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しおりを挟む「はぁーっ、オジサン来ないかな。」
僕は「J」のマスターの前で、ここしばらくで口癖になった言葉を呟いた。
「アキラさん、ため息つくと幸運が逃げる、と言いますよ。」
マスターは僕の前でグラスを磨いていた。
「何かさ、みんな幸せになっていくんだ。」
しおりんと池谷さんの婚約が発表された。それと同時に池谷さんが「太田グループ」の婿養子として、次期社長になるために、どこかの大学に行って短い間勉強をしてくるという事が知らされた。経営学だか経済学だか忘れたけど、ここ最近は社内でも逆玉だとみんなの中で評判になっていた。
『ま、2人のキューピッドは僕だけどね。』
2人の背中を押してやったのは確実に僕だ。けど、しばらくの間ずっと池谷さんに睨まれ続けた。しおりんが僕とずっと友だちでいたいと言ったらしくて……。
『僕なんか切ったって、別にどうってことなかったろうに。』
しおりんの友情には感謝だ。けれど池谷さんの気持ちも分かる。僕は池谷さんの睨みに耐えきれなくなって、ある日2人を昼に誘った。
『えっ? ゲイ?』
『そ。だから妬くとしたらしおりんだ。けれど、池谷さんは僕の好みじゃない。だからしおりんも安心、セーフってわけ。』
『小寺くんったら。』
僕の言葉に池谷さんは唖然とし、しおりんは笑った。
『僕はしおりんにとって女友だちか弟のようなもんだって。階段の時も、池谷さんに告れって応援してたんだぜ?』
しおりんが真っ赤になったことで、池谷さんもようやく納得したらしい。あの日から僕は無罪放免、睨まれなくなった。ま、一緒にお昼を食べた、なんて事後報告すると嫌な顔をされるけどね。
「よしっ! 僕も幸せが欲しい。これからはため息をつかないっ! おっ!」
僕がマスターに宣言した途端に、入り口のドアが開いて首を左に回した。
チリンチリン
ドアが開く小さな音が鳴り、スーツを着たダンディなオジサンがやってきた。年は多分……40代、いや50代か? 目の下のホクロを探そうとした瞬間に、後ろからもう一人若い男が入ってくるのが見えた。
『何だ。カップルか。』
途端にホクロなどどうでもよくなり、目の前のカクテルを一口飲んだ。カップルは奥のテーブルに向かって歩いて行った。それを追いかけるように、マスターがカウンターを出て行った。
『何だか最近、満たされない。』
ずっとあの人を探してた。多分ヘテロであろうあの人が、ここに来るはずがないことは百も承知だ。夜の快楽を求めようとするならば、そして誰でもいいなら、毎回相手に困らないと自信になるくらい声はかけられている。
『でも、何か違うんだよ。』
誰に声をかけられても、その気になれない。体は疼くけれど誰に誘われても「いいよ。」とは言えなかった。
僕は「J」のマスターの前で、ここしばらくで口癖になった言葉を呟いた。
「アキラさん、ため息つくと幸運が逃げる、と言いますよ。」
マスターは僕の前でグラスを磨いていた。
「何かさ、みんな幸せになっていくんだ。」
しおりんと池谷さんの婚約が発表された。それと同時に池谷さんが「太田グループ」の婿養子として、次期社長になるために、どこかの大学に行って短い間勉強をしてくるという事が知らされた。経営学だか経済学だか忘れたけど、ここ最近は社内でも逆玉だとみんなの中で評判になっていた。
『ま、2人のキューピッドは僕だけどね。』
2人の背中を押してやったのは確実に僕だ。けど、しばらくの間ずっと池谷さんに睨まれ続けた。しおりんが僕とずっと友だちでいたいと言ったらしくて……。
『僕なんか切ったって、別にどうってことなかったろうに。』
しおりんの友情には感謝だ。けれど池谷さんの気持ちも分かる。僕は池谷さんの睨みに耐えきれなくなって、ある日2人を昼に誘った。
『えっ? ゲイ?』
『そ。だから妬くとしたらしおりんだ。けれど、池谷さんは僕の好みじゃない。だからしおりんも安心、セーフってわけ。』
『小寺くんったら。』
僕の言葉に池谷さんは唖然とし、しおりんは笑った。
『僕はしおりんにとって女友だちか弟のようなもんだって。階段の時も、池谷さんに告れって応援してたんだぜ?』
しおりんが真っ赤になったことで、池谷さんもようやく納得したらしい。あの日から僕は無罪放免、睨まれなくなった。ま、一緒にお昼を食べた、なんて事後報告すると嫌な顔をされるけどね。
「よしっ! 僕も幸せが欲しい。これからはため息をつかないっ! おっ!」
僕がマスターに宣言した途端に、入り口のドアが開いて首を左に回した。
チリンチリン
ドアが開く小さな音が鳴り、スーツを着たダンディなオジサンがやってきた。年は多分……40代、いや50代か? 目の下のホクロを探そうとした瞬間に、後ろからもう一人若い男が入ってくるのが見えた。
『何だ。カップルか。』
途端にホクロなどどうでもよくなり、目の前のカクテルを一口飲んだ。カップルは奥のテーブルに向かって歩いて行った。それを追いかけるように、マスターがカウンターを出て行った。
『何だか最近、満たされない。』
ずっとあの人を探してた。多分ヘテロであろうあの人が、ここに来るはずがないことは百も承知だ。夜の快楽を求めようとするならば、そして誰でもいいなら、毎回相手に困らないと自信になるくらい声はかけられている。
『でも、何か違うんだよ。』
誰に声をかけられても、その気になれない。体は疼くけれど誰に誘われても「いいよ。」とは言えなかった。
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