男ですが聖女になりました

白井由貴

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IFストーリー(本編9話以降分岐)

IF 1話

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※この『IFストーリー』は作者が考えていた複数ある没になったプロットの一つを文章化した『もしものお話』です。
※本編10話の途中でクロヴィスに出会わなかった世界線です。本編9話まで読み進めた後に読む事をおすすめします。
※この『IFストーリー①』の前半のみ本編10話の前半と同じ内容です。




「ラウルがあまりにも頑張って笑っているから、俺も気にしないようにしていたんだが……もう、限界だ」
「……リアム」

 抱きしめる腕が震えている。今リアムがどんな表情をしているかがわからないことが不安で、思わず彼の名前を呼んだ。しかし腕の力が緩められることはなく、それどころか腕に力が込められてしまう。苦しい、痛いと伝えるようにもう一度名前を呼ぶと、リアムの身体はびくりと大きく震えた。

「あ……すまない」
「ううん、大丈夫」

 声を震わせながらそう呟いたリアムは少しだけ腕の力を緩めてくれ、俺は苦しさから解放されてふうと息を吐き出した。顔を見上げると俺が想像もしていなかった表情を浮かべた彼の顔があり、俺はなんとも言えない気持ちになる。
 
 怒っているのかとか呆れているのかとか、そんな想像をしていたのに、まさか泣きそうな顔だなんて思わなかった。

「……何かあったのか?もし何かあるなら俺に言ってくれ……!ラウルの為ならいくらでも……っ」

 俺は静かに頭を左右に振った。
 リアムの目には大丈夫だと気丈に振る舞っているように見えただろうか。本当は俺自身が汚れ切っていることを知られたくないだけなのに、そう勘違いをしてくれていたらいいと思う自分に嫌気が差す。
 彼は何か言いたそうな顔で俺をじっと見ていたが、やがて大きな溜息を吐き出し、俺から身体を離して俯いてしまった。

「……俺は、そんなに頼りないか?」
「……え?」

 リアムが小さく何かを呟いた。俺はその言葉を聞き取ることができずに聞き返したが、リアムが答える事はなかった。

 嫌われてしまっただろうか。それともこれだけ心配してくれているにも関わらず何も言わない、何も教えない俺に呆れてしまっただろうか。
 けれどもどんなことがあっても、俺は本当のことをリアムに告げるつもりはない。もし知られてしまったとしたら――その時は恐らくリアムは会いにこなくなるだろう。汚れ切った俺の身体に嫌悪を示して離れていくに違いない。そうなればまたあの聖女の役目を果たし続けるだけの日々が続くだけだ。けれど、俺の我儘でしかないけれども、どうしてもリアムのこの温もりを離したくなかった。

「リアム殿下、迎えの方がお見えです」

 時間になったのか、部屋の扉がノックされる。外から掛かる声は聞き慣れたドミニクの声。リアムは顔を上げて扉の方を見つめたかと思うと、一瞬だけ俺の方に視線を向けて唇を噛み締めた。痛みを耐えるかのように歪んだその表情にまた胸が痛む。

 リアムは入る時に脱いだローブを羽織り、扉前まで早足で歩いて行く。そして取手に手を掛け、一瞬躊躇うようにぴたりと動きを止めたかと思えば、こちらを一度も見ることなく部屋から出て行ってしまった。

 後に残されたのは俺ただ一人。
 はあ、と大きく息を吐き出しながら背中からベッドへと倒れ込み、もう今は何もしたくないというように目を瞑る。それでも思い浮かぶのはリアムの泣きそうな表情。胸が締め付けられるような痛みに俺は耐えるように胸を鷲掴み、ドミニクが戻ってくるまで声を押し殺して泣き続けた。



 朝起きると瞼が重く腫れていた。
 昨夜散々泣いたからだろう。あの後部屋に戻っても泣き続ける俺にギョッとしたドミニクは、何かを察したように眉を下げて笑いながら俺の背を黙って撫でてくれた。一定のリズムで撫でられる刺激に落ち着いたのか、そのまま寝てしまったらしい。

 多分ドミニクは俺とリアムが身体を重ねていないことに気付いていると思う。でもドミニクは何も言わない。それどころか報告すらしていないのだろう。もししていたとすれば、俺達は確実にセックスをするかもう会えないかの二択になるはずだ。なのに何故、上の人達に報告しないのだろうか。
 
 寝起きの頭では答えを導き出せるはずもない。まずは泣きすぎで重い頭を何とかしようとベッドの端に腰掛けた時、控えめに扉を叩く音が聞こえ、思わず動きを止めた。

「やあラウルくん、おはよう。うわあ……ひっどい顔だね?」
 
 挨拶もそこそこに室内に入ってきたドミニクは、俺の顔を見るなりぴくりと頬を引き攣らせた。俺は声を出す気力もなくて、煩いと腫れた目でキッと睨みつけたが、ドミニクは引き攣った笑みを浮かべるだけで全く怯まない。それどころかベッドに腰掛けている俺の前に立ち、その場にしゃがみ込んで俺を見上げてきた。
 
「今日は一段と機嫌が悪いねえ……もしかしてリアム殿下のことかい?」
「……別に」
「そういえば腫れた目にも治癒魔法は効くから、やってご覧?」

 そう言われて自分の瞼に手を当てて治癒魔法をかけると、あれだけ重たくてほとんど開かなかった瞼が途端にすっきりとした。瞼と同じようにこの心も頭もスッキリすればいいのに。

「この後の予定だけど、今日からまた礼拝に参加するから身体を清めておいてね」
 
 長かった謹慎期間が今日でやっと終わる。久々の礼拝参加は、前回のこともあって正直あまり気乗りはしない。礼拝には怪我一つない状態で参加することが決まりらしいが、どこまでが本当なのかは俺にもわからない。

 昨日リアムがくれたクッキーの残りを一枚齧るが、何故か今日は味がしなかった。昨日リアムと一緒に食べた時は仄かではあったが確かに甘みを感じたというのに。甘みを感じないのではただの砂を噛んでいるのと同じように感じ、俺は用意された果実水で一気に胃へと流し込んだ。

 全身を清め、ドミニクに手伝ってもらいながら礼拝用の服とローブに身を包んだ俺は彼と共に部屋を後にした。

 一回目から大分期間が空いての二回目ということもあり内心かなり緊張していたが、礼拝は滞りなく進んでいく。その後は聖女に課せられた役目として治癒や浄化を行い、部屋に戻った頃には疲れ切っていた。シャワーを浴びる気力もなく、ぼふんっとベッドへと倒れ込む。

「はぁ……つかれた」

 枕に顔を埋めながら小さく呟く。もう動けない。身体を清めないとと思うのに疲労がピークに達しているらしく、体が重くて動かないのだ。重力に従って思い瞼が降りていく。

「……お、ふろ……あさ、はい……」

 そう呟いてすぐ、俺の意識は夢の世界へと旅立った。

 
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