もこ

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暗雲

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 いつもより一本早い電車の中は少しだけゆとりがあった。愼セレクトの音楽を聴きながらドアの近くに陣取って立ち、流れる外を眺める。下草が枯れ始め、遠くに見える木々も茶色く色褪せてきていた。

『米田さんはきっと次の電車だろうな。』

 このまま会わなくて済むというわけにはいかない。会いたくないけど会わないようにするのではなく、自然に振る舞って、そして……バイトも辞めたことを伝えなくては。

「そのままで。」

 急に聞こえた低い男の声と、背後に人の気配を感じて体が揺れた。思いっきり振り返ると、そこには駅で別れたはずの小林さんが立っていた。帽子を被っていない。

「ど、ど、どうしたんですか?」
「前を向いて。何事もなかったように。」

 そう呟いた小林さんが少し離れていくのを感じた。と同時に愼の声が聞こえてくる。

『驚かせてすみません。優樹様、そのまま外を向いて何事もなかったように振る舞ってください。』
「何かあったの?」

 電車の中だろうがなんだろうが、そう呟かずにはいられなかった。少しだけ体が震えてくる。誰にも分からないことを祈りつつ止めようと深呼吸を繰り返した。

『半径20m以内に例の信号を捉えております。優樹様と一緒に動いていることから、電車に乗っているのは確実です。小林様が辺りを調べるはずです。降りる時には少し後方でお守りする予定です。』

 ゆっくりと首を回して辺りを見回す。殆どが自分のスマホに夢中になっている人ばかりだ。席に座って話に夢中になっているのは、中年の夫婦か? 朝早くから何処かに旅行だろうか。大きなスーツケースを前に抱えている。

 小林さんの姿はいつの間にか消えていた。違う車両に様子を見に行ったのかもしれない。あと2駅。何となくザワザワしたものを感じながら、残り10分足らずの時間をどうにかやり過ごした。

『いつも通りに。』

 愼の言葉が聞こえてくる。いつも通りって言ってもどうだったっけ? 何だか喉がカラカラだ。欅藝大前駅を降りて改札を抜ける。ゆっくりと後ろを振り返っても小林さんの姿は見えなかった。

『小林様は駅におります。チェックしていた信号がそのまま列車とともに過ぎていきましたので、戻ってもらいます。帰りはお迎えに。』

「いつまで続くんだろうな。」

 周りに人がいないことを確認して、小声で呟く。とにかく喉が乾いた。大学の学食前の自販機で、何か温かいものを買って飲もう。俺の声は、愼には届いているはずなのになかなか返事が返ってこなかった。

『…………もう少しだけご辛抱ください。』

 人の声が僅かに苦渋に満ちているように感じる。そんなに心配事なのか? 肌寒い11月の空気が余計に冷たくなったように感じて、ダウンの首元のボタンをはめ直しながら歩き続けた。

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