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本編
40話*
しおりを挟むゆさゆさと揺さぶられる感覚に意識が浮上する。臀部に当たる衝撃に俺の口からは言葉にならない嬌声が上がった。
「ひあぁッ……あ、あッ」
「んく……出る、うっ」
「ふあ……ぁ、ああッ!」
胎内に広がる熱い感覚に、そう言えばリアムと行為中だったことを思い出した。気づかないうちに身体もベッドも、俺とリアムの精液に塗れている。
(そうか……意識が飛んだのか)
どうやら俺の意識は少しの間途切れていたようだ。卑猥な水音を立てながら俺の中からリアムが出ていき、ぽっかりと開いた後孔からはぽとりとリアムの精液が溢れていく。ぷっくりと膨れた下っ腹をさすさすと撫でると、なんだかとても幸せな気分になった。
正式にリアムの婚約者にはなったが、まだ結婚はしていない。クロヴィス殿下より先に結婚してもいいものなのかと俺たちは気にしているが、当の本人である殿下は「私のことは気にせず早く結婚してくれ」とリアムに言っているそうだ。
子作りは結婚してからだとリアムは言うが、避妊用ピルを飲んでいるとは言え、こうも毎回中出しをしていればいつか出来てしまいそうな気がして冷や冷やする。かと言って行為をしないという選択肢は、今の俺には選べそうにないので、やはり避妊具をつけてもらわなければなと思った。
「……りあむ、まだけっこん……んっ」
「……ああ、わかっている。だが今ラウルが妊娠することはほぼないから安心してくれ。これも治療の一環だ」
「ちりょう……?」
軽く口づけを交わした後、リアムは俺の身体を清めながらそう言った。
今の俺の体内には、強制的に変換された聖属性の魔力と元々の水属性の魔力が混じり合った状態で存在している。現在水属性の魔力は生命活動をするぎりぎりの量しか残っていないため、生殖機能――つまり妊娠機能がかなり弱まっているのだそうだ。だから射精した時に出る精液の量が少なかったのかと一人納得する。
だがそれとこの大量の中出しと何か関係があるのだろうかと思った時、ふと大聖堂にいた頃に聞いた話を思い出した。
それはがりがりに痩せ細っていた頃、ドミニクが言っていたっけ。唾液や精液などの体液には少なからず魔力が含まれていて、身体が生命の危機を感じると無意識にその魔力を吸収するのだと。
恐らくこの一年、毎日キスをして週に一回は必ず身体を繋げていたのには、俺に少ないながらも魔力を与えていくためだったのだろう。
「ほら、一年前よりも魔力が少しずつ増えていっているだろう?」
「……ほんとだ」
増えている量が微量過ぎて全く気がついていなかったが、確かに俺の魔力は回復していた。聖属性の魔力とは違って元々持っている水属性の魔力は回復することが可能だ。だが強制変換を余儀なくされた俺の魔力は少し変質し、ポーションや自動回復では回復がほとんどできなくなってしまっていた。そのためリアムはこうやって、リアムという外的要因によって回復させようと試みていたのだそうだ。
気が付かないうちにリアムに命を助けてもらっていた事実に、涙が溢れる。感謝の気持ちは勿論、俺の命を慮ってくれたリアムの気持ちが何より嬉しい。
「結婚の時期は決まってないが、恐らく一年か二年後には妊娠できる身体になっていると思う。……あの頃に比べたら大分肉もついてきたようだしな」
消えていた味覚が戻り始めたのが三ヶ月ほど前。それまでは殆ど味がしなかったがためにあまり食事という食事が取れていなかったが、味覚が薄らと戻ってからは食べる量は目に見えて増えていった。それでも相変わらず一人では食べられず、忙しい時間を縫ってリアムが一緒に食べてくれている。
ご飯を食べられるようになってきてからは徐々に体重も増えていき、今では少し肉もついてきた。とはいってもまだまだ細いことには変わらないらしいが、骨と皮しかなかった体の面影はもう殆どない。
「そうだね……ありがとう」
「俺は、ラウルが元気ならそれでいい。それにこれは俺がしたいからしているんだ。ラウルとこうして体を繋げることが幸せだからしている。……だからそんな顔しないでくれ」
そう言ったリアムは俺の頭を優しく撫で、ゆっくりと背後から俺を包み込むように抱きしめた。
大量に中に出された精液がある程度出されたお陰で、ぽっこりとしていた下っ腹は元の薄い状態に戻っていた。それに少し寂しいと思いながら腹部を手のひらで摩っていると、リアムがその手に手を重ねた。
「早く結婚したいな……」
ぽつりと耳元で聞こえた言葉に、ぽわぽわと胸が温かくなる。いずれは一緒になることが決まっている婚約者だが、俺もリアムと同じで早く結婚して一緒になりたかった。
「……兄様も、早く婚約すればいいのに」
「そう、だね」
俺たちはそう言いながら、クロヴィス殿下とルネさんに思いを馳せた。
――二年後。
クロヴィス殿下は正式に皇太子となり、奇跡的に目を覚ましたルネさんと婚約後、結婚した。それに続くように二十歳を迎えたリアムも俺との結婚の日程が決まり、俺たちは忙しいながらも幸せな生活を送っている。
目を覚ましたルネさんはやはり心が壊れていたようだったが、クロヴィス殿下の献身的なサポートのお陰で少しずつ心を治していっているようだ。本来であれば完全に壊れた心は治らないそうなのだな、イザベルの魔力残滓が作り出した人格が外に出ていた間に何かが作用して僅かに修復されたのだろうとのことだった。
正直、難しい話は俺にはわからないので、全てリアムから聞いたことだ。
心は完全に治ってはいなくとも二人は再び惹かれ合い、恋に落ちた。そもそもクロヴィス殿下はルネさんのことをずっと想っていたので、婚約の話が白紙になった時点でルネさんを婚約者にする根回しをしていたというのには驚いたが。
そんなこんなでとんとん拍子に進んだ二人は昨年末に結婚を果たした。
「もうすぐ結婚式だねぇ。ああ、すごく楽しみ!」
「そうですね……でも本当に俺なんかがリアムの伴侶になっていいんですかね?」
向かいに座るルネさんは夢見る少女のように手を合わせながら、にこにこと本当に楽しそうに言った。対する俺は日に日に大きくなっていく不安に押し潰されそうになっている。
もうすぐ結婚する人間の顔ではないと自分でも思うが、どうしてかこの頃は溜息ばかりが出て気分が落ち込んでいる。今もまた大きな溜息を吐いてしまい、俺はテーブルに突っ伏した。
「寧ろリアムくんの伴侶はラウルしかいないと思うよ?」
あの溺愛っぷりは見ていて砂糖を吐きそうだよ、とくすくす笑うルネさんは、やっぱり三年前に話したあのルネさんとは全く違う。寂しいと思う一方で、毎日幸せそうな二人に主人格のルネさんが戻ってきて良かったと心の底から思うのだ。
「でも……俺、リアム以外の人に沢山抱かれたし……俺はルネさんやカミーユさんみたいに綺麗じゃないし……リアムとは釣り合わないんじゃないかって、不安で」
「まあ、ラウルの言いたいことはわからないでもないよ。僕だって同じだし。けれど顔に関しては、ラウルは自分の顔面がどういうものなのかしっかりと理解した方がいいと思う」
「え……毎日鏡見てるんだけど……」
毎日朝起きてすぐに鏡を見ているし、身支度を整えた後もしっかりと見ているはずなんだがと言えば、ルネさんはそれはもう大きな溜息をこぼした。
「鏡見ても理解できてなかったら意味はないと思うんだよね。……あとさ、その不安をリアムくんに言った?」
その言葉にふるふると頭を横に振る。
言えるわけがない。俺がリアムに釣り合っているかどうかなんて、本人に言えるわけがないじゃないか。ただでさえ多い仕事量に加えて結婚式の準備もしている多忙を極めるリアムに、そんな悩みを打ち明けることは憚られた。
「ルネさんは……殿下と結婚する時どうでしたか?」
「僕?……僕の場合はまず好きだな、一緒にいたいなって恋に落ちた時にはもう外堀埋められていて悩む暇もなかったというか……とんとん拍子に進み過ぎて、あれ?僕早まった?って思ったけど」
苦笑まじりにそう話すルネさんは、でも、と続ける。
「でもね、こうして結婚してからは毎日が幸せで……クロヴィスが与えてくれる全てが嬉しくて、ああ結婚して良かったって思うよ」
そう言ってルネさんは慈愛に溢れた柔らかな笑みを浮かべた。その表情はとても幸せそうで、見ているこちらまで幸せになる。
大聖堂にいた頃は聖女と呼ばれていた俺達が今こうしていられるのは、リアムやクロヴィス殿下といった直系皇族のお陰だ。何不自由ない生活、体を無理やり暴かれることのない平和な日常――ずっとそれらを望んでいたはずなのに、今ではその幸せが夢なのではないかと考えるようになっていた。
リアムとは俺の魔力回復のために週に一度は体を重ねている。無理矢理などではなくお互いが好き合って求めているはずなんだが、たまに俺が淫乱だから、オメガだから無意識に誘惑してしまっているのではという不安がいつまでも付き纏っていた。
「……やっぱり言わないといけない、ですかね」
「絶対ではないよ。ただ言って話し合ったら解決できる問題だとも思う」
「……関係性が壊れることは……」
「万に一つもないと思うけど……まあこれは僕がいくら言っても仕方がないことだし、よく考えてごらん?」
これから勉強だというルネさんの部屋を出た俺は、王城内の自室のベッドに仰向けで寝転んでいた。
俺は今年で十九になった。
お酒はまだ飲めないが、もう成人だ。結婚も出来る。なのに心はずっと大聖堂に連れてこられた十六歳の頃のまま止まっているのかもしれない。
ルネさんはリアムに打ち明けてみろと言っていたけど、正直打ち明けた所で事態が悪化しそうな気がしないでもないのだ。
はあ、と息を吐き出しながら煌びやかな天井を見上げていると、不意に扉がノックされた。どうぞと声を上げると、入ってきたのは今まさに考えていた人物――リアムだった。
「ラウル、調子はどうだ?」
「うん、大丈夫だよ」
うっかり眠ってしまったのだろうかと起き上がって時計を見ると、まだルネさんの部屋から帰ってきてからそんなに経っていなかった。今の時間は執務中では?と首を傾げる俺に、リアムは「ラウルに会いたかったから抜け出してきた」とにこやかに答える。
「えっ?!は、早く戻らないと……うあっ」
「その前に、だ。何か俺に言いたいんじゃないか?」
「……っ!」
リアムが俺に近づいてきたかと思えば、とんと肩を押されてベッドに押し倒された。顔の両側にリアムの手が置かれ、綺麗なミルキーブロンドの瞳が真っ直ぐに俺を見下ろしている。その蕩けるように甘い色に籠った熱に心臓がどくどくと音を立てるが、その中に秘められた鋭さに気がついた時、身体がぴくりと跳ねた。
言いたいことがあるなんで俺は言っていない。
さっきまで話していたルネさんがリアムに言ったのだろうかと考えるが、すぐにそれはあり得ないと頭が否定した。
現在ルネさんはいずれは皇帝となるクロヴィス殿下を支える為の勉強をしている。それは教師となるものとルネさん以外は部屋に立ち入ることも出来ないため、さっき話した内容をルネさんがリアムに伝えることは物理的にも無理なのだ。
そうなると、どうしてリアムは俺が言いたいことがあると思ったのだろうか。
「ずっと何か言いたげな表情をしていたからな」
疑問が口に出ていたようで、リアムはそう言った。
最近はあまり時間も取れなかったから話もできてなかったから、そう言いながらリアムは眦を下げて困ったように笑う。
「……ほら、話してごらん?」
ちゅっと額にキスが降ってくる。右瞼、左瞼、鼻、頬……と次々にキスの雨が降り、最後は唇という所でリアムは動きを止めた。
「話してくれたらご褒美をあげよう」
にこにことそれはもう楽しそうに微笑むリアムに、体の力が抜けていく。
ふう、と息を吐き出して、俺はリアムを見上げた。
「……リアムは、本当に俺が伴侶でいいの?」
そう呟いた言葉は、少し震えていた。
リアムは俺の言葉にきょとんとしながらも、当たり前だと言う。そんなリアムに俺は、今日ルネさんに話したことを全て打ち明けてみることにした。
話終わると、俺はリアムに名前を呼ばれた。身体がぴくりと跳ね、思わず首をすくめる。
「そんなことか……ずっと深刻そうな顔で俺を見ていたからてっきり……はあぁ……よかったあ……」
「そ、そんなことかって……!これでも俺は悩んでたん……んむっ!」
「っ、……俺がラウル以外と結婚する、つまりラウルを離すことは万が一にもあり得ない。天地がひっくり返っても、だ。あと彼が言っていた顔面を理解しろだが……それは、単刀直入に言えば、ラウルの容姿は誰がどう見ても最高に可愛くて綺麗だと言うことだ」
眉間に皺を寄せながら早口に言うリアムは、言い終わるや否や俺の唇に自分のそれを重ねた。ふにと押し付けられた唇は柔らかい。
リアムは唇を離し、俺の耳元に口を寄せて「ラウルの容姿は誰よりも整っている」と囁いた。耳に吐息が掛かり、ぶるりと震える。しかし脳は疑問符で埋め尽くされていた。
「……俺が??」
「ああ、そうだ。……まさか、気づいてなかったのか?」
気がつくも何も、今まで自分の顔を整っていると思ったことがなかったので、ずっと平凡な顔立ちだと思っていた。だがリアムやルネさん達から見ればどうやら違うらしい。
目を瞬かせながら小首を傾げると、リアムがぐっと何かを詰まらせたような音を発した。
「だって……村にいた頃はそんなこと言われたことがなかったし……ずっと平凡な顔だと、思ってたし……」
「……まあ、自分の顔が整ってると思いながら鏡なんて見ないしな……あと、恐らくだけど今のラウルが何故そんな風に感情が不安定なのか、俺は知っていると思う」
それはなにかと問えば、リアムは口角を上げながらこう答えた。
――マリッジブルー、と。
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