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本編
26話
しおりを挟む俺とリアムは再び礼拝堂近くの一室にいた。
俺を見るなりカミーユさんはとても綺麗に微笑み、自分の近くに寄るようにと手招きをする。するとその隣に座っていたアルマン殿下は立ち上がり、カミーユさんの後ろに移動した。
「ラウルくん、ここに座ってください」
「え……あ、はい」
ここ、と言いながら直前までアルマン殿下が座っていた椅子を指し示すカミーユさんに戸惑いながらも、アルマン殿下をちらと確認してから腰を下ろした。俺と視線がかち合ったアルマン殿下は無言でこくりと頷き、俺が座ってからも満足そうにもう一つ頷いたのでどうやらあっていたようだ。
俺がカミーユさんの隣に座ったことを確認したソフィア皇女殿下は、カミーユさんと俺の目の前に用意した椅子にリアムを座らせ、そうしてリアムの肩を叩いた。
「よろしくお願いしますね」
「はい、では失礼します」
お互いに頭を下げ、リアムがカミーユさんの首元についている金属の輪っかに触れた。指先だけが軽く触れる程度だったが、少し胸がざわつく。
リアムはゆっくりと目を閉じた。指先がふんわりとした光を纏っていき、それはやがて首輪全体を包み込んでいく。魔力の光が徐々に大きくなり、あまりの眩しさに思わず目を閉じた時、パキンッという音と共に首輪が外れた。
カミーユさんの身体がふらりと揺れ、後ろに控えていたアルマン殿下が咄嗟に手を伸ばしてその身体を抱き留めた。カミーユさんはアルマン殿下の腕の中で顔を上げて、眉尻を下げて微笑んだ。
「取れましたね。ありがとうございます」
「俺からも、礼を言う。ありがとう、リアム」
「いえ、俺の方こそ取れてよかったです」
カミーユさんがリアムに感謝の意を述べた後、アルマン殿下もリアムを真っ直ぐに見つめて頭を下げた。二人はお互いを幸せそうに見つめ合い、それぞれがリアムへの感謝を伝えている。
リアムはソフィア皇女殿下が手渡した魔力回復用ポーションを喉を鳴らしながら飲み干し、椅子の背もたれに背中を預けた。
「何か違いはあった?」
リアムの背後からそう聞いたソフィア皇女殿下に、リアムは眉を顰めながらこくりと頷いた。どうやら俺とカミーユさんの首輪には何か違いがあったらしい。
リアムの顔は少し険しい。ふと俺の方を見たリアムと目があってどきりとした。
「……ラウルの方が、強く拘束されているような……感じだった。魔力量もラウルの時よりも半分くらいで解除できたし、なんというか……」
「ラウルくんの方が執着されている感じがした?」
言いにくそうに言葉を詰まらせながら紡ぐリアムに、ソフィア皇女殿下はそう言った。執着とはどういう意味なのだろうか。リアムは少し逡巡し、眉間に皺を寄せて頷いた。
俺と繋がったことによってリアムの光の魔力量は上がっており、その後魔力回復用ポーションを服用しながら聖女全員の金属の輪を外すことができた。みんな自由だと喜んでいたが、リアムとソフィア皇女殿下だけは険しい顔つきのままだ。
再び礼拝室近くの部屋に戻ってきた俺たちを待っていたのは数人の騎士だった。騎士達はクロヴィス殿下に駆け寄り、慌てた様子で何かを伝えている。少し離れているため話の内容は聞き取れないが、あまりよくない話だということだけはクロヴィス殿下の表情から読み取ることができた。
騎士達は話し終えるとすぐに部屋を出ていき、残された俺たちの間には沈黙が訪れる。それを破ったのは、ソフィア皇女殿下だった。
「クロヴィス兄様、どうかなさいましたか?」
真剣な表情でクロヴィス殿下を見つめるソフィア皇女殿下。そんな彼女にちらりと視線を移したかと思えば、すぐにそれは外れて俺とカミーユさんに移動した。俺たちはお互いに顔を見合わせ、何かあったのだろうかと首を傾げる。するとクロヴィス殿下は顔を顰めたまま俺たちの前まで歩いてきて、徐に頭を下げた。
「ク、クロヴィス殿下?!」
「失礼を承知で二人に頼みたい。私達と一緒に教皇の間に来て欲しい、頼む」
「……教皇の間?」
教皇の間は、クソ教皇とリアム達がやり合った場所だと聞いている。俺の記憶が正しければ、教皇の間は戦闘の影響でぼろぼろになっているのではなかっただろうか。リアムが開放感溢れる感じになっていると苦笑まじりに言っていたのを思い出し、頭を右に傾けた。
それはカミーユさんも同じだったようで、俺が思っていたことを簡潔にクロヴィス殿下に伝えてくれる。するとクロヴィス殿下は困ったような表情で頬を掻いた。
「まあそうなんだが……どうしても行かなければならなくなってしまってね。そもそも君たち聖女がいないと入れない場所だそうで……協力してくれないだろうか?」
俺たち聖女でないと入れない場所が、主に教皇がいる場所にあるというのは少し気になる。カミーユさんも同じ意見のようで、俺たちは揃って了承をした。
しかしそれに反対をしたのはやはりというか、アルマン殿下とリアムだった。二人にとってはあまりいい思い出のない場所であり、危険と見做している場所である。そんなところに俺たちが行くのを良しとはしないだろう。
これはクロヴィス殿下も承知の上だったようで、この場にいる全員が来てくれれば寧ろ助かるといった風に苦笑した。俺たちも、気になるので行ってみたいとアルマン殿下とリアムにそれぞれ伝えると、二人は少し考えた後に渋々頷いた。
「危険だと判断したらすぐに逃げるんだぞ」
「治癒魔法を使わなくてもいいようにポーションをいっぱい持っていこう!」
二人はそう言いながら部屋の外で待機していた侍従達にポーションを大量に持ってくるように告げていた。
「それにしても聖女がいないと入れない部屋というのはどういうことなのでしょうか?」
「聖属性の魔力が必要、とかなんですかね?それなら納得は出来ますが、それが何故教皇の間と呼ばれるところにあるのかがわからないですね……」
「私も詳しいことはわからない。ただ騎士達が言うには、魔力を込めると開く仕掛けを施された扉があって、全ての属性を試したが一向に開く気配がなかったということだ。彼らが試せる魔力は一般的な6属性のみ。つまり聖属性以外は反応を示さなかったようだ」
クロヴィス殿下の話を聞いていた俺は、この大聖堂に来てすぐの頃にドミニクに教えてもらった事を思い出していた。
確かこの世界に存在している魔力属性は全部で11種類あると言っていたっけ。基本属性である火、風、水、土、特殊属性である光と闇、そして特別な属性である聖属性の7属性の他に、複合属性である熱、湿、冷、乾の4属性があったはずだ。
基本属性と特殊属性の6属性で開けられなかったのであれば、俺たち聖女だけが持つ聖属性以外にも複合属性4つも開けられる可能性があるのではないだろうか。
俺がそう呟くと、クロヴィス殿下は眉尻を下げて静かに首を横に振った。
「報告に来た騎士達も最初は複合属性ならと考えて、騎士団内にいる複合属性持ちに声を掛けて試してみたらしいのだが……結果は惨敗だったようだ」
「そうだったんですね……」
既に複合属性も試しているのであれば、残るは聖属性ただ一つ。しかし教皇の間にある聖属性を持つ聖女しか開けられない扉とは、本当に一体なんなのだろうか。
リアムの魔力が半分程回復した頃、俺達は連れ立って教皇の間がある塔の前に来ていた。見上げると首が痛くなるほどの高さに、今からこれを登るのかと思うとげんなりとしてしまう。リアムも同じことを思ったのか、笑顔が引き攣っていた。
意を決して塔の入り口に一歩踏み出すと、奇妙な感覚があった。全身の表面がざわざわするというか、俺の中の魔力がざわついているというか、兎に角変な感じだった。一歩踏み出した状態で動きを止めた俺を、俺の前にいたリアムが心配そうに見ている。俺はその奇妙な感覚に耐えるようにぐっと拳を握りしめて、塔の中に足を踏み入れた。
俺の後ろにいたカミーユさんとアルマン殿下が同じように塔の入り口に足をかけた瞬間、カミーユさんも一瞬動きを止めて首を傾げていたので、もしかすると俺と同じ感覚を覚えたのかもしれない。つまりは聖女にしかわからない感覚なのだろう。
階段を上がれば上がるほどにその奇妙な感覚は強くなっていく。初めは少し不快だと感じるくらいだったのが、進むごとに全身を何かが這っているかのようなむずむずとした感覚に変わっていき、そのあまりの不快感に思わず腕を強く擦った。
「ラウル?大丈夫か?すごい汗だな……少し休むか?」
「だ、大丈夫……ちょっと疲れただけ……っ!」
「っ、ラウル!!」
上を見上げた瞬間、全身が泡立つような強烈な不快感が襲い、体がぶるりと震えた。その衝撃に耐えるように自分の身体を強く抱きしめたのだが、僅かによろめいた足が運悪く階段を踏み外し、俺の身体は後ろに傾ぐ。驚き、焦りに満ちたリアムが手を伸ばす。俺も手を伸ばしはしたが、リアムの指先を掠っただけで掴むことはできなかった。
落ちる、そう思ってぎゅっと目を瞑ったと同時に誰かに腕を強く引かれ、体全体が何かにぶつかった。
「……っ、大丈夫かい?」
「……クロヴィス、殿下……?」
上から降ってきた優しい声音に恐る恐る目を開けると、そこにあったのは額に汗を浮かべたクロヴィス殿下だった。どうやらクロヴィス殿下が俺を引っ張り上げて助けてくれたらしい。
助かったのだと頭が理解すると、今度は先程の恐怖を思い出して心臓がどくどくと脈打つ。胸を押さえながら呼吸を乱す俺を落ち着かせるように、クロヴィス殿下はとんとんと優しく背中を撫でてくれた。
「ラウル!大丈夫か?クロヴィス兄様も、お怪我を……!」
「私は大丈夫だよ。それよりリアム、ラウルくんを」
「は、はい!」
クロヴィス殿下はリアムにそう言うと、俺をリアムの腕の中へと移動させた。アルマン殿下がクロヴィス殿下に治癒ポーションを渡すのを視界に入れたと同時に、後ろからカミーユさんに声を掛けられる。
「ラウルくん、大丈夫ですか?」
「は、はい……すみません」
「本当に大丈夫なのか?汗もすごいし……無理そうならここで」
「いえ、それはやめておいたほうがいいかと」
俺の汗を拭いながら休息の提案をしようとしたリアムの言葉に重ねるようにして、カミーユさんが否定した。眉間に皺を寄せながらカミーユさんを睨むように見るリアムに、俺もそう思うと呟いた。
訳がわからないといった風に俺を見るリアムに、なんと言って説明をすればいいのかわからないが、兎に角今ここでずっと止まっているのは悪手のような気がするのだ。ちらとカミーユさんを見れば、困ったような笑顔でこくりと頷いていた。
「どう説明すればいいのかわからないけれど……今ここで止まらない方がいいと思う。この塔に入った瞬間から、何だか変な感じがするんだ」
「ええ、私もです。他の皆さんは特に何かを感じた風ではなかったので、恐らくは私とラウルくんだけが感じ取っているものだと推測されます」
「……つまり聖女だから、ということか」
リアムのその言葉に、俺達は同時に肯定した。
全身を這うような感覚は未だ続いている。気持ちが悪い。けれど今はどうしようもないそれをつべこべ言っている暇はないような気がする。
聖女になってから今まで、これに似た感覚を味わったことがあるような気がするのだが全く思い出せない。記憶が抜け落ちているような、そんな気持ちの悪さを振り払うように頭を振った。
「そういえばリアム、あんたの魔力はどうなの?」
「大体4分の3といったところだな。この階段を登り切る頃には回復できるだろうな」
「……そう、ならいいの」
俺たちよりも後ろにいたソフィア皇女殿下はどこか遠くを見つめながらそう答えた。その表情は険しく、何かを危惧しているようなそんな感じだった。
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