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10年前
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俺は長いことそのままの姿勢でいた。
巌城家に戻らないと…。
こう君に会ったら、何て言えばいい…?
これから…どうやって明日まで過ごす…?
近くのホテルに泊まる…。
なんて言って…?
地面を見つめながら、答えが出ない事をグルグル考えた。こう君は、今なにをしてるだろう…。不思議とこう君に対する恐怖や嫌悪の気持ちは出てこなかった。
好きだと言われ、襲われそうになったこと自体にはショックを受けたが、こう君を嫌いにはなれなかった。ただ、こう君に悪いことをしたような、申し訳ないような気持ちが胸の奥で漠然と流れていた。
「…荷物を取ってこい。」
どのくらいの時間そうしていたのか分からない。傍で声がして顔を上げた。そうだ…。コウイチがいたんだ。…どうして…。
「…コウイチ…」
「帰ろう…」
コウイチは無表情で素っ気なかったが、口調がとても優しかった。
「大丈夫。巌城家に戻ればすぐ帰れる。帰社命令が出たと言えばいい。」
ここで待ってる、と言うコウイチの言葉に後押しされ、巌城家に引き返した。
「すみません…。」
玄関の引き戸を開け、声をかけた。思ったより小さな声しか出なかった。台所からおばあさんが出てきた。
「あらあら小野寺さん、上がって。お昼にしましょう?」
「いえ、巌城さん呼んでいただけますか?」
考えれば、この家のみんなが『巌城さん』だ。でも初めからの呼び名はなかなか変えられない。「洸(ひろし)さん」とは呼べなかった。
「洸(ひろし)!小野寺さん!」
おばあさんの声で奥の部屋の扉が開く音がして、巌城さんがゆっくりとこちらに向かってきた。
「小野寺さん、何かありましたか?」
「あ、あの…会社に帰らなければならなくて…」
嘘をつく罪悪感から巌城さんの顔が見れなかった。
「…はい、分かってましたよ。」
巌城さんの言葉でハッと顔を上げた。
「手紙が入ってましたから…。意外な奴から…。」
「意外なや…つ?」
巌城さんが「ははっ」と笑って続けた。
「だから洸は、出てったんだな?小野寺さんがすぐに帰るのが分かって不貞腐れたわけだ。」
「こう…君、出て行ったんですか…。」
胸がギューっと痛くなった。俺のせいだ。俺の…せい…。
「母が帰ってからすぐに行ったらしいです。友だちの所へ行くとか…。帰るの遅くなるなんて言ってたらしいですよ。」
今はスマホを持たせているから、さほど心配しないですけどね、と巌城さんが笑って付け加えた。
「少々お待ちください。」
荷物を取りに自室に向かった巌城さんの後ろ姿を見ながら、俺は一つのことしか考えられなかった。
『こう君を傷つけた…。』
鼻の奥がつんと痛んでくるのを、どうにかしてやり過ごしていた。
巌城家に戻らないと…。
こう君に会ったら、何て言えばいい…?
これから…どうやって明日まで過ごす…?
近くのホテルに泊まる…。
なんて言って…?
地面を見つめながら、答えが出ない事をグルグル考えた。こう君は、今なにをしてるだろう…。不思議とこう君に対する恐怖や嫌悪の気持ちは出てこなかった。
好きだと言われ、襲われそうになったこと自体にはショックを受けたが、こう君を嫌いにはなれなかった。ただ、こう君に悪いことをしたような、申し訳ないような気持ちが胸の奥で漠然と流れていた。
「…荷物を取ってこい。」
どのくらいの時間そうしていたのか分からない。傍で声がして顔を上げた。そうだ…。コウイチがいたんだ。…どうして…。
「…コウイチ…」
「帰ろう…」
コウイチは無表情で素っ気なかったが、口調がとても優しかった。
「大丈夫。巌城家に戻ればすぐ帰れる。帰社命令が出たと言えばいい。」
ここで待ってる、と言うコウイチの言葉に後押しされ、巌城家に引き返した。
「すみません…。」
玄関の引き戸を開け、声をかけた。思ったより小さな声しか出なかった。台所からおばあさんが出てきた。
「あらあら小野寺さん、上がって。お昼にしましょう?」
「いえ、巌城さん呼んでいただけますか?」
考えれば、この家のみんなが『巌城さん』だ。でも初めからの呼び名はなかなか変えられない。「洸(ひろし)さん」とは呼べなかった。
「洸(ひろし)!小野寺さん!」
おばあさんの声で奥の部屋の扉が開く音がして、巌城さんがゆっくりとこちらに向かってきた。
「小野寺さん、何かありましたか?」
「あ、あの…会社に帰らなければならなくて…」
嘘をつく罪悪感から巌城さんの顔が見れなかった。
「…はい、分かってましたよ。」
巌城さんの言葉でハッと顔を上げた。
「手紙が入ってましたから…。意外な奴から…。」
「意外なや…つ?」
巌城さんが「ははっ」と笑って続けた。
「だから洸は、出てったんだな?小野寺さんがすぐに帰るのが分かって不貞腐れたわけだ。」
「こう…君、出て行ったんですか…。」
胸がギューっと痛くなった。俺のせいだ。俺の…せい…。
「母が帰ってからすぐに行ったらしいです。友だちの所へ行くとか…。帰るの遅くなるなんて言ってたらしいですよ。」
今はスマホを持たせているから、さほど心配しないですけどね、と巌城さんが笑って付け加えた。
「少々お待ちください。」
荷物を取りに自室に向かった巌城さんの後ろ姿を見ながら、俺は一つのことしか考えられなかった。
『こう君を傷つけた…。』
鼻の奥がつんと痛んでくるのを、どうにかしてやり過ごしていた。
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