男ですが聖女になりました

白井由貴

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補足:回想

過去:イザベル①*

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《10/29の18:00に投稿したものと同じです》


※ディアンス帝国建国前のお話です。
※この話を読まなくても本編には何の影響もありません。
※本編の雰囲気を壊したくない方は読まない方がいいかもしれません。
※過去のお話なので暗いです。ご注意ください。





 それは今から三百年以上も前の記憶。
 私とルロワ、そしてテオフィルは幼馴染で友人だった。

 私達が生まれるずっと前から、この国は戦争を続けている。領土を広げるために国同士での争いは続き、徐々にこの国だけではなくて周辺の国々も疲弊し、私達国民もすでに疲れ果てていた。

 この国の皇族であるルロワは十六の時には既に戦場に出ており、怪我をして帰ってくることも多く、一貴族の私や皇族と共に国を支えている教皇の息子であるテオフィルはずっと彼のことを心配する毎日だった。

「やあ、イザベル。こんな夜遅くに訪ねてすまない。少し……話があるんだ」

 いつもは輝かしい程に美しいシルバーアッシュの髪は燻み、肌同様に所々に乾いた血液や泥が付いている。それは彼が戦場帰りに私を訪ねたことが窺える様相で、私は急いで侍女達に風呂を沸かすように指示をした。

「別に湯浴みは……」
「その格好、戦場帰りなんだろ?綺麗さっぱりになったらいくらでも話を聞いてやるから……ほら、こっちだ」

 渋るルロワの手を引っ張って半ば強引に風呂場へと連れていく。ルロワの湯浴み中は侍女と共に風呂場の外で待っておこうと思ったのに、今度は彼が強引に私の腕を取ってその場に引き止めさせた。
 動揺する私に、ルロワは「別になのだから気にするな」と言ってさっさと血や土に塗れた服を全て脱ぎ払っていく。確かに私達はだ。だが私にとってはそれだけではない。

 ルロワは私の初恋だった。今でも彼の事を好いている。第二性がわかるずっと前から、私はルロワのことを愛していた。

「……ほら、イザベルも一緒に入れ」
「いや、私は……」
「俺だけの為というのも勿体無いからな……一緒に入ってくれると嬉しいのだが……駄目か?」
「だ、駄目じゃ……ない、けど……」

 段々と尻すぼみになっていく私をルロワは優しげな相貌で見つめてくる。心臓がどきどきしている。好きな人の裸を目の前にして恥ずかしいのもあるが、それ以上にこの蕩けるようなミルキーブロンドの瞳に見つめられると嬉しくて胸が高鳴るのだ。

 私は渋々頷き、同じように服を全て脱ぎ去る。ルロワは裸になった私の身体を頭の先から足の先までじっくりと眺めた後、満足そうに頷いた。

 ルロワの頭や背中を洗ってやり、湯船へと浸からせる。私も掛け湯をした後に広い湯船に体を浸すと、その温かさにふうと吐息がこぼれた。
 水魔法で溜めた水に熱魔法で温めてお湯を沸かしたこの風呂は、少しの時間であれば冷める事はない。魔法とは便利だなあなんて思っていると、背後に熱を感じてぴくりと身体が跳ねた。

「なっ……なに?」
「……イザベル」

 驚きで声が上擦った。胸や腹に回されたルロワの腕に力が込められ、肌と肌が密着する感覚に心臓が煩いほどに高鳴る。耳に息が掛かるほどの距離で名前を呼ばれ、下腹部がずくんと疼いた。

「ちょ、ルロワ……!」

 あらぬ所に熱が集まっていくのがわかり、慌ててルロワから離れようともがいていると、不意に今にも消えそうな声が耳に届き、私の動きがぴたりと止まる。
 なんて言ったのか聞こえなくて、もう一度言ってという意味を込めて彼の名前を呼びながら振り向こうとした時――唇に何かが触れた。
 
「好きだ……イザベル」

 熱の籠ったミルキーブロンドの瞳が私を射抜く。彼の美しい瞳には、目を見開いて驚く私の顔が映っていた。

(いま、なに、え、くち……?)

 突然のことに頭の中は混乱している。ぐちゃぐちゃだ。何かが触れた唇にそっと指先を触れると、そこはしっとりと濡れていた。

「イザベル……俺と恋人になってくれないか?」
「は……え……?」

 ああ顔が熱い。頭がぼんやりとする。
 彼は今何と言った?俺の名前を呼んで、それから……?

 脳内がぐちゃぐちゃになってルロワが何を言ったのか理解ができない。妄想、幻聴、夢……幾らでもこの現象を説明する言葉が思い浮かぶのに、体に籠る熱が、素肌同士が触れている感触と熱がそれを否定する。

 反応のない私に、聞こえていなかったのか?ともう一度彼は同じ事を告げた。心臓が痛い。

「こい、びと……?」

 辛うじて口から溢れでたのはそれだけだった。
 こいびと、恋人……それはその、そう言う意味なのだろうかと首を傾げると、ルロワはこくりと頷いた。

「好きだ、愛している。俺と恋人になって、それから婚約者になって――ゆくゆくは妻に、なって欲しい」
「つま……」
「ああ、イザベルの返事を聞かせて欲しいんだが……時間がいるならいつまでも……」
「っ、すき……私も、ルロワが……その、好き……っ」

 きっと今の私の顔は林檎のように真っ赤になっている事だろう。好きと言う言葉を紡ぐだけで精一杯だった私の口を、ルロワが優しく自身のそれで塞いだ。

 恋人になってくれるかというルロワの問いにこくこくと頷くと、ルロワが私の肩口に額を置いてはあぁ……と大きく息を吐き出した。

「よかったぁ……振られたらどうしようかと……」

 振るわけがない。ただルロワが私のことを好いてくれていると言う事実に驚きと戸惑い、そしてほんの僅かな罪悪感があっただけなのだ。

 ルロワを好いていたのは私だけではない。もう一人の幼馴染のテオフィルも彼のことを愛している。それに気がついていないのはルロワだけだろう。私のこの想いにも気が付いていなかったらしい彼にはきっとテオフィルの想いも届いてはいない。

 私だけが幸せになってもいいのだろうかと不安になりながらも、今だけはこうしてルロワの愛を独占していたいと言う欲が心を支配する。それに身体が反応したのだろうか、私の体徐々に熱を帯びていった。

「はぁ……っ、はあ」

 息が上がり、頭がぼんやりとする。のぼせたのだろうかと思い、早く上がろうとルロワを見れば、彼は何かに耐えるように眉間に皺を寄せていた。大丈夫かと声を掛けようと口を開くと、ルロワの顔が近づき、唇が重なった。

 さっきまでの触れるだけのキスとは違う、貪るようなそれに私の頭は疑問符でいっぱいだった。初めてのことで息継ぎの仕方がわからない。口内をまさぐるルロワの熱い舌が上顎を掠めた瞬間、腰が揺れた。
 見なくてもわかる、私のモノは既に勃っていた。

「んむっ……ふ、ぅあ……っ」
「ッ……な、なんだこの甘い香り……っ」

 ――甘い、香り?
 ルロワが息を詰めながら呟いた言葉に、内心首を傾げる。甘い香りなんてしていない、するのはとても抗い難い強い――そこまで考えて、熱に蕩けた脳はある答えを叩き出した。

 以前本で読んだことがある。オメガには発情期ヒートと言うものがあり、そしてそれは十代半ば以降に訪れるのだということ。オメガの発情期には誘惑効果のあるフェロモンが分泌され、それを嗅いだアルファは発情期ラットを誘発されることがあるのだということ。

 もしかして、いやもしかしなくともこれは初めての発情期ヒートなのではないだろうか。そして今まさにアルファであるルロワの発情期ラットを誘発してしまったのではないか。

 唇が離れると同時に、ルロワは自分の腕に噛みついた。犬歯が腕の柔い肌に食い込み、ぷつりと裂けて玉のような血が滲み出ている。

「ルロワ!ちょ、血が……っ」
「ふ……うぅっ……」
「ごめ、わた……ヒートに……っ!」

 頭も身体も早く性交をしたいという欲に満たされているのに、ルロワの赤い血を見ると一気に心臓が嫌な音を立て始めた。
 これ以上見ていられなくてやめてくれという願いを込めて真正面からルロワに抱きつくと、驚いたルロワが腕から口を離して私を抱きしめてくれた。私はルロワの傷がこれ以上酷くなることがないように祈りながら、彼の歯形がくっきりとついた真っ赤な腕に触れる。

 その瞬間ルロワの腕が淡く光り始め、みるみるうちに傷が塞がっていったのである。

 熱に蕩ける頭でも何かがおかしいことがわかったが、血が見えないことにホッとした瞬間、今まで以上に強い欲求が体を満たした。

「るろ、わ……」

 お湯が当たるだけでも感じ、身体がぴくぴくと震える。ルロワが欲しい、ルロワでなかをいっぱいにして欲しい……恋人になってまだ数分だというのに、私の本能はルロワを求めていた。

「イザベル……髪が……」
「るろわ……おねがい……だいて、くれ……っ」

 ルロワが何かを言いかけたが、その言葉を飲み込むように私はルロワに強引な口付けをした。

 
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