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コウイチという男

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「過去の部屋」へ戻った。新田さんはいなかった。俺たちが帰って来るのを見て、部屋を出て行ったのだろう。

俺は、奥にあるソファに座った。笹元公園でそうしてたように、床を見つめて時間が過ぎるのを待った。コウイチは、空間をスキャンするためのスイッチを入れると、俺と反対側のパソコンの前に座った。壁の時計を見ると、針は2時半を差していた。

朝食を摂ってからこう君が入れてくれたコーヒーを飲んだだけで何も口にして無いが、食欲は一切なかった。
『こう君…』
今朝、バスを降りてすぐに会った時の嬉しそうな顔…。
一緒に映画館へ行けると輝かせた顔…。

『好き、好きなんだ…。』
掠れた声で真面目に告白して来た…。
そして、こう君のショックを受けた顔を思い出すと、胸が押し潰されるような気がした。

今までに8回過去に飛んだ。計画ではあと2回行く事になっているはず。
『これから、どうすれば良い?』
少なくとも、今まで通りへらへらと笑って過ごすことができないのは明らかだった。

『次にこう君にあった時、どんな言葉をかける?』
俺は気にしてないよ…。笑って言ってあげることができるだろうか…。

『もし、また同じようなことがあったら?』
きっとまた俺は抵抗するだろう…。俺はコウイチが…。

『コウイチ…』
目を上げると、パソコンに向かうコウイチの後ろ姿が目に入った。まだ、帽子を被ったままだ。机に肘をついて手を顔の前で合わせ、パソコンの画面を熱心に見ているようだ。

『…?…』
立ち上がり、コウイチのそばへ歩いていく。コウイチが見ていたのは、メガネをかけたままの自分の姿だった。パソコンの画面にはパソコンが合わせ鏡のように無数に並んで奥行きを作っていた。

その隣のパソコンには、俺が今見ているコウイチが写し出されている。俺は自分のメガネを外してスイッチを切ると、テーブルの上に置いた。

「コウイチ…?」
声を掛けて、肩に手を置く。コウイチはたった今目が覚めたかのようにビクッと体を揺らし、こちらを振り返った。

「…ああ、ごめん。…考え事をしていた。」
「どうしたの?」
「いや…」
コウイチらしくない。表情も冴えない。そう言えば、今日は朝から変だった。

「コウイチ、なに…」
『何かあったのか?』と言う言葉がコウイチの次の言葉に遮られた。

「余り気にするな。大丈夫だ。今日はゆっくり休め。報告は俺から入れておく。」

…気にするなってコウイチのこと?こう君のこと?
…大丈夫だって何が?
…コウイチは何を知ってるの?
…何でそんなに…辛そうなの?

聞きたいことは山ほどあったが、何も聞けなかった。立ち上がって白い部屋へ出るドアを開けたコウイチに追い立てられるように、俺は「過去の部屋」を後にした。
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