僕とオオカミどものシェアハウス

教育実習三週目

12

「１０年後。その時には先生は結婚しているかもしれない。」
「……そうだな。」
　今まで誰とも付き合ったことのない僕が結婚しているなんて想像もできないけど、充分にあり得る。１０年とはそんな年月だ。卑怯な手。でも、口から飛び出してしまった言葉は簡単に引っ込められなかった。

「先生は、あの家にずっと住んでいるの？」
　いや無理だろう。大家が転勤先から戻って来れば、それでお終いになる。それに教員採用試験に受かれば、どこが勤務先になるのか誰も分からない。大学の先輩たちが、合格すれば年明けに改めて面接があると教えてくれたけど、それで地域が決められても学校が分かるわけではないんだ。何もいえないでいるうちに、小池がふと目を逸らした。

「分かった。俺は……振られたんだ。」
「…………。」
　振られた？　これで僕が小池を振ったことになるのか？　経験ゼロの僕には見当がつかないけれど、どこかでホッとしている自分がいる。そして少しの、罪悪感。

「小池、もう遅い。帰れ。」
　自分の心に向き合わないようにしながら、先生として声をかけた。小池は抵抗しなかった。小池を先に歩かせて体育館を出る。少し後ろを歩きながら、小池が今どんな気持ちでいるのかを考えないように努めた。

　誰もいなくなった昇降口で、靴を履き替える小池を見つめながら、声をかけるべきかどうか迷った。小池の背中が何か期待しているように見えたけれど、この場で声をかけるとすれば、適切な言葉は何なのだろう？　……分からない。焦って考えようとしたけれど、さっぱり答えは見つけられなかった。

「……さようなら。」
「気をつけて帰れよ？」
　結局、ありきたりな言葉で見送ることしかできなかった。



　
　
「おい五十嵐先生……五十嵐君！　どうした。」
　佐々木先生の言葉で我に返った。小池を帰らせた後、職員室で佐々木先生の机の隣に椅子を持ってきて並んで座っていた。僕が作った指導案の指導をしてもらうためだ。でも小池からされたキスと、その告白が頭からずっと離れないでいた。

「あっ！　すみません。」
　慌てて気持ちを指導案に向ける。今、授業の展開の仕方について助言を受けていたところ。佐々木先生は誤字を直すだけでなく、自分が気になった場所には二重線を引いて一言書き込んでいてくれていた。

「めあてとまとめの整合性って知ってるか？　最近はあまり重要だとは言われなくはなってきてるんだが、それでもこの時間に何を子どもたちに掴ませるのかは上に書いただろ？　この部分とまとめは整合性をとらなければならない。」

　赤ペンで大きく囲まれた部分に目を通す。なるほど、佐々木先生の言う事は本当に勉強になる。それからまた少し指導を受けて、ようやく今週最後の教育実習が終わった。