上 下
37 / 134
2:伸一と隆介と弁当と

3

しおりを挟む
随分と気の向くままに走り回った。手と足の先が冷たくなったが、体はポカポカしていた。少しだけ休もうと、とても古く昔からあるような雑貨屋の軒先にある自販機で、ホットレモンを買ってこちらも古臭いベンチに腰掛けた。

『ここは……いつもの駅の隣くらいだな。』
スマホを開き、位置を確認する。さっきから、微かに電車の音が聞こえていたから、線路沿いを走っていたことには間違いがなかった。やはり、いつも利用している駅の隣。大学とは反対側にある駅の近くだ。

『もうそろそろショッピングモールへ行ってもいいかな?』
時刻は9時20分。学校ではもう1時間目の英語が始まってる。昨日までで6個の授業をサボったことになる。これで7個目……初めての経験だけど、思ったより抵抗がなかった。

「はーっ、これからどうしよ。」
口に出して言ってみる。モールに行きたいわけじゃない。でも、家にいるわけにもいかないし、どこにも居場所がない。学校か……。ホットレモンを握りしめた毛のひらから、温かさが広がってきた。足の指先もジンジンしてくる。

「お前っ! それはないだろっ!」
「ははははっ!」
右側から2人連れの男の声が聞こえて横目で確認する。と、ガバッと身を起こして顔を2人に向けた。

『田崎さん……? いや……駿也のお兄さん?』
田崎さんとそっくりな茶髪の髪を靡かせた男が、同じくらいの背の高さの男とこちらに向かって歩いて来ていた。2人ともジーンズを穿いて楽な服装だ。けど、俺とは違って随分年上に見える。

『駿也のお兄さん……?』
高2の時の球技大会で駿也が足を怪我した時、初めて会った駿也のお兄さん。モールから手に入れた大量のダンボールを運ぶ時も車を出してくれた。背は低かったけど、黒髪で、駿也にそっくりだったんだ。でも……この人は髪が茶色い。駿也というより、田崎さんに似ているかもしれない……。

「おい、電車が来る。走ろうぜ。」
「待て、圭介!」
俺の目の前から走り出した2人の背中を見送りながら、俺は動けないでいた。姿が見えなくなって初めて視線を逸らす。まただ……。話しかければいいのに。駿也くんのお兄さんですか? それだけなのに……。

自分の不甲斐なさが嫌になる。駿也に会いたいと言っておきながら、本当は会うのが怖いんじゃないか? そんな気持ちにさえなっている。駿也が本当は会いたいとは思ってない……そんな事まで勘繰って行動に移せない。

「田崎さんに会いたいな。」
誰も聞いてない空間で言葉に出してみる。田崎さんには、学校に行けば会えるかもしれない。彼女がいることは……随分前から知っていたことだ。

『よし……行く。』
俺は決心すると、すでに温くなったホットレモンの蓋を開けて一気に飲み干し、すぐ近くの駅によるために自転車を漕ぎ出した。



しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

処女姫Ωと帝の初夜

切羽未依
BL
αの皇子を産むため、男なのに姫として後宮に入れられたΩのぼく。  七年も経っても、未だに帝に番われず、未通(おとめ=処女)のままだった。  幼なじみでもある帝と仲は良かったが、Ωとして求められないことに、ぼくは不安と悲しみを抱えていた・・・  『紫式部~実は、歴史上の人物がΩだった件』の紫式部の就職先・藤原彰子も実はΩで、男の子だった!?というオメガバースな歴史ファンタジー。  歴史や古文が苦手でも、だいじょうぶ。ふりがな満載・カッコ書きの説明大量。  フツーの日本語で書いています。

彼女ができたら義理の兄にめちゃくちゃにされた

おみなしづき
BL
小学生の時に母が再婚して義理の兄ができた。 それが嬉しくて、幼い頃はよく兄の側にいようとした。 俺の自慢の兄だった。 高二の夏、初めて彼女ができた俺に兄は言った。 「ねぇ、ハル。なんで彼女なんて作ったの?」 俺は兄にめちゃくちゃにされた。 ※最初からエロです。R18シーンは*表示しておきます。 ※R18シーンの境界がわからず*が無くともR18があるかもしれません。ほぼR18だと思って頂ければ幸いです。 ※いきなり拘束、無理矢理あります。苦手な方はご注意を。 ※こんなタイトルですが、愛はあります。 ※追記……涼の兄の話をスピンオフとして投稿しました。二人のその後も出てきます。よろしければ、そちらも見てみて下さい。 ※作者の無駄話……無くていいかなと思い削除しました。お礼等はあとがきでさせて頂きます。

出戻り聖女はもう泣かない

たかせまこと
BL
西の森のとば口に住むジュタは、元聖女。 男だけど元聖女。 一人で静かに暮らしているジュタに、王宮からの使いが告げた。 「王が正室を迎えるので、言祝ぎをお願いしたい」 出戻りアンソロジー参加作品に加筆修正したものです。 ムーンライト・エブリスタにも掲載しています。 表紙絵:CK2さま

隣人、イケメン俳優につき

タタミ
BL
イラストレーターの清永一太はある日、隣部屋の怒鳴り合いに気付く。清永が隣部屋を訪ねると、そこでは人気俳優の杉崎久遠が男に暴行されていて──?

職業寵妃の薬膳茶

なか
BL
大国のむちゃぶりは小国には断れない。 俺は帝国に求められ、人質として輿入れすることになる。

僕のために、忘れていて

ことわ子
BL
男子高校生のリュージは事故に遭い、最近の記憶を無くしてしまった。しかし、無くしたのは最近の記憶で家族や友人のことは覚えており、別段困ることは無いと思っていた。ある一点、全く記憶にない人物、黒咲アキが自分の恋人だと訪ねてくるまでは────

からっぽを満たせ

ゆきうさぎ
BL
両親を失ってから、叔父に引き取られていた柳要は、邪魔者として虐げられていた。 そんな要は大学に入るタイミングを機に叔父の家から出て一人暮らしを始めることで虐げられる日々から逃れることに成功する。 しかし、長く叔父一族から非人間的扱いを受けていたことで感情や感覚が鈍り、ただただ、生きるだけの日々を送る要……。 そんな時、バイト先のオーナーの友人、風間幸久に出会いーー

男とラブホに入ろうとしてるのがわんこ属性の親友に見つかった件

水瀬かずか
BL
一夜限りの相手とホテルに入ろうとしていたら、後からきた男女がケンカを始め、その場でその男はふられた。 殴られてこっち向いた男と、うっかりそれをじっと見ていた俺の目が合った。 それは、ずっと好きだけど、忘れなきゃと思っていた親友だった。 俺は親友に、ゲイだと、バレてしまった。 イラストは、すぎちよさまからいただきました。

処理中です...