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その線はもう見たくない

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「いやー、寒いな。」
今泉が隣で呟く。1月になって1度だけ雪が降ったが、積もるほどではなく地面が一時白くなってすぐに消えた。しかし、冬本番の冷たく乾いた空気の中、次の体育の授業のために、体育館に来ていた。

「ああ、寒いな。」
俺は前の授業の1年の奴らがバレーボールのネットを片付けているのを漠然と眺めていた。……望がいる。少しだけ足を引きずっているようだ。何かあったのか?

「そういえば、田崎、今バイトしてないの?」
「ああ。年末で辞めた。」
望から目を離して今泉を見た。今泉は俺と同じぐらいの背があり、話しやすい。つるむほどではなかったが、授業が同じであればこうやって話すことが多かった。

「新しくバイトする気ない?」
「どこ?」
「居酒屋。ほら駅前の『魚住』。こっちも最近バイトが3人も辞めてさ、誰か連れてきてって言われてるんだよね。2時間からシフト組める。接客業。メニューを覚えれば後は楽チン。」

「……考えとく。」
気楽に言う今泉から顔を背けて望を見る。男2人でポールを器具庫に運んでいるところだ。駅ビルのレストランを辞めてから結構経ってる。学費は両親が出してくれるし、実家から通っている身としたら、毎月そんなに金が欲しいわけではない。しかし何もやらないというのも、結構ヒマだ。

『居酒屋なら、望と会う確率は低いか?』
望はまだ未成年だ。飲み会があって大勢で訪れることはあろうが、彼女と2人で訪れると言うことは……まずは考えられない。やってみるか?

「駿也さん!おはようございます!次、体育ですか?」
いつの間にか俺の前まで走ってきた望から声をかけられた。
「ああ。おはよ。」
平然を装って答える。こうやって正面から顔を見るのは、イブの前の日にレストランで顔を合わせた時以来だ。

「朝から体育ってキツイですよね。体が全然温まらなくて……。」
「そうだな。」
突然、抱きしめて自分の熱を分け与えたい衝動が起きて戸惑う。平均より少しだけ低い背……抱きしめたらすっぽりと腕の中に収まりそうな望。手の拳に力が入った。

「足、どうかしたのか?」
自分の思考を振り払うように、望の足を見た。動きを見ていると、左脚を痛めているようだった。
「あ、これですか?高2の時に足を折っちゃって……脛の所をポキンと。キチンと治したんですけど、寒いとちょっとだけ痛みがぶり返すんですよね。特に痛めたわけでもない膝が。庇うからですかね?」

「ああ、そうかもな。何で折ったんだ?」
「球技大会のバレーボールで。俺、バレーボール結構得意なんです。今も熱が入っちゃって。」
笑顔でレシーブの身振りをしている。本当に好きそうだ。

「駿也さんも、お隣の方も運動できそうですね。いいなあ、俺もそのぐらい背が欲しかったっ!」
「今泉だよ。……望くん?前にも会ったよね?君明るいねー。」
今泉が、俺の望への第一印象をそのまま言葉に出した。

「ははっ!よく脳天気だって言われます。じゃ、頑張ってくださいっ!」
望は笑顔を見せて、更衣室へ向かって走り出した。今からで次の講義に間に合うのか?

「じゃ、準備しとくか。」
今泉の声で我に返る。望から目を逸らし、歩き出した今泉についてマットを出すべく器具庫へ向かった。



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