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『優樹様、スマホを取り出して少しだけ掲げていただけませんか?』

 駅に歩いている途中でイヤフォンから聴こえる音楽のボリュームがさがり、愼の声が聞こえてきた。
もうすぐ駅が見えるというところ。ここは商店街で人通りも多い。

「えっ? 何で?」
『写真でも撮っているようなフリをしてください。後ろを振り向かずに、スマホを掲げるだけ。』

 愼の言葉に緊張が走る。愼が後ろを見たいということか? その場に立ち止まり、空を撮っているような振りをしながらスマホをゆっくりと持ち上げた。何の操作もしなくとも画面はカメラに変わっていた。

『少しだけ左右に。…………ありがとうございます。』
 愼の言葉にスマホを胸元へと下げる。さっき一緒に考えた愼の胸元から上の姿が画面に映っていた。

「どうしたんだよ?」
 また歩き出しながら小声で呟く。人通りが多い。注目を浴びたくない。

『GPSが。』
「何?」
『大丈夫です。申し訳ありません。お気をつけていってらっしゃいませ。』

 音楽の音量が元に戻る。少しだけ口角が上がり、にっこり微笑む愼。どうして着替えてんだ? 真っ白な開襟のシャツに着替えた愼に突っ込もうかどうか考えているうちに、駅の近くまでたどり着いた。

「じゃあ、行ってくる。」
『お帰りは何時になりますか?』

 帰る時間? 帰る時間なんてまちまちだけど、何かあるのか? 俺の今日の授業は5時に終了だから……。

「6時前には帰るけど、何かあるのか?」
『承知いたしました。大丈夫でございます。行ってらっしゃいませ。』

 愼の言葉に何か引っ掛かりを感じながらも、いつも一緒にいるんだし大丈夫だと言い聞かせ、駅に上がるエスカレーターに乗り込んだ。



『優樹様。こちらを見てください。』

 授業の時間が半分以上過ぎて集中力が消えてきた時、ふくらはぎに置いていたスマホが明るく輝いた。スマホの画面に文字が浮かんでいる。

「何。」
 焦って周りを見渡しながらスマホに向かって小声で呟く。学校で愼に話しかけられたのは2回目。しかも授業中なんて。鞄に入れている時もあるんだぞ? 

 授業には必ず開始ギリギリに教室に入る。教室の中で空いている方を目指し、できるだけ人と距離をおいて座る。今日も周りには誰もいない。左側の窓際の席で、1番近い奴でも机3つ分は離れている。

『イヤフォンはできますか?』

 愼がよこした文字に緊張が高まる。一体何があったのだろう? 鞄からそっと片耳用のイヤフォンを取り出して、何気なく見せるように気をつけながら左耳に突っ込んだ。

「何?」
『声は出さなくて結構です。私の指示に従ってください。今日の帰りの電車、5時20分の電車に乗りますと、降り口にボディガードが待っています。服は黒のジャンパーに白い帽子。指定してあります。その方と一緒に帰宅なさってください。』

「何それ。ヤバイの?」
 声を出すなという方が無理だろ? 出来るだけ小さな声で囁きながら詰問する。夕べといい、さっきといい……。

『念のためです。ご心配無用です。』

 心配するなという方が無理じゃんか! 内心、愼に怒鳴りつけたいのをぐっと我慢をし、それからの授業は上の空でやり過ごしていった。

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