僕とオオカミどものシェアハウス

もこ

文字の大きさ
上 下
61 / 104
教育実習四週目

6

しおりを挟む
「と、と、トモさんっ!」
 思わず大声が出た。でもトモは目を瞑ったままで、僕を抱きしめた腕は緩むことがなかった。少しだけ鼓動が速くなる。

「もう少しなんだ、もう少し。だからもう少しだけこうしていたい。」
 まただ。トモの呼吸が荒い。トモはやはりどこかおかしい。何がもう少しなんだろう? でも「何も聞いてくるな」というトモの強い意志が感じられて、口は開けなかった。僕がこうしていることで、トモが落ち着くのなら……。

 トモの胸元に顔を埋める形になり、否応なくトモの香りが鼻に入ってくる。ボディソープの香り? いつもと違う香りを身に纏っているような気がする。ムスク? シトラス? 一度だけ使ってみようかとドラッグストアで手に取った練り香水を思い出す。結局買わなかったけれど。

『トモはもうシャワーを浴びていたのかな?』
 今日一日家にいたらしいトモなら、もう既に風呂に入っていても不思議じゃない。でも、どこが悪いのだろう? 仕事も休むほど。夕飯も作れないほど。体調は悪くなさそうだ。

 でも、こんな風に抱きしめられることは嫌じゃなかった。僕もトモの身体に身を預けて目を瞑り力を抜いた。トモの気がすむまでつきあってあげてもいい。

 勝手に流れる映画の音声だけ聞きながら、じっとしていた。映画が終わる頃になってようやくトモの腕の力が緩んできた。規則的に胸が上下するのがわかる。眠ってしまったらしい。

『寝た……?』
 少しだけ顔を上げて顔を見る。うまい具合にクッションに頭が乗ってる。本当に寝るつもりなのかな? そうっとトモの身体の上から抜け出して床に降りる。左腕がソファから落ちてしまっていて、痛くなるかもと、お腹の上に戻してあげた。

『このまま寝せてあげたほうがいいかもしれない。』
 エンドロールが流れ始めていた映画を止めて電源を落とす。このままでは少し寒いから、毛布を掛けてあげようと自室に行ってロフトから毛布を引き摺り下ろした。

 一階までそうっと降りてきて、トモに毛布を掛ける。深い眠りに入ったのかトモは身動きひとつしなかった。今のうちに食べたものを片付けて、シャワーを浴びよう。



 シャワーを浴びて歯を磨き、後は寝るだけ。ユウの部屋からは声は聞こえないけど、風呂から上がったことを知らせた方がいいかな? でも、2人でのんびりしているのだったら、このままでもいいか? あの2人、ワインを飲みながら寝ちゃった?

 変に静まり返ってしまった家の中で動いているのは僕だけ。トモの様子を見てから2階へ上がろうとリビングのドアを開けた。トモはまだソファで眠ったままのようだった。

『寝てる……コンタクト外さなくて良かったのかな?』
 いつも風呂から上がると眼鏡をかけるはずだ。一晩中コンタクトを入れたままで、目は大丈夫なのだろうか? 

 トモの整った顔を眺めていると、微かに眉間に皺が寄っているのに気づいた。何か、夢を見ている? 「もう少しだけこうしていたい」とさっき抱きしめられたことを思い出す。僕がいる事でこの皺が無くなるのなら……。

 そう思った瞬間には、毛布を上げてそっと中に入り込んでいた。胸にもたれ掛かるのは躊躇する。重くて余計に夢見が悪くなるかもしれない。と思った瞬間に、トモの右手が僕の体を引き寄せて、頭を抱え込まれた。

『お、お、お、起きてた?』
 トモの逞しい左腕に腕枕をする形になり、ちょっとだけ慌てた。悪戯をしようとしたところを見つかった時のように、心臓がドキドキしていた。トモがずり落ちそうになった毛布を引き上げて、僕の頭まですっぽりと包み込む。

「……朝まで。」
 寝ぼけているのか起きているのか判別できなかった。けれど、トモの温かい身体は気持ちがいい。しばらくしてトモと僕の鼓動が同じリズムを取るようになった頃、いつの間にか僕もぐっすりと眠ってしまった。
 

しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

切なくて、恋しくて〜zielstrebige Liebe〜

水無瀬 蒼
BL
カフェオーナーである松倉湊斗(まつくらみなと)は高校生の頃から1人の人をずっと思い続けている。その相手は横家大輝(よこやだいき)で、大輝は大学を中退してドイツへサッカー留学をしていた。その後湊斗は一度も会っていないし、連絡もない。それでも、引退を決めたら迎えに来るという言葉を信じてずっと待っている。 そんなある誕生日、お店の常連であるファッションデザイナーの吉澤優馬(よしざわゆうま)に告白されーー ------------------------------- 松倉湊斗(まつくらみなと) 27歳 カフェ・ルーシェのオーナー 横家大輝(よこやだいき) 27歳 サッカー選手 吉澤優馬(よしざわゆうま) 31歳 ファッションデザイナー ------------------------------- 2024.12.21~

【完結】白い森の奥深く

N2O
BL
命を助けられた男と、本当の姿を隠した少年の恋の話。 本編/番外編完結しました。 さらりと読めます。 表紙絵 ⇨ 其間 様 X(@sonoma_59)

虐げられている魔術師少年、悪魔召喚に成功したところ国家転覆にも成功する

あかのゆりこ
BL
主人公のグレン・クランストンは天才魔術師だ。ある日、失われた魔術の復活に成功し、悪魔を召喚する。その悪魔は愛と性の悪魔「ドーヴィ」と名乗り、グレンに契約の代償としてまさかの「口づけ」を提示してきた。 領民を守るため、王家に囚われた姉を救うため、グレンは致し方なく自分の唇(もちろん未使用)を差し出すことになる。 *** 王家に虐げられて不遇な立場のトラウマ持ち不幸属性主人公がスパダリ系悪魔に溺愛されて幸せになるコメディの皮を被ったそこそこシリアスなお話です。 ・ハピエン ・CP左右固定(リバありません) ・三角関係及び当て馬キャラなし(相手違いありません) です。 べろちゅーすらないキスだけの健全ピュアピュアなお付き合いをお楽しみください。 *** 2024.10.18 第二章開幕にあたり、第一章の2話~3話の間に加筆を行いました。小数点付きの話が追加分ですが、別に読まなくても問題はありません。

後輩に嫌われたと思った先輩と その先輩から突然ブロックされた後輩との、その後の話し…

まゆゆ
BL
澄 真広 (スミ マヒロ) は、高校三年の卒業式の日から。 5年に渡って拗らせた恋を抱えていた。 相手は、後輩の久元 朱 (クモト シュウ) 5年前の卒業式の日、想いを告げるか迷いながら待って居たが、シュウは現れず。振られたと思い込む。 一方で、シュウは、澄が急に自分をブロックしてきた事にショックを受ける。 唯一自分を、励ましてくれた先輩からのブロックを時折思い出しては、辛くなっていた。 それは、澄も同じであの日、来てくれたら今とは違っていたはずで仮に振られたとしても、ここまで拗らせることもなかったと考えていた。 そんな5年後の今、シュウは住み込み先で失敗して追い出された途方に暮れていた。 そこへ社会人となっていた澄と再会する。 果たして5年越しの恋は、動き出すのか? 表紙のイラストは、Daysさんで作らせていただきました。

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

貢がせて、ハニー!

わこ
BL
隣の部屋のサラリーマンがしょっちゅう貢ぎにやって来る。 隣人のストレートな求愛活動に困惑する男子学生の話。 社会人×大学生の日常系年の差ラブコメ。 ※現時点で小説の公開対象範囲は全年齢となっております。しばらくはこのまま指定なしで更新を続ける予定ですが、アルファポリスさんのガイドラインに合わせて今後変更する場合があります。(2020.11.8) ■2024.03.09 2月2日にわざわざサイトの方へ誤変換のお知らせをくださった方、どうもありがとうございました。瀬名さんの名前が僧侶みたいになっていたのに全く気付いていなかったので助かりました! ■2024.03.09 195話/196話のタイトルを変更しました。 ■2020.10.25 25話目「帰り道」追加(差し込み)しました。話の流れに変更はありません。

悩める文官のひとりごと

きりか
BL
幼い頃から憧れていた騎士団に入りたくても、小柄でひ弱なリュカ・アルマンは、学校を卒業と同時に、文官として騎士団に入団する。方向音痴なリュカは、マルーン副団長の部屋と間違え、イザーク団長の部屋に入り込む。 そこでは、惚れ薬を口にした団長がいて…。 エチシーンが書けなくて、朝チュンとなりました。 ムーンライト様にも掲載しております。 

さよならの合図は、

15
BL
君の声。

処理中です...