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その線には触れたくない
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「それにしてもカップル多くね?」
クリスマスイブが明日に迫った夜、榎本が俺のそばで囁いた。大学の講義は明日まで続くはずだが、俺が取っているものは今週は休講で、一足早く冬休みが来ていた。今日は雪になりそうな冷たい雨が降っている。夜中には、もしかしたら雪になるかも知れない。
「そうだな。」
「けど、あの傘流行ってきてるんスかね?……多いですよね?」
同じバイトの増田が隣から話しかける。増田は同じ大学の1年。1ヶ月前にバイトを初めてようやく慣れてきたところだった。
「ボール傘?あれ、スイッチ1つで綺麗に畳まれるの凄いよな?今年のクリスマスプレゼントで激売れしているらしいぜ?」
榎本の言葉で客の足元に転がっている、瓢箪型のボールに似たピンクの傘を3人で眺める。
今年の秋に発売されたその傘はスイッチ1つで開閉でき、閉めたあとは密封されて、表面を拭うと濡れた痕跡も残らない優れものだった。感触もソフトボールを触ったような感触。難点があるとすれば、広げたときの柄が細いことと、色の種類が少ないことだ。今現在では、白と黒、ピンクの3種類しか発売されていないが、とても売れているとニュースで見た。
「いいけど、ピンクはないな。」
傘を眺めながら呟く。色物を作るとしてもピンクはないだろ。でも、女性の間では人気らしく、最近はよく見かけるようになった。
「すみません。」
奥から小さな声が聞こえた。若い男が手をあげている。さっき入店したカップル。
「俺が行く。」
2人に言い捨てて、テーブルに向かった。
「いらっしゃいませ。席にご案内します。」
食後のコーヒーと紅茶を奥のテーブルに置いた瞬間、増田の声で入り口を見た。8時近くなって落ち着いたと思ったが、新たな客の登場だ。今日は普段より客の入りが多い。そして一歩踏み出そうとして固まった。
「凄い、可愛い!」
小柄な女を腕にぶら下げて入店してきたカップル……。それは望だった。
「うん、凄いな。俺初めて来た。……あれっ!?駿也さん?」
「いらっしゃいませ。」
この、目の前が暗くなっていく感触は何だろう?心臓がドクドクいっているのに、体が痺れていく感覚は?……俺はちゃんと笑顔を作れているか?何も聞こえない……耳には自分の鼓動だけが鳴り響いている……。
それ以上望たちを見ることはせず、カウンターの裏まで行ってそこに蹲った。
「おい、大丈夫か?」
別のテーブルの食器を下げてきた榎本の声が聞こえる。耳は……正常に戻ったらしい。
「ああ。少し……大丈夫。」
立ち上がって榎本を見る。そこに望たちの注文を取った増田がやってきた。
「Aセット2つ。……どうしたんスか?田崎さん、顔が真っ青ですよ?」
「ああ。最近疲れてるのかもしれない。」
ディナーを食べ終わりそうなテーブルに運ぶために、コーヒーのサーバーを手に取った。
「帰れば?後は俺らだけでも大丈夫じゃね?オーナー!」
榎本が気を利かせてオーナーに声をかけてくれた。みんなの親切心に背中を押されて、俺はいつもより1時間以上早く、バイトを終える事になった。
雨の中を、家に向かってただ呆然と歩く。目の前には先ほど見た望とその彼女の姿が見える。望は……何か言いたそうだった。腕を組んでいた2人。あの姿は見たくなかった。俺が見たかったのは……。
『そうか……』
俺はようやく気づいた。
『俺は、いつの間にか……』
望を好きになっていたんだ。
雨は俺の身体を容赦なくうち続けたが、何故か寒さは感じなかった。
クリスマスイブが明日に迫った夜、榎本が俺のそばで囁いた。大学の講義は明日まで続くはずだが、俺が取っているものは今週は休講で、一足早く冬休みが来ていた。今日は雪になりそうな冷たい雨が降っている。夜中には、もしかしたら雪になるかも知れない。
「そうだな。」
「けど、あの傘流行ってきてるんスかね?……多いですよね?」
同じバイトの増田が隣から話しかける。増田は同じ大学の1年。1ヶ月前にバイトを初めてようやく慣れてきたところだった。
「ボール傘?あれ、スイッチ1つで綺麗に畳まれるの凄いよな?今年のクリスマスプレゼントで激売れしているらしいぜ?」
榎本の言葉で客の足元に転がっている、瓢箪型のボールに似たピンクの傘を3人で眺める。
今年の秋に発売されたその傘はスイッチ1つで開閉でき、閉めたあとは密封されて、表面を拭うと濡れた痕跡も残らない優れものだった。感触もソフトボールを触ったような感触。難点があるとすれば、広げたときの柄が細いことと、色の種類が少ないことだ。今現在では、白と黒、ピンクの3種類しか発売されていないが、とても売れているとニュースで見た。
「いいけど、ピンクはないな。」
傘を眺めながら呟く。色物を作るとしてもピンクはないだろ。でも、女性の間では人気らしく、最近はよく見かけるようになった。
「すみません。」
奥から小さな声が聞こえた。若い男が手をあげている。さっき入店したカップル。
「俺が行く。」
2人に言い捨てて、テーブルに向かった。
「いらっしゃいませ。席にご案内します。」
食後のコーヒーと紅茶を奥のテーブルに置いた瞬間、増田の声で入り口を見た。8時近くなって落ち着いたと思ったが、新たな客の登場だ。今日は普段より客の入りが多い。そして一歩踏み出そうとして固まった。
「凄い、可愛い!」
小柄な女を腕にぶら下げて入店してきたカップル……。それは望だった。
「うん、凄いな。俺初めて来た。……あれっ!?駿也さん?」
「いらっしゃいませ。」
この、目の前が暗くなっていく感触は何だろう?心臓がドクドクいっているのに、体が痺れていく感覚は?……俺はちゃんと笑顔を作れているか?何も聞こえない……耳には自分の鼓動だけが鳴り響いている……。
それ以上望たちを見ることはせず、カウンターの裏まで行ってそこに蹲った。
「おい、大丈夫か?」
別のテーブルの食器を下げてきた榎本の声が聞こえる。耳は……正常に戻ったらしい。
「ああ。少し……大丈夫。」
立ち上がって榎本を見る。そこに望たちの注文を取った増田がやってきた。
「Aセット2つ。……どうしたんスか?田崎さん、顔が真っ青ですよ?」
「ああ。最近疲れてるのかもしれない。」
ディナーを食べ終わりそうなテーブルに運ぶために、コーヒーのサーバーを手に取った。
「帰れば?後は俺らだけでも大丈夫じゃね?オーナー!」
榎本が気を利かせてオーナーに声をかけてくれた。みんなの親切心に背中を押されて、俺はいつもより1時間以上早く、バイトを終える事になった。
雨の中を、家に向かってただ呆然と歩く。目の前には先ほど見た望とその彼女の姿が見える。望は……何か言いたそうだった。腕を組んでいた2人。あの姿は見たくなかった。俺が見たかったのは……。
『そうか……』
俺はようやく気づいた。
『俺は、いつの間にか……』
望を好きになっていたんだ。
雨は俺の身体を容赦なくうち続けたが、何故か寒さは感じなかった。
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