もこ

文字の大きさ
上 下
14 / 65
居酒屋

2

しおりを挟む
『うまくいったようですね。』
 マンションに着いてすぐに、愼に声をかけられた。俺は真っ直ぐにソファへ向かうと、身を投げ出した。

「あああああっ! 疲れたーー!」
 喉が渇いた。最後に賄いで親子丼を出してもらって食べたから、お腹は空いてないけど、喉がカラカラだ。帰りは早く帰りたくて、ジュースを買おうという気にもならなかった。

「……喉が渇いた。」
 こんな時、誰かがそばにいてくれるといいと思う。今までも何度も感じてきた気持ち。周りにいるのは他人ばかり。小さい頃はハウスキーパーに甘えた覚えもあるけど、それも本当に小さい頃だ。小学校に入る前。

 父さんも甘えさせてはくれなかった。というか、俺とは距離を取りたいと思っているように感じた。モノには不自由したこともないし、お金に困ったこともない。望めば何でも手に入ると分かったからだろうか……。特に今欲しい物はない。ただ……。

『優樹様、お疲れのご様子。お風呂に入ってしまわれては?』

 小さなモーターの音を響かせながら、愼2号が近づいてきていた。ソファから落ちた左足の先に、愼2号の触手が掠める。あらゆるところにスピーカーが付いているのに、何故2号で話しかけてるんだ?

「愼、喉が渇いた。」
『優樹様のお好きなスポーツドリンクが冷えております。ライチ入りの。』
「ん。……飲む。」

 愼に持ってきてと言いたいところだが、それは無理な相談だ。でも、こうやって気をつかってくれる存在がいるというのは嬉しい。それが例えAIだろうと。

 少し元気が出たように感じて、ソファから身を起こしてキッチンへと向かった。今朝、食べたり飲んだりした食器がそのままだ。食洗機に入れるのを忘れていた。いつも愼に注意されているのに。

「愼、食器洗いは明日でいいよな?」
『大丈夫です。』

 冷蔵庫に行ってペットボトルを取り出す。後ろをついてきた愼2号が返事をした。

「風呂もいいや。明日の朝シャワーですます。もう寝る。」
『歯は磨いてください。』
「分かってる。」

 ペットボトルの蓋を開けて、500mLのジュースを一気に飲み干す。よく冷えた水分が、体の細胞一つ一つまで染み渡るような気がした。

『美味しそうですね。』
「美味い。愼も……飲めるといいのにな。」

 水を出して空になったペットボトルを濯ぐ。煌々と輝く部屋の中で、俺と愼しかいない。テレビをつける気にもなれない。静まり返った空間の中で聞こえるのは水の音と愼2号のモーター音。水を止めてペットボトルをリサイクル入れに放り込んだ時、2号から愼の声が聞こえた。

『私もそう思います。』

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

忘却の艦隊

KeyBow
SF
新設された超弩級砲艦を旗艦とし新造艦と老朽艦の入れ替え任務に就いていたが、駐留基地に入るには数が多く、月の1つにて物資と人員の入れ替えを行っていた。 大型輸送艦は工作艦を兼ねた。 総勢250艦の航宙艦は退役艦が110艦、入れ替え用が同数。 残り30艦は増強に伴い新規配備される艦だった。 輸送任務の最先任士官は大佐。 新造砲艦の設計にも関わり、旗艦の引き渡しのついでに他の艦の指揮も執り行っていた。 本来艦隊の指揮は少将以上だが、輸送任務の為、設計に関わった大佐が任命された。    他に星系防衛の指揮官として少将と、退役間近の大将とその副官や副長が視察の為便乗していた。 公安に近い監査だった。 しかし、この2名とその側近はこの艦隊及び駐留艦隊の指揮系統から外れている。 そんな人員の載せ替えが半分ほど行われた時に中緊急警報が鳴り、ライナン星系第3惑星より緊急の救援要請が入る。 機転を利かせ砲艦で敵の大半を仕留めるも、苦し紛れに敵は主系列星を人口ブラックホールにしてしまった。 完全にブラックホールに成長し、その重力から逃れられないようになるまで数分しか猶予が無かった。 意図しない戦闘の影響から士気はだだ下がり。そのブラックホールから逃れる為、禁止されている重力ジャンプを敢行する。 恒星から近い距離では禁止されているし、システム的にも不可だった。 なんとか制限内に解除し、重力ジャンプを敢行した。 しかし、禁止されているその理由通りの状況に陥った。 艦隊ごとセットした座標からズレ、恒星から数光年離れた所にジャンプし【ワープのような架空の移動方法】、再び重力ジャンプ可能な所まで移動するのに33年程掛かる。 そんな中忘れ去られた艦隊が33年の月日の後、本星へと帰還を目指す。 果たして彼らは帰還できるのか? 帰還出来たとして彼らに待ち受ける運命は?

お爺様の贈り物

豆狸
ファンタジー
お爺様、素晴らしい贈り物を本当にありがとうございました。

オー、ブラザーズ!

ぞぞ
SF
海が消え、砂漠化が進んだ世界。 人々は戦いに備えて巨大な戦車で移動生活をしていた。 巨大戦車で働く戦車砲掃除兵の子どもたちは、ろくに食事も与えられずに重労働をさせられる者が大半だった。 十四歳で掃除兵として働きに出たジョンは、一年後、親友のデレクと共に革命を起こすべく仲間を集め始める。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

OLサラリーマン

廣瀬純一
ファンタジー
女性社員と体が入れ替わるサラリーマンの話

性転のへきれき

廣瀬純一
ファンタジー
高校生の男女の入れ替わり

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

処理中です...