未来も過去も

もこ

文字の大きさ
上 下
83 / 110
10年前

7

しおりを挟む
俺は長いことそのままの姿勢でいた。

巌城家に戻らないと…。
こう君に会ったら、何て言えばいい…?
これから…どうやって明日まで過ごす…?
近くのホテルに泊まる…。
なんて言って…?

地面を見つめながら、答えが出ない事をグルグル考えた。こう君は、今なにをしてるだろう…。不思議とこう君に対する恐怖や嫌悪の気持ちは出てこなかった。

好きだと言われ、襲われそうになったこと自体にはショックを受けたが、こう君を嫌いにはなれなかった。ただ、こう君に悪いことをしたような、申し訳ないような気持ちが胸の奥で漠然と流れていた。

「…荷物を取ってこい。」
どのくらいの時間そうしていたのか分からない。傍で声がして顔を上げた。そうだ…。コウイチがいたんだ。…どうして…。
「…コウイチ…」
「帰ろう…」
コウイチは無表情で素っ気なかったが、口調がとても優しかった。

「大丈夫。巌城家に戻ればすぐ帰れる。帰社命令が出たと言えばいい。」
ここで待ってる、と言うコウイチの言葉に後押しされ、巌城家に引き返した。



「すみません…。」
玄関の引き戸を開け、声をかけた。思ったより小さな声しか出なかった。台所からおばあさんが出てきた。
「あらあら小野寺さん、上がって。お昼にしましょう?」

「いえ、巌城さん呼んでいただけますか?」
考えれば、この家のみんなが『巌城さん』だ。でも初めからの呼び名はなかなか変えられない。「洸(ひろし)さん」とは呼べなかった。

「洸(ひろし)!小野寺さん!」
おばあさんの声で奥の部屋の扉が開く音がして、巌城さんがゆっくりとこちらに向かってきた。

「小野寺さん、何かありましたか?」
「あ、あの…会社に帰らなければならなくて…」
嘘をつく罪悪感から巌城さんの顔が見れなかった。
「…はい、分かってましたよ。」
巌城さんの言葉でハッと顔を上げた。

「手紙が入ってましたから…。意外な奴から…。」
「意外なや…つ?」
巌城さんが「ははっ」と笑って続けた。
「だから洸は、出てったんだな?小野寺さんがすぐに帰るのが分かって不貞腐れたわけだ。」

「こう…君、出て行ったんですか…。」
胸がギューっと痛くなった。俺のせいだ。俺の…せい…。
「母が帰ってからすぐに行ったらしいです。友だちの所へ行くとか…。帰るの遅くなるなんて言ってたらしいですよ。」
今はスマホを持たせているから、さほど心配しないですけどね、と巌城さんが笑って付け加えた。

「少々お待ちください。」
荷物を取りに自室に向かった巌城さんの後ろ姿を見ながら、俺は一つのことしか考えられなかった。

『こう君を傷つけた…。』

鼻の奥がつんと痛んでくるのを、どうにかしてやり過ごしていた。





しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

男色医師

虎 正規
BL
ゲイの医者、黒河の毒牙から逃れられるか?

処女姫Ωと帝の初夜

切羽未依
BL
αの皇子を産むため、男なのに姫として後宮に入れられたΩのぼく。  七年も経っても、未だに帝に番われず、未通(おとめ=処女)のままだった。  幼なじみでもある帝と仲は良かったが、Ωとして求められないことに、ぼくは不安と悲しみを抱えていた・・・  『紫式部~実は、歴史上の人物がΩだった件』の紫式部の就職先・藤原彰子も実はΩで、男の子だった!?というオメガバースな歴史ファンタジー。  歴史や古文が苦手でも、だいじょうぶ。ふりがな満載・カッコ書きの説明大量。  フツーの日本語で書いています。

(…二度と浮気なんてさせない)

らぷた
BL
「もういい、浮気してやる!!」 愛されてる自信がない受けと、秘密を抱えた攻めのお話。 美形クール攻め×天然受け。 隙間時間にどうぞ!

αなのに、αの親友とできてしまった話。

おはぎ
BL
何となく気持ち悪さが続いた大学生の市ヶ谷 春。 嫌な予感を感じながらも、恐る恐る妊娠検査薬の表示を覗き込んだら、できてました。 魔が差して、1度寝ただけ、それだけだったはずの親友のα、葛城 海斗との間にできてしまっていたらしい。 だけれど、春はαだった。 オメガバースです。苦手な人は注意。 α×α 誤字脱字多いかと思われますが、すみません。

男子学園でエロい運動会!

ミクリ21 (新)
BL
エロい運動会の話。

壁穴奴隷No.19 麻袋の男

猫丸
BL
壁穴奴隷シリーズ・第二弾、壁穴奴隷No.19の男の話。 麻袋で顔を隠して働いていた壁穴奴隷19番、レオが誘拐されてしまった。彼の正体は、実は新王国の第二王子。変態的な性癖を持つ王子を連れ去った犯人の目的は? シンプルにドS(攻)✕ドM(受※ちょっとビッチ気味)の組合せ。 前編・後編+後日談の全3話 SM系で鞭多めです。ハッピーエンド。 ※壁穴奴隷シリーズのNo.18で使えなかった特殊性癖を含む内容です。地雷のある方はキーワードを確認してからお読みください。 ※No.18の話と世界観(設定)は一緒で、一部にNo.18の登場人物がでてきますが、No.19からお読みいただいても問題ありません。

怒られるのが怖くて体調不良を言えない大人

こじらせた処女
BL
 幼少期、風邪を引いて学校を休むと母親に怒られていた経験から、体調不良を誰かに伝えることが苦手になってしまった佐倉憂(さくらうい)。 しんどいことを訴えると仕事に行けないとヒステリックを起こされ怒られていたため、次第に我慢して学校に行くようになった。 「風邪をひくことは悪いこと」 社会人になって1人暮らしを始めてもその認識は治らないまま。多少の熱や頭痛があっても怒られることを危惧して出勤している。 とある日、いつものように会社に行って業務をこなしていた時。午前では無視できていただるけが無視できないものになっていた。 それでも、自己管理がなっていない、日頃ちゃんと体調管理が出来てない、そう怒られるのが怖くて、言えずにいると…?

側妻になった男の僕。

selen
BL
国王と平民による禁断の主従らぶ。。を書くつもりです(⌒▽⌒)よかったらみてね☆☆

処理中です...