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居酒屋
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ジーンズにパーカー、上着は……。寝室のクローゼットを見る。そこには、1週間ほど前に届いた本革の黒いコートが掛けられていた。
『こんなコート、どこへ着て行けと言うんだよ。』
大学では誰も着ていないようなハーフコート。重くて暑い。たぶん高級なブランド物だけど、俺は着る気にはなれなかった。
「じーーん!」
『どういたしましたか?』
部屋の片隅、ベッドの上の天井部分から愼の声が聞こえた。
「もう、勝手に服を送ってくるなってメールしたろ?」
『はい。その日のうちに。」
「返事は?」
『ございません。……ため息をついておられたようでした。』
ため息をつきたいのはこっちの方だって。半年以上会ってない父親の顔を思い浮かべる。いい加減、物で気持ちを繋げておこうとするのはやめた方がいい。母さんが出て行ったのだって……きっと。
「なぁ愼、お前、親父の会社の昔の記録なんかも見れるのか?」
『何か気になることでも?』
「……いや、いい。」
母さんと父さんが別れた理由を探らせようとして思い止まる。理由を知った所で母さんが戻ってくるわけではない。どこかで生きているはずなのに、今まで一度も会いに来てくれなかった女《はは》。
クローゼットから、いつものダウンジャケットを取り出す。カーキ色のこのジャケットは、自分の働いたバイト代で買ったばかり。初めて大学に着て行ったときに、米田さんが似合うと褒めてくれた。
「さて、じゃあ行ってくる。」
『優樹様、眼鏡を。』
「そうだった。」
バイトの時にかける眼鏡もすっかり慣れた。イヤフォンをして愼にお気に入りリストから選曲を頼み、いつもの鞄を背負って寝室を後にした。
「お前も慣れてきたよな?」
「まだお酒は全部作れませんけどね。」
バイトが終わって、米田さんと一緒に賄いを食べていた。今日は鯖の味噌煮。鍋から一人分ずつ自分たちで準備する。俺もバイトを初めて1か月以上経って、すっかり慣れてきていた。ビールも注げるようになったし、簡単なカクテルなら作ることもできる。
今日は珍しく、米田さんが一緒のあがりで嬉しい。米田さんは俺よりも1時間ほど後に来て、最後まで働くのが普通だった。
「今日は米田さん早いですよね? 俺と一緒のあがりは3回目……4回目かな?」
まだ9時を過ぎたばかりだ。この後、コーヒーでも一緒に飲みながら、お喋りも悪くない。
「あ? ああ。これからデート。」
『!』
咄嗟に声が出てこなかった。慌てて味噌汁のお椀を手に取り、箸で中をかき回す。1口……2口飲んで、ようやく顔を見ることができた。
「リア充! いいなっ! 羨ましい。」
俺の精一杯の笑顔、できているかな。米田さんも俺の顔を見て笑顔になった。
「おっ! 優樹は誰か好きな奴いないのか?」
俺の好きな人……それは……。
『こんなコート、どこへ着て行けと言うんだよ。』
大学では誰も着ていないようなハーフコート。重くて暑い。たぶん高級なブランド物だけど、俺は着る気にはなれなかった。
「じーーん!」
『どういたしましたか?』
部屋の片隅、ベッドの上の天井部分から愼の声が聞こえた。
「もう、勝手に服を送ってくるなってメールしたろ?」
『はい。その日のうちに。」
「返事は?」
『ございません。……ため息をついておられたようでした。』
ため息をつきたいのはこっちの方だって。半年以上会ってない父親の顔を思い浮かべる。いい加減、物で気持ちを繋げておこうとするのはやめた方がいい。母さんが出て行ったのだって……きっと。
「なぁ愼、お前、親父の会社の昔の記録なんかも見れるのか?」
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「……いや、いい。」
母さんと父さんが別れた理由を探らせようとして思い止まる。理由を知った所で母さんが戻ってくるわけではない。どこかで生きているはずなのに、今まで一度も会いに来てくれなかった女《はは》。
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「さて、じゃあ行ってくる。」
『優樹様、眼鏡を。』
「そうだった。」
バイトの時にかける眼鏡もすっかり慣れた。イヤフォンをして愼にお気に入りリストから選曲を頼み、いつもの鞄を背負って寝室を後にした。
「お前も慣れてきたよな?」
「まだお酒は全部作れませんけどね。」
バイトが終わって、米田さんと一緒に賄いを食べていた。今日は鯖の味噌煮。鍋から一人分ずつ自分たちで準備する。俺もバイトを初めて1か月以上経って、すっかり慣れてきていた。ビールも注げるようになったし、簡単なカクテルなら作ることもできる。
今日は珍しく、米田さんが一緒のあがりで嬉しい。米田さんは俺よりも1時間ほど後に来て、最後まで働くのが普通だった。
「今日は米田さん早いですよね? 俺と一緒のあがりは3回目……4回目かな?」
まだ9時を過ぎたばかりだ。この後、コーヒーでも一緒に飲みながら、お喋りも悪くない。
「あ? ああ。これからデート。」
『!』
咄嗟に声が出てこなかった。慌てて味噌汁のお椀を手に取り、箸で中をかき回す。1口……2口飲んで、ようやく顔を見ることができた。
「リア充! いいなっ! 羨ましい。」
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