49 / 104
教育実習三週目
14
しおりを挟む
「カズ、どうした?」
滑り台に背をもたれ掛からせるようにして立ち、道路の方を見ながらトモが話しかけてきた。僕はその気配を感じながらも、トモの方は見ずに川面を見つめた。
「大丈夫です。……ちょっとだけ疲れちゃって。」
さっきより煌めきが多くなった川は優しい音を立てて、静かに流れていた。
「何か、あったのか?」
「…………。」
あったかどうかで言うのなら、あったのだろう。でも、ここでトモに語って聞かせる話ではない。これはトモには関係のない、いや誰にも関係のない僕自身の心の問題だ。
「大丈夫です。もう少ししたら入ります。すみません、心配かけて。」
「そうか。」
トモが動く気配がしたかと思うと、徐に僕の右隣に来てしゃがみ込んだ。
「顔色が……悪いか?」
「ふふっ、トモさん、こんなに暗いのによくわかりますね。」
横顔を眺められて言われた言葉に、思わず笑みが溢れた。トモの方を見ると、遠くの街灯を背にしたトモの顔は暗くてよく見えなかったけれど、少しだけおどけた表情をしているような気がした。
「笑えるんだったら、大丈夫そうだ。」
「ええ、大丈夫です。」
少しだけ元気になったような気がして、対岸の家々の灯りに目をやった。一つ一つの家の中では今も様々なドラマが繰り広げられているのだろう。夕飯を食べたり、テレビを見ながらおしゃべりしたり……恋人どうしならば、愛し合ったり。
何だか急に独りぼっちになったような気がした。シェアハウスの中でも、ユウはリョウを追いかけ、トモは僕の知らない誰かに恋してる。僕は、小池に想いを告げられても応えてやる訳にはいかない。また、さっきの小池の傷ついたような後ろ姿が思い浮かんできた。
『家に帰りたいな。』
今も両親と妹が暮らす実家を思い浮かべる。実家は大学に通える距離にはなく、一人暮らしをして4年目。1年生の時は大学の近くの安いアパートで一人で暮らしていて、とても寂しかった。大学から遠くはなったけど、このシェアハウスを見つけて入居して、ちょっとホッとしたんだ。誰かが同じ屋根の下にいると思うと、干渉しない取り決めをして暮らしていても、全然寂しくなかった。
『それに、今は結構家族みたいに暮らしているしな。』
ここ3週間近くは色々な事があったけれど、この3人にすっかり慣れてしまった。けれど、やはり今は独りになりたかった。
「トモさん、僕今日は夕飯頂かないで寝てもいいですか?」
トモの方を見ないようにしながら言ってみる。トモが微かにため息をついたような気がした。
「カズがここにいるのを見つけてそんな気がしたんだ。ほら、これだけでも食べろ。口開けて。」
トモの方を見た瞬間に口に入れられたそれは楕円形をした……ミニトマトだった。
「これって、ミニトマト? うわっ酷い!」
口の中で転がしながらトモに抗議する。暗闇でもトモが笑顔になったような気がした。
「美味いから……噛んでみろ。」
思い切って噛み砕いてみると、確かにトマトの香りはするのに、とても甘い汁が口の中に広がった。
「……美味しい……。」
何故か鼻の奥が熱くなり、涙が溢れてきていた。美味しい。こんなに甘くて優しい味のミニトマトは初めてだ。
「だろ? ほら、ここにおにぎりとトマトを入れてきた。唐揚げも入ってるぞ? 部屋に行って食べろ。そして元気になったら……また笑顔を見せて?」
温かく大きなタッパーを手渡された。何故だか優しいトモの言葉に、ますます涙が流れるのを感じながら、何とか言葉を紡いだ。
「ありがとうございます。そうさせてもらいます。」
「行こう。」
トモに促されて一緒に立ち上がる。トモの後ろを歩きながら、さっきよりも大分元気になったような気がして、涙を手でそっと拭った。
滑り台に背をもたれ掛からせるようにして立ち、道路の方を見ながらトモが話しかけてきた。僕はその気配を感じながらも、トモの方は見ずに川面を見つめた。
「大丈夫です。……ちょっとだけ疲れちゃって。」
さっきより煌めきが多くなった川は優しい音を立てて、静かに流れていた。
「何か、あったのか?」
「…………。」
あったかどうかで言うのなら、あったのだろう。でも、ここでトモに語って聞かせる話ではない。これはトモには関係のない、いや誰にも関係のない僕自身の心の問題だ。
「大丈夫です。もう少ししたら入ります。すみません、心配かけて。」
「そうか。」
トモが動く気配がしたかと思うと、徐に僕の右隣に来てしゃがみ込んだ。
「顔色が……悪いか?」
「ふふっ、トモさん、こんなに暗いのによくわかりますね。」
横顔を眺められて言われた言葉に、思わず笑みが溢れた。トモの方を見ると、遠くの街灯を背にしたトモの顔は暗くてよく見えなかったけれど、少しだけおどけた表情をしているような気がした。
「笑えるんだったら、大丈夫そうだ。」
「ええ、大丈夫です。」
少しだけ元気になったような気がして、対岸の家々の灯りに目をやった。一つ一つの家の中では今も様々なドラマが繰り広げられているのだろう。夕飯を食べたり、テレビを見ながらおしゃべりしたり……恋人どうしならば、愛し合ったり。
何だか急に独りぼっちになったような気がした。シェアハウスの中でも、ユウはリョウを追いかけ、トモは僕の知らない誰かに恋してる。僕は、小池に想いを告げられても応えてやる訳にはいかない。また、さっきの小池の傷ついたような後ろ姿が思い浮かんできた。
『家に帰りたいな。』
今も両親と妹が暮らす実家を思い浮かべる。実家は大学に通える距離にはなく、一人暮らしをして4年目。1年生の時は大学の近くの安いアパートで一人で暮らしていて、とても寂しかった。大学から遠くはなったけど、このシェアハウスを見つけて入居して、ちょっとホッとしたんだ。誰かが同じ屋根の下にいると思うと、干渉しない取り決めをして暮らしていても、全然寂しくなかった。
『それに、今は結構家族みたいに暮らしているしな。』
ここ3週間近くは色々な事があったけれど、この3人にすっかり慣れてしまった。けれど、やはり今は独りになりたかった。
「トモさん、僕今日は夕飯頂かないで寝てもいいですか?」
トモの方を見ないようにしながら言ってみる。トモが微かにため息をついたような気がした。
「カズがここにいるのを見つけてそんな気がしたんだ。ほら、これだけでも食べろ。口開けて。」
トモの方を見た瞬間に口に入れられたそれは楕円形をした……ミニトマトだった。
「これって、ミニトマト? うわっ酷い!」
口の中で転がしながらトモに抗議する。暗闇でもトモが笑顔になったような気がした。
「美味いから……噛んでみろ。」
思い切って噛み砕いてみると、確かにトマトの香りはするのに、とても甘い汁が口の中に広がった。
「……美味しい……。」
何故か鼻の奥が熱くなり、涙が溢れてきていた。美味しい。こんなに甘くて優しい味のミニトマトは初めてだ。
「だろ? ほら、ここにおにぎりとトマトを入れてきた。唐揚げも入ってるぞ? 部屋に行って食べろ。そして元気になったら……また笑顔を見せて?」
温かく大きなタッパーを手渡された。何故だか優しいトモの言葉に、ますます涙が流れるのを感じながら、何とか言葉を紡いだ。
「ありがとうございます。そうさせてもらいます。」
「行こう。」
トモに促されて一緒に立ち上がる。トモの後ろを歩きながら、さっきよりも大分元気になったような気がして、涙を手でそっと拭った。
0
お気に入りに追加
32
あなたにおすすめの小説
切なくて、恋しくて〜zielstrebige Liebe〜
水無瀬 蒼
BL
カフェオーナーである松倉湊斗(まつくらみなと)は高校生の頃から1人の人をずっと思い続けている。その相手は横家大輝(よこやだいき)で、大輝は大学を中退してドイツへサッカー留学をしていた。その後湊斗は一度も会っていないし、連絡もない。それでも、引退を決めたら迎えに来るという言葉を信じてずっと待っている。
そんなある誕生日、お店の常連であるファッションデザイナーの吉澤優馬(よしざわゆうま)に告白されーー
-------------------------------
松倉湊斗(まつくらみなと) 27歳
カフェ・ルーシェのオーナー
横家大輝(よこやだいき) 27歳
サッカー選手
吉澤優馬(よしざわゆうま) 31歳
ファッションデザイナー
-------------------------------
2024.12.21~
虐げられている魔術師少年、悪魔召喚に成功したところ国家転覆にも成功する
あかのゆりこ
BL
主人公のグレン・クランストンは天才魔術師だ。ある日、失われた魔術の復活に成功し、悪魔を召喚する。その悪魔は愛と性の悪魔「ドーヴィ」と名乗り、グレンに契約の代償としてまさかの「口づけ」を提示してきた。
領民を守るため、王家に囚われた姉を救うため、グレンは致し方なく自分の唇(もちろん未使用)を差し出すことになる。
***
王家に虐げられて不遇な立場のトラウマ持ち不幸属性主人公がスパダリ系悪魔に溺愛されて幸せになるコメディの皮を被ったそこそこシリアスなお話です。
・ハピエン
・CP左右固定(リバありません)
・三角関係及び当て馬キャラなし(相手違いありません)
です。
べろちゅーすらないキスだけの健全ピュアピュアなお付き合いをお楽しみください。
***
2024.10.18 第二章開幕にあたり、第一章の2話~3話の間に加筆を行いました。小数点付きの話が追加分ですが、別に読まなくても問題はありません。
後輩に嫌われたと思った先輩と その先輩から突然ブロックされた後輩との、その後の話し…
まゆゆ
BL
澄 真広 (スミ マヒロ) は、高校三年の卒業式の日から。
5年に渡って拗らせた恋を抱えていた。
相手は、後輩の久元 朱 (クモト シュウ) 5年前の卒業式の日、想いを告げるか迷いながら待って居たが、シュウは現れず。振られたと思い込む。
一方で、シュウは、澄が急に自分をブロックしてきた事にショックを受ける。
唯一自分を、励ましてくれた先輩からのブロックを時折思い出しては、辛くなっていた。
それは、澄も同じであの日、来てくれたら今とは違っていたはずで仮に振られたとしても、ここまで拗らせることもなかったと考えていた。
そんな5年後の今、シュウは住み込み先で失敗して追い出された途方に暮れていた。
そこへ社会人となっていた澄と再会する。
果たして5年越しの恋は、動き出すのか?
表紙のイラストは、Daysさんで作らせていただきました。
貢がせて、ハニー!
わこ
BL
隣の部屋のサラリーマンがしょっちゅう貢ぎにやって来る。
隣人のストレートな求愛活動に困惑する男子学生の話。
社会人×大学生の日常系年の差ラブコメ。
※現時点で小説の公開対象範囲は全年齢となっております。しばらくはこのまま指定なしで更新を続ける予定ですが、アルファポリスさんのガイドラインに合わせて今後変更する場合があります。(2020.11.8)
■2024.03.09 2月2日にわざわざサイトの方へ誤変換のお知らせをくださった方、どうもありがとうございました。瀬名さんの名前が僧侶みたいになっていたのに全く気付いていなかったので助かりました!
■2024.03.09 195話/196話のタイトルを変更しました。
■2020.10.25 25話目「帰り道」追加(差し込み)しました。話の流れに変更はありません。
悩める文官のひとりごと
きりか
BL
幼い頃から憧れていた騎士団に入りたくても、小柄でひ弱なリュカ・アルマンは、学校を卒業と同時に、文官として騎士団に入団する。方向音痴なリュカは、マルーン副団長の部屋と間違え、イザーク団長の部屋に入り込む。
そこでは、惚れ薬を口にした団長がいて…。
エチシーンが書けなくて、朝チュンとなりました。
ムーンライト様にも掲載しております。
鈍感モブは俺様主人公に溺愛される?
桃栗
BL
地味なモブがカーストトップに溺愛される、ただそれだけの話。
前作がなかなか進まないので、とりあえずリハビリ的に書きました。
ほんの少しの間お付き合い下さい。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる