食っちまうぞ!

もこ

文字の大きさ
上 下
4 / 8

3日前

しおりを挟む
 ガタン、ゴン! グワングワングワン………。

 外から激しい物音がして目が覚めた。顔を上げると曇りガラスの向こうに人影。ベランダ伝いに左側へ戻って行こうとしているようだった。

「おい! 待てっ!」

 跳ね起きて窓を開ける。と同時に隣のベランダ側の窓が閉まる音がした。




 昨日は肉じゃがを入れた丼を片手に顔を見てやろうと思った。けれども、隣人が大きく手を伸ばしてきて丼を掴むとサッと部屋へと戻ってしまった。

 企み失敗。でも伸ばされた腕は、意外と細かったように思う。黒のスエットだかパーカーだか分からんが、厚手の生地の先に出ていた指はすごく細かった。女みたいだ。

「礼を言えっ! 馬鹿野郎。」

 つい言ってしまった俺は悪くないよな? その時、俺の声に反応するように下の階の住人が窓を開ける音が聞こえてきて、慌てて声を抑えて身動きを止めた。

 足元を見ると、見慣れない木製のトレーに昨日の丼が置いてある。なかなか洒落たトレー。楕円形の両脇に持ち手がくり抜いてあり、年輪を生かした茶色の塗装がしてある。

 持ち上げた瞬間に、トレーの裏側から小さな紙片がくるくると回りながら、降りていった。茶色と白の紙のようだ。

『メモ紙?』

 裏返しになって白い面が上になった紙を拾い上げる。表に返してみると、茶色の縁取りで、食パンを模したようなメモ紙にペン書きで文字が書いてあった。

〈おいしかった。ありがとう。〉

 綺麗な文字。俺の殴り書きとは全く違う。頭が良さそうな、そんな感じ。

『にゃー、にゃーばかり言ってないで、喋ればいいのに。』

 でも、何故だか俺はそのメモ用紙の言葉に満足して、お盆を抱えて部屋に戻った。




 テーブルでパソコンを立ち上げて音楽を聴いていた俺は、微かに隣の部屋の窓が開くのを聞いたような気がした。ボリュームを下げて立ち上がり、ベランダへの窓を開ける。今日は少し肌寒い。曇り空で月も星も出ていないが、左隣に人の気配を感じた。

「こんばんは。」
「……。」

 俺がベランダに出た途端に、奥に引っ込んだ男に声をかける。昨日の今日だから、返事がなくとも気にしない。

「お前、字が綺麗だな。習字かなんかやってた?」
「……にゃ。」

 コイツは「にゃ」でしかコミュニケーションを取りたくないらしい。でもまあ、いい。猫みたいなやつは俺好み。

「夕飯は食べたか?」
「……。」
「今日カレー作ったんだけど、食う?」
「……。」

 なんだ。遠慮してんのか? 知らないうちにたくさん作っちまったから、食べてもらえるとこちらはありがたいんだが。

「めっちゃ、たくさん作って余ってるんだよね。お盆も返したいし。どう?」
「……にゃ。」
「お腹空いてる?」
「にゃ。」
「待ってろ。」

 反応が良くなった隣の男に気をよくして、ちょっとニヤけそうになった顔を抑えながら部屋へと戻った。



しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

愛する貴方の心から消えた私は…

矢野りと
恋愛
愛する夫が事故に巻き込まれ隣国で行方不明となったのは一年以上前のこと。 周りが諦めの言葉を口にしても、私は決して諦めなかった。  …彼は絶対に生きている。 そう信じて待ち続けていると、願いが天に通じたのか奇跡的に彼は戻って来た。 だが彼は妻である私のことを忘れてしまっていた。 「すまない、君を愛せない」 そう言った彼の目からは私に対する愛情はなくなっていて…。 *設定はゆるいです。

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

いや、あんたらアホでしょ

青太郎
恋愛
約束は3年。 3年経ったら離縁する手筈だったのに… 彼らはそれを忘れてしまったのだろうか。 全7話程の短編です。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません

ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは 私に似た待望の男児だった。 なのに認められず、 不貞の濡れ衣を着せられ、 追い出されてしまった。 実家からも勘当され 息子と2人で生きていくことにした。 * 作り話です * 暇つぶしにどうぞ * 4万文字未満 * 完結保証付き * 少し大人表現あり

処理中です...