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『優樹様、バイトは初めてですよね?』
「知ってんだろ?」

 暫く無言でいた愼が、マンションのエントランスに入った途端に話しかけてきた。コンシェルジュから荷物が入ったダンボールを受け取って、エレベーターに向かう。

 今日の夕飯は唐揚げ。味噌汁も作ろうかと、いくつかの野菜も買ったし、ジュースもあるしで結構重い。愼も手伝えればいいのに。

『私が把握しておりますのは、データだけですので。』
「初めてだよ。……ちょっとだけ緊張してる。」

 エレベーターが動き出す。最上階の10階までは少しだけ時間がかかる。でも、一度も止まることなく上まで昇っていった。

『優樹様、バイトはいつから始めるおつもりですか?』
「分かんないよ。米田さんは今日はバイトじゃないって言ってたし。」

 荷物が重い。エレベーターを降りて、自分の部屋まで運ぶ。このフロアにはもう一部屋ついている。どこかのお年寄りの金持ちが、静かに余生を過ごしてるそうで、俺はまだ見かけたことはなかった。

『バイトの時に、眼鏡をかけていただけますか?』
「何で? ……ドア開けて。」

 カチッと音がして、ドアが数センチ開いた。こんな仕掛けがある事は最近になって知った。色んな仕掛けが施されているらしい。足でドアを大きく開きながら、中へと入っていった。

『私も同行するためです。』

 という事は……愼の目があるのはイヤフォンか。バイトでイヤフォンはできないだろうし。引越しの際に用意されていた帽子は被らないことも多いし。鞄もたまに違うものを持って行くし。

「あぁ、いいよ。でも愼、お前話しかけないだろうな?」
『残念ながら。今、耳の中に埋め込むことのできる通信機器を開発中でございますが、実用段階にはなっておらず。』

 冷蔵庫の中に食材をしまおうとした手が止まった。あれ? 親父の会社ってSNS全般を管理する仕事を引き受けているんじゃなかったっけ? セキュリティの強化に特化した技術。それを売ってるって聞いたけど。

「えっ? 親父の会社で?」
『いえ、違います。この部屋に私を配備したF.O.企画株式会社で。』
「おまっ! 愼、繋がってるのか?」

 確かここに初めて足を踏み入れた時の及川さんが、システムを全て切り離してあると言ってなかったか? あれ? 俺の聞き間違い?

『時間はかかりましたが、侵入に成功しました。大丈夫です。足跡は残しておりません。』
「何が大丈夫だよ……。」

 親父の会社の技術を逆手に取ったな? どこか誇らしげな愼の声に、ため息が出そうになるのを辛うじて堪えた。

「愼、法に触れるような事はするなよ?」
『承知しております。』

 愼の言葉に今度は大きくため息をついた。


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