僕とオオカミどものシェアハウス

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教育実習三週目

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「カズ、どうした?」
 滑り台に背をもたれ掛からせるようにして立ち、道路の方を見ながらトモが話しかけてきた。僕はその気配を感じながらも、トモの方は見ずに川面を見つめた。

「大丈夫です。……ちょっとだけ疲れちゃって。」
 さっきより煌めきが多くなった川は優しい音を立てて、静かに流れていた。

「何か、あったのか?」
「…………。」
 あったかどうかで言うのなら、あったのだろう。でも、ここでトモに語って聞かせる話ではない。これはトモには関係のない、いや誰にも関係のない僕自身の心の問題だ。

「大丈夫です。もう少ししたら入ります。すみません、心配かけて。」
「そうか。」
 トモが動く気配がしたかと思うと、徐に僕の右隣に来てしゃがみ込んだ。

「顔色が……悪いか?」
「ふふっ、トモさん、こんなに暗いのによくわかりますね。」
 横顔を眺められて言われた言葉に、思わず笑みが溢れた。トモの方を見ると、遠くの街灯を背にしたトモの顔は暗くてよく見えなかったけれど、少しだけおどけた表情をしているような気がした。

「笑えるんだったら、大丈夫そうだ。」
「ええ、大丈夫です。」
 少しだけ元気になったような気がして、対岸の家々の灯りに目をやった。一つ一つの家の中では今も様々なドラマが繰り広げられているのだろう。夕飯を食べたり、テレビを見ながらおしゃべりしたり……恋人どうしならば、愛し合ったり。

 何だか急に独りぼっちになったような気がした。シェアハウスの中でも、ユウはリョウを追いかけ、トモは僕の知らない誰かに恋してる。僕は、小池に想いを告げられても応えてやる訳にはいかない。また、さっきの小池の傷ついたような後ろ姿が思い浮かんできた。

『家に帰りたいな。』
 今も両親と妹が暮らす実家を思い浮かべる。実家は大学に通える距離にはなく、一人暮らしをして4年目。1年生の時は大学の近くの安いアパートで一人で暮らしていて、とても寂しかった。大学から遠くはなったけど、このシェアハウスを見つけて入居して、ちょっとホッとしたんだ。誰かが同じ屋根の下にいると思うと、干渉しない取り決めをして暮らしていても、全然寂しくなかった。

『それに、今は結構家族みたいに暮らしているしな。』
 ここ3週間近くは色々な事があったけれど、この3人にすっかり慣れてしまった。けれど、やはり今は独りになりたかった。

「トモさん、僕今日は夕飯頂かないで寝てもいいですか?」
 トモの方を見ないようにしながら言ってみる。トモが微かにため息をついたような気がした。

「カズがここにいるのを見つけてそんな気がしたんだ。ほら、これだけでも食べろ。口開けて。」
 トモの方を見た瞬間に口に入れられたそれは楕円形をした……ミニトマトだった。

「これって、ミニトマト? うわっ酷い!」
 口の中で転がしながらトモに抗議する。暗闇でもトモが笑顔になったような気がした。

「美味いから……噛んでみろ。」
 思い切って噛み砕いてみると、確かにトマトの香りはするのに、とても甘い汁が口の中に広がった。

「……美味しい……。」
 何故か鼻の奥が熱くなり、涙が溢れてきていた。美味しい。こんなに甘くて優しい味のミニトマトは初めてだ。

「だろ? ほら、ここにおにぎりとトマトを入れてきた。唐揚げも入ってるぞ? 部屋に行って食べろ。そして元気になったら……また笑顔を見せて?」

 温かく大きなタッパーを手渡された。何故だか優しいトモの言葉に、ますます涙が流れるのを感じながら、何とか言葉を紡いだ。

「ありがとうございます。そうさせてもらいます。」
「行こう。」
 トモに促されて一緒に立ち上がる。トモの後ろを歩きながら、さっきよりも大分元気になったような気がして、涙を手でそっと拭った。
 


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