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暗雲
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「おはようございます。」
「よろしくお願いします。」
マンションを出ると、もう顔見知りになった小林さんが挨拶をしてきた。メガネ越しに見る小林さんの髪型が変わってる。短かった髪がさらに短くなって、最早坊主頭だ。今こそあの帽子が必要な気がするけど、初めの2、3日を過ぎてから帽子姿を見なくなっていた。
俺は違う。以前つけていたメガネじゃなく、GPSも内蔵されたというメガネや帽子をつけるのが義務付けられた。いつもの両耳に入れるワイヤレスイヤフォンの他に、片耳に入れるイヤフォンも常備。全てに愼がアクセスできるように調整されていた。
「小林さん、頭寒くないのか?」
駅に向かって歩きながら、愼に問いかける。12月に入ってまた寒くなり、俺はもうダウンの上にマフラーを装着しているんだけど。
『体温36.9度。大丈夫でしょう。』
「ふはっ! そりゃいいや。」
思わず吹き出す。冬休みまであと2週間。愼が警戒している者は3人に増えていて、まだ誰も特定されてはいなかった。けれど、何も起こることなく過ぎてきたことで、俺はかなり気が緩んできていた。それに、小林さんは柔道の師範になれるほどの腕前と聞き、安心できたこともあるかもしれない。
「よう、優樹!」
「あ、米田さん。おはようございます。」
それよりも気になるのはこっち。せっかく一本早い電車に乗るようになっていたのに、また朝の電車で米田さんと遭遇するようになった。
「今日は何コマ?」
「今日は午後が休みになったので午前中だけ。」
「そっか。また今度一緒に昼メシ食おうぜ。」
バイトを辞めて初めて米田さんと会った時には、緊張のあまり早口で辞めたことと理由を話した。「親に止められた」と。
『そっかーー。慣れてきたところだったのに残念だよな。お前、辛いな。』
優しい笑顔で頭に手を乗せられ、罪悪感が半端なかったけれど、うまく誤魔化せたことに安心感が広がっていた。本当の理由……知られなくてよかった。
「優樹ってさ、付き合ってる子いるの?」
一列で改札口を抜け、また並んだところで米田さんが聞いてきた。4,5人後からは小林さんも着いてきているはずだ。
「いませんよ。いるようには見えないでしょ?」
自分の自嘲気味な声に少しだけ安心する。もう隣を歩くこの人は「過去の人」になった、そんな気がする。もう自意識過剰になり過ぎてアタフタすることもないだろう。
「あ、すみません。」
後ろから来た人が俺の左肩にぶつかり、足早に遠ざかりながら振り向いて言葉を紡いだ。その顔を見てドキリとする。
『アイツ! なんだっけ? あのハウスキーパーの!』
俺にぶつかってきた男は、最後にハウスキーパーとして雇った男だった。間違いない。あのネズミみたいな顔! 愼と話したい。けれども隣に米田さんがいる状況ではどうしようもない。
愼に気がついてもらえるように足早にエスカレーターを降りていく男を見つめる。米田さんが「運がなかった」とか「きっとすぐにいい子に出会える。」とか言っていたけど、耳を通り過ぎるばかりで何も頭に入ってこなかった。
「よろしくお願いします。」
マンションを出ると、もう顔見知りになった小林さんが挨拶をしてきた。メガネ越しに見る小林さんの髪型が変わってる。短かった髪がさらに短くなって、最早坊主頭だ。今こそあの帽子が必要な気がするけど、初めの2、3日を過ぎてから帽子姿を見なくなっていた。
俺は違う。以前つけていたメガネじゃなく、GPSも内蔵されたというメガネや帽子をつけるのが義務付けられた。いつもの両耳に入れるワイヤレスイヤフォンの他に、片耳に入れるイヤフォンも常備。全てに愼がアクセスできるように調整されていた。
「小林さん、頭寒くないのか?」
駅に向かって歩きながら、愼に問いかける。12月に入ってまた寒くなり、俺はもうダウンの上にマフラーを装着しているんだけど。
『体温36.9度。大丈夫でしょう。』
「ふはっ! そりゃいいや。」
思わず吹き出す。冬休みまであと2週間。愼が警戒している者は3人に増えていて、まだ誰も特定されてはいなかった。けれど、何も起こることなく過ぎてきたことで、俺はかなり気が緩んできていた。それに、小林さんは柔道の師範になれるほどの腕前と聞き、安心できたこともあるかもしれない。
「よう、優樹!」
「あ、米田さん。おはようございます。」
それよりも気になるのはこっち。せっかく一本早い電車に乗るようになっていたのに、また朝の電車で米田さんと遭遇するようになった。
「今日は何コマ?」
「今日は午後が休みになったので午前中だけ。」
「そっか。また今度一緒に昼メシ食おうぜ。」
バイトを辞めて初めて米田さんと会った時には、緊張のあまり早口で辞めたことと理由を話した。「親に止められた」と。
『そっかーー。慣れてきたところだったのに残念だよな。お前、辛いな。』
優しい笑顔で頭に手を乗せられ、罪悪感が半端なかったけれど、うまく誤魔化せたことに安心感が広がっていた。本当の理由……知られなくてよかった。
「優樹ってさ、付き合ってる子いるの?」
一列で改札口を抜け、また並んだところで米田さんが聞いてきた。4,5人後からは小林さんも着いてきているはずだ。
「いませんよ。いるようには見えないでしょ?」
自分の自嘲気味な声に少しだけ安心する。もう隣を歩くこの人は「過去の人」になった、そんな気がする。もう自意識過剰になり過ぎてアタフタすることもないだろう。
「あ、すみません。」
後ろから来た人が俺の左肩にぶつかり、足早に遠ざかりながら振り向いて言葉を紡いだ。その顔を見てドキリとする。
『アイツ! なんだっけ? あのハウスキーパーの!』
俺にぶつかってきた男は、最後にハウスキーパーとして雇った男だった。間違いない。あのネズミみたいな顔! 愼と話したい。けれども隣に米田さんがいる状況ではどうしようもない。
愼に気がついてもらえるように足早にエスカレーターを降りていく男を見つめる。米田さんが「運がなかった」とか「きっとすぐにいい子に出会える。」とか言っていたけど、耳を通り過ぎるばかりで何も頭に入ってこなかった。
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