男ですが聖女になりました

白井由貴

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本編

27話

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 教皇の間に着く頃には、全身を這い回るような不快感でまともに立つことが出来なくなっていた。全身をむずむずとした感覚が襲い、思考が塗りつぶされていく。

 俺を背負ったリアムが心配そうに声を掛けてくれるのに返事をすることもできず、ただ耐えるしかできない。自分に治癒魔法を掛けようにも、どうしてかうまく発動することができなくて魔力が体内に篭っていく。
 まるで熱のように、放出できなくなった魔力が体内でぐるぐると回り、体温を高めていく。全身の自由が効かず、朦朧とする意識の中、俺はリアムを呼んだ。

「ラウル……っ」
「リアム……あつい……」

 譫言のようにリアムと熱いを繰り返す俺をギュッと抱きしめたリアムは、縋るようにソフィア皇女殿下を見た。しかし皇女殿下は静かに首を横に振って、どうしようもないのだと悔しそうに言う。

 カミーユさんは大丈夫かと見れば、どこか辛そうな表情でアルマン殿下に支えられていた。

「私が、聖属性の魔力を流し込むので……該当の場所に、連れて行ってください」
「しかし、カミーユ……っ」
「こんな状態のラウルくんに、させる訳にはいかないでしょう?それに……何故か私はまだ、この程度で済んでいます。やるなら……今です」

 白くなるほどに握りしめられたアルマン殿下の拳に、カミーユさんがそっと手を重ねる。その柔らかな微笑みに何も言えなくなってしまったのか、彼はカミーユさんに肩を貸しながら問題の扉へと連れて行った。
 何かあった時のために、リアムに背負ってもらったままの俺も扉の近くへと連れて行ってもらう。リアムが動く度に振動で肌が擦れ、なんともいえないむず痒さに身体が震えた。

 部屋の台座の奥、どこからも死角になる場所にそれはあった。周りの壁と同化したような色の扉には、礼拝室の入り口の扉のような複雑な紋様が幾筋も描かれている。
 カミーユさんは扉に手を翳し、目を閉じた。指先から魔力が扉へと流れて行っているのか、徐々に紋様に光が走り始める。しかし、光は鍵へと向かう途中で消えてしまった。

「これは……」
「……どうやら、一人分では開かないようですね」

 その言葉にリアムは俺の腕をぎゅっと握りしめる。まるで俺を引き留めるように、強く。リアムの背中からぼんやりとカミーユさん達の様子を眺めていると、何処からか声が聞こえてきた。
 初めは何を話しているのか聞こえなかったが、その声は段々と近づいて来るように大きくなってきている。

『ここから出して』

 脳に直接話しかけられたかのような声に、体がびくりと跳ねた。女性と男性の声が複数重なったような声で、性別が判別できそうにない。しかし言葉ははっきりと脳内で再生された。

 ここ、というのはもしかして目の前にある扉のことだろうか。頭の中でそう問うが、返事はない。

『出して、ここから出して』

 くわんくわんと頭の中で反響する声に顔を顰めながら、わかったからと心の中で返す。リアムの背中を軽く叩いて降ろしてもらえるように頼むが、リアム眉を顰めて拒否した。

「駄目だ。何があるかわからないのだから、ラウルは俺の背中にいてくれ」
「……おねがい、リアム」
「……駄目だ。俺はラウルが大事だから、今ここで離すわけにはいかない」

 苦しそうな声色に何も言えなくなる。
 何度もリアムの前で意識をなくしたことで、もしかするとまた俺が意識を失うのではないかと恐れているのかもしれない。それか、クロヴィス殿下から聞いた聖女だった母親の最期を思い出しているのだろうか。もし次に意識を失ったとして目が覚めるとは限らない、そんな恐怖もあるのかもしれないと思った。

 頭の中に響く声は段々と大きくなっていく。何重にも重なった声の層が、頭の中をぐちゃぐちゃにしていくようで吐き気がする。この声をどうにかしたくて、お願い、あの扉に触れさせてとリアムに懇願すると、必死な俺に何かを感じ取ったのか泣きそうな表情をしながらも扉に近づいてくれた。

『はやくここからだして』

 わかった、わかったから。
 今扉に触れるから少し黙っていてほしい。

 カミーユさんが触れている扉に震える手を伸ばす。さらりとした感触が指先に触れた瞬間、俺とカミーユさんが触れているところから光が溢れ、扉全体に光が走った。眩しいほどの輝きが扉から放たれ、キィ……と軋むような音を立てながら扉が内側に開いていく。それと同時に煩いほどに響いていた声は聞こえなくなり、身体が少し軽くなった。

 扉の奥にあったのは下へと続く階段だった。その場にいた全員が顔を見合わせる。クロヴィス殿下の指示の元、まずは数人の騎士が階段を降りていくことになり、続いて俺やリアム、カミーユさん達が、そして最後にまた数人の騎士が順番に降りていく。人一人が通れる程の横幅しかない階段を、緊迫した雰囲気の中進んでいった。

 十分ほど歩くと、少し開けた場所に出た。その奥には一つの扉があり、騎士の一人が手のひらに小さな火の玉を浮かび上がらせながら近付くと、そこもやはり似たような紋様が描かれている。前方にいた騎士達が順番に基本属性の魔力を込めるが反応はない。ここもやはり聖属性だろうかとカミーユさんが手を翳しても反応はなかった。
 もしかすると特殊属性だったら反応するのかと考えたクロヴィス殿下は、光属性を持つ騎士の一人に魔力を込めるように指示をした。騎士は指示通りに魔力を込めるが、何故か先ほどと同じように半分ほど光が走って消えてしまい、扉は開かない。俺を背負ったままのリアムも同じように手を触れて、二人同時に魔力を込めるも、結果は同じだった。

 それならばともう一つの特殊属性である闇属性を持つ騎士の一人が名乗りをあげ、扉に手を翳すと光属性の時同様に半分ほど光って消えた。

「……これはもしかして光属性と闇属性の魔力を同時にこめなければならない?」

 そう呟いたソフィア皇女殿下の言葉に、確か教皇は光属性と闇属性の持ち主だったなとふと思い出した。
 異なる特殊属性を持つ二人の騎士が同時に扉に手を翳して魔力を込めると、案の定扉は光り輝き、重厚な音を立てながら開いていく。そこにあったのは、三つの扉だった。

 また扉かとうんざりしているのは俺だけではないと思う。もうすぐ日が暮れる。どうにかその前に調査したいという思いもあってか、三つの扉を同時に調査することにしたようだ。

『こっち』

 また頭の中で声が聞こえた。しかしさっきまでとは違って声が重なっているものではなくて少し高めの男性の声だけだった。俺はその声が聞こえてきたと思われる一番右側の扉を指さして、リアムにあの扉を開けてほしいと頼んだ。すると困惑しながらも、何も聞かずにリアムは右側の扉まで進んでくれた。

「クロヴィス兄様、ラウルがこの扉が気になるみたいなので俺はここを開けますね」
「ああ頼む。では私とソフィアはこの真ん中を、アルマン達は左側の扉を頼むよ」

 ここに来ている騎士の数は全部で8名。それぞれの扉に二人ずつ入るように分かれ、残りの二名はここで見張りをしてもらうようになったようだ。扉には鍵の代わりに光と闇の複合属性魔法によるバリアがはられていたため、ソフィア皇女殿下特製の魔道具を使い、魔力量の多いリアムが力尽くで解除した。
 全ての扉からバリアが解除されたことを確認し、クロヴィス殿下の掛け声と共に同時に扉を開くと、リアムが息を呑む気配が伝わってきた。
 
「……これは……どういうことだ」

 リアムが呆然と呟く様子が気になって、俺はリアムの肩口から顔を覗かせた。身体はまだ少し辛かったが、それよりも先程頭に響いていた声が気になったのだ。室内は暗く、何があるのかはっきりはわからないが、所々に白いものがあることだけはわかる。
 騎士の一人が火属性魔法を使って辺りを照らしてくれたおかげで、なんとかその周囲を把握することが出来た。

 そこにいたのは、何人もの白いローブを着たホワイトブロンドの髪の男女――つまり、聖女だった。

 
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