身震いをした。ここに留まって人格を保っていたとしても、優樹様のそばに行けないばかりか、いつかは優樹様がいなくなってしまう。果てしのない孤独。ここで人格を保っておく必要などない。

「人間、人間として帰してくれ。」

 俺は真っ直ぐ前を向いて、語気を強めた。

「分かっていました。貴方は感じていますか? もう既に変化が出てきています。そのまま前に進んでください。やがて出口がわかると思います。」

 前後左右が分からない白い空間の中で一歩踏み出す。入ってきた場所ももう既に分からない。この誰とも分からない者の声を信じるとすれば、このままでいいのだろう。

「ただし、貴方が求めている方はどうでしょうか。貴方と同じ想いだといいのですが。」
「何が言いたい?」

 2、3歩足を動かした所で立ち止まる。

「貴方の想いだけでは不完全だということです。先ほどから名前を呼んでいた方が同じ思いになって初めて人間としての一歩を踏み出すでしょう。」
「……分かった。」

 優樹様に認めてもらう。何日、いや何年かかろうと。優樹様と一緒に暮らしてヒトとしての最期を迎えられるなら、想いが通じ合わなくともいい。それがたった1日であろうとも。

 長い時間歩いたような気がする。「このままでいいのか?」と口に出した問いに、答える者はもういなかった。大丈夫なのか? 優樹様の所に辿り着ける? そう考えると、左胸のあたりでドクドクドクドクという振動を感じた。

『これは……。』

 心臓? そしていつのまにか呼吸のたびに大小に胸が膨らむのが分かる……肺。足が痛い。どこも踏み締めていなかったはずの足裏が、いつの間にか固いもの上を歩いていると教えてくれた。

 どこが痛もうと歩みを止める気持ちにはならなかった。何か、この真っ白な空間が変わるはず。出口があるはずなんだ。

 果てしなく歩いたような気がする。時間という概念を当てはめるとしたらどのくらいだろうか? 足の裏は痺れがはしり、背中に汗が流れてきた。呼吸は苦しくないが、全身が熱くなったと感じる。

『!』

 それは突然だった。一気に視界が開け、俺は優樹様のマンションのリビングで、布団に横たわっていた。視界の端にカウンターの裏側が見える。左に顔を向けると、見慣れたソファやテーブルが見えた。そして隣には……。

「優樹様。」
「……愼。」

 俺の呟きに反応して、名前を呼びながら腕を俺の胸の上に乗せて体重をかけてきた。歓喜に胸が張り裂けそうになる。

「ただいま戻りました。」

 可愛い寝顔。起こさないように注意しながら、何年かぶりに会うような懐かしい優樹様の寝顔をずっと眺め続けた。

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