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補足:回想
過去:イザベル③
しおりを挟む※ディアンス帝国建国前のお話です。
※この話を読まなくても本編には何の影響もありません。
※本編の雰囲気を壊したくない方は読まない方がいいかもしれません。
※過去のお話なので暗いです。ご注意ください。
それから毎日隣の部屋からは喘ぎ声が聞こえ続けた。
私の他にも四人いるという聖女。後からわかった事だが、全員が全員、私ほどではないらしいが通常のオメガよりもフェロモンが濃く、誘惑するフェロモンを多く分泌するらしい。
でも、私はそれを免罪符にするつもりはない。
私の意思だけではないとはいえ、この世で一番愛する人を深く傷つけ、心を壊してしまったのだから。
私は与えられたこの部屋でずっと考えていた。どうすればいいのだろうかと、私はこの先どう償っていけばいいのだろうかと考え続けた。けれど答えは出ない。考えても考えても答えは出ず、ただ時間だけが過ぎていく。
このまま老いていき、そうして死を迎えるのだろうかと考えていた時、一人の訪問者が私の元を訪れた。
「お久しぶりです、義姉上」
「……ロイク」
私の事を義姉上と呼ぶのは一人しかいない。ルロワの年子の弟であるロイクだ。ロイクはルロワとよく似た顔立ちだが、ルロワよりも幾分か体格がいい。ルロワと同じシルバーアッシュの髪は短く、優男風な兄とは違いクールな印象だ。
最近では二代目皇帝として即位するのではという噂が流れている。そんな彼がここにくるなんて一体どうしたと言うのだろうか。
「義姉上にお願いがあります。兄を助けてください」
綺麗な所作で私に頭を下げるロイクに、私は首を傾げた。まさかルロワの心を壊した張本人に心を治せと言っているのかと思っていると、どうやらそうではないらしい。
「昨夜、兄上が何者かによって襲撃されました。幸い命には別状はないようなのですが、何分傷が深くて治りが遅いのです。勝手なお願いかとは思いますが、どうか義姉上に治していただけないでしょうか?」
お願いします、と再び深く頭を下げたロイク。しかし私の頭はフリーズしていた。
ルロワが怪我?襲撃された?
衝撃の事実が頭の中でぐるぐると回る。何故、どうしてと次々に浮かぶ疑問に私の頭はパニック寸前だった。どうしたらいい、私はどうすればいいと必死で混乱する頭で考えようとするがうまくいかない。
それなのに、気づけば無意識に頷いていた。
私が頷いたのを確認したロイクが一旦部屋を出ていき、ルロワが寝かされた寝台が運び入れられる。久々に見たルロワは大分奴れており、目は力なく閉じられていた。
「……ルロ、ワ」
小さく、震える声が溢れる。揺れる眼球を何とか動かしてルロワの頭の先から足の先まで視線を動かし、それから脇腹のあたりに巻かれている真っ赤な包帯を見た。
私は震える手で患部に触れる。そして、治れと祈りを込めながら患部の周りをつうとなぞっていく。すると不思議なことに、私の指の周りに集まっていた小さな光の粒たちが患部を覆い隠すように集まっていった。
あの日、ルロワと初めて交わった時と同じだ。ルロワのことを思いながら手を翳すと温かな光が指の先から溢れていき、怪我が治っていく。それと同時に私の中の魔力が変な動きをした。
(……なんだこの魔力の動き……まるで違うものに変換されていくような……)
私の水属性の魔力がほんの少し減って別の属性の魔力が増えた感覚だった。でもそんなことがあり得るのだろうか。後天的に魔力属性が付与されることでさえあり得ないとされていたのに、私を含めた五人にはそれが起こった。だからあり得ないことではないのかもしれない。
これは調べる必要があるなと考え込んでいると、いつしか怪我は完治していたようでロイクに感謝された。ルロワが元気なら私はそれでいいと苦笑すると、ロイクは眦を下げながら私を呼んだ。
「ん?どうした?」
「義姉上、これを」
「……これは?」
渡されたのはルロワやロイクの瞳に似たミルキーブロンドの魔石がついたペンダントだった。魔石に触れた瞬間に伝わる温かな魔力に涙が溢れそうになり、私はぎゅっと唇を噛み締めた。
「それとこれを」
続けて渡されたのはまるで空のような澄んだ青――まるで私の瞳の色のような魔石だった。震える手でそれを受け取り、両の掌で祈るように包む。この魔石にはまだ魔力が込められておらず、私は縋るようにルロワを見た。
「兄は、いつも義姉上のことを想っていました。それら二つは義姉上と結婚してすぐ、兄が職人に依頼していたものです。……ただあの日、兄はこれを貴方ではなく俺に渡した。好きにしろと言われたので、俺は本来持つべき人に渡します」
そう言ったロイクは困ったように笑っていた。
凄い屁理屈だと思わないでもないが、でも私はそんなロイクの判断に感謝した。
私の魔力を青色の魔石に込めてロイクに返す。彼は驚いたように私を見たが、私のこの行動の意味に気が付いたのか、一瞬泣きそうな表情をした後こくりと頷いて受け取ってくれた。
ロイク達が部屋を出ていった後、私は魔石がついたペンダントを首から掛けた。あたたかなルロワの魔力に包まれているような感覚に、また涙が出そうになる。
ああ、やっぱり私はまだルロワが好きなんだ。
それがわかった、それだけで今日がとても良い一日になった気がした。
それから私は毎日、ホワイトブロンドの魔石に祈りを込め続けた。ルロワが怪我や病気をせず、長生きしますように。ルロワが幸せでいられますように。そしてあわよくば来世で結ばれたら……なんて、壊した私が願うのも烏滸がましいだろうが、でもやっぱり次の人生でもルロワと会って、二人で幸せになりたいと願ってしまうのだ。
大聖堂は権力を増していき、テオは私を含めた聖女達を抱き続けた。それは光属性の魔力と闇属性の魔力を持つものだけが恩恵を受けられる『魔力量増幅効果』を知ってからは休む間もなく抱かれ続けることになった。
でも不思議とテオを恨むことはなかった。だって私にとって一番の憎むべき存在は私というオメガだったから。だからこれは罰なのだ。テオは、私に対して罰を与えてくれているのだと思えば申し訳ないと思いこそすれ、憎むなんて思うはずがなかった。
それから一年後、彼は新しく妻を娶ることとなった。テオがルロワの記憶を消したのだと言う。記憶を消すことでルロワを正常に戻し、再び皇帝としての責務を果たせるようにしたのだそうだ。彼は新しい妻との間に子を授かり、生まれれば国をあげて祝われるのだと聞いた。
「ルロワのことはもう忘れろ。お前はもう……」
「ふふっ……テオは優しいなぁ……」
「優しくないと言っているだろ」
私はそれらのことをすべてベッドの中で教えてもらった。睦言としても聞いたし、聖属性の魔力の使い過ぎて伏していた時に寝物語としても聞いた。
私の死期は近い。元々の属性魔力の量がもう殆どなく、あと一度聖属性魔法を使用したら私はすぐにでもあの世に行くことだろう。それをテオも知っている。
テオの魔力量が異常なほどの成長をしていることに気がついていたが、私は何も言わなかった。私は発情期になる度に周りを誘惑したが、テオが首輪と称して私の首につけてくれた金属の輪っかのお陰でルロワ以外と番になることはなかった。
一番私を憎んでいるはずのテオ、そんな彼に憎しみをぶつけられる度に私は救われていくような気がした。
逃げられないようにつけると言われてつけられた首輪は、最終的には私にとっての最後の砦となったし、こうしてルロワに関して教えてくれたことも彼にとっては嫌味や皮肉だったのかもしれないが、私にとっては救いになったている。……皮肉だな。
自嘲気味に笑う私を訝しげに見やるテオに、私はお礼として一つ話をすることにした。それは最近見る夢の話だ。
「……夢?」
「ああ、その夢には神を名乗る神々しい人影が出てくるんだけど……私に対してこう言うんだ――お前は特別な存在だってね。百年に一度、聖女となった者に魔力が受け継がれるのだと」
魔力が受け継がれるというのは、どうやら生まれ変わりのようなものらしい。私の記憶や感情が引き継がれることもあれば引き継がれないこともあるのだと言っていた。
「……まあ生まれ変わりというのは実際にあるそうだからな、あり得ない話でないだろう」
「そう言えばテオは数代前の天才教皇の生まれ変わりとか言われてたね」
「……魔力も容姿もただ似ているだけという可能性もあるがな」
でももし生まれ変われるとしたら、その時はルロワの生まれ変わりと一緒になれればいいな。
くすくすと笑う私から目を逸らしたテオは、窓の外に視線を移した瞬間、勢いよく立ち上がった。ギシッとベッドが軋んで揺れる。どうかしたのかと上体を起こすと、テオは身支度を整えながら私にも服を着るように言った。
「……ロイクだ」
背を向けている彼の顔を見ることはできないのでどんな表情をしているのかはわからないが、硬い声音から強張っているのだろうと想像できる。テオの話によればロイクは布の塊を腕に抱いており、もうすぐここに来ると言う。
言われた通りに身支度を整えてすぐ、ロイクがこの部屋にやってきた。部屋の扉の前で止められているようで入ってはこない。ちらりと見えたロイクの腕には確かに布の塊があるが……あれはもしかして。
「はぁっ、はっ……教皇様、この子を……っ、この子を救っていただけませんかっ!?」
この子――やはりそうか、ロイクが腕に抱いているのは赤子だ。布に包まれた状態で熱魔法による保温と防御魔法が掛けられている。テオは私をちらりと見たあと、すぐにロイクの腕の布の塊を受け取って中を見た。
「……取り敢えず、お前達は礼拝室近くの部屋で待っていろ。最前は尽くす……だがもし助けられなくても、恨むでないぞ」
「ええ、ええ勿論です……っ!」
ロイク達が部屋を出てすぐ、テオは私に布の塊を渡してきた。布を捲り、中身を確認するとそこから現れたのはシルバーアッシュのふわふわの髪の赤子だった。直感でこの子がルロワの子どもだとわかり、胸がじんわりと温かくなると同時につきんと痛む。
息は、辛うじてある。しかし虫の息だ。何かどうなったのかわからないが、全ての力を出し切る勢いで私は赤子に手を翳した。光の粒が溢れ、赤子を包み込んでいく。それと同時に身体から全ての力が抜けていくような感じがした。
「ふぇっ……」
赤子が声を上げた。元気な鳴き声が室内に響く。
テオが赤子を抱き上げ、私は赤子の声を聞きながら眠りについた。
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