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補足:回想
回想:カートル大司教(本編16話時点)
しおりを挟む※本編16話時点でのカートルの回想です。
【Side:カートル大司教】
私には2歳上の姉がいた。
アルファの父とオメガの母との間に生まれた私達姉妹は幼い頃から虐げられていた。どこかの貴族だったアルファの父は既に妻も子もいるにも関わらず、オメガである母に手を出し、そして私達姉妹が生まれたのである。
「ごめんね、ごめんね……っ!」
母はいつもそう言って私達を抱きしめて泣いていた。母のせいではないというのに、どうしてこの人は泣いて謝っているのだろうとずっと思っていたが、今ならわかる。私達を虐げている人たちがいるここから逃げ出せなくてごめんなさいと謝っていたのだと。
母と父の出会いは最悪だったのだという。
初めてのヒートで動けなくなり、人気のない物陰に隠れてなんとか迎えが来るまで耐え忍んでいる時に、香りに誘われた父がやってきてその場で番にしたそうだ。気が付いた時には何もかもが終わっていて、事故番とはいえ番の解消は出来ないとわかり、絶望したのだという。それでも気丈に振る舞っていたある日、無情にもヒートがやってきた。
一度番になってしまえば、オメガは他の人間とは性行がしにくくなる。そのためヒートが来るたびに近くに番のアルファがいなければ、終わるまでずっと苦しみ続けなければならない。幸い父はヒートの度に母を会いに来たそうだが、毎回手酷く抱かれる所為で母はいつもボロボロだったそうだ。
何度目かのヒートの後、母は姉を妊娠した。父は母が妊娠したとわかるとすぐに自分の屋敷に閉じ込め、囲った。
母はとても美しい女性だったので、父の好みだったようだ。しかし正妻はそれを知るなり、母に強くあたった。
やがて姉が生まれ、そして二年後に私が生まれた時には母の立場はないにも等しくなっていた。私達姉妹を当然のように虐げる正妻とその息子、そして私達のことなんて全く興味のない父、全てが地獄だった。それでも母が生きていた頃はまだ私達は幸せだったのだと、今では思う。
私が5歳になった頃、母の身体は病魔に侵されていることがわかった。しかし私達が気づいた時には既に手遅れで、決して治る事のない病に手の施しようもなく、その翌年に帰らぬ人となってしまったのだ。
私達は泣いた。それはもうわんわんと泣いた。でもすぐに泣き止まなければならなかった。
「なんで私があの女の子供を育てなければならないのよ!」
「そこで這いつくばってな」
義母と義兄になった彼らの当たりは当然のように強くなった。私達は闇属性の魔力を持っていたけれど、髪の色が青に近かったために水属性だと思われていたようだ。水属性の魔力を持つのに一向に水属性魔法を使えない屑だと思われていたのだと知ったのは、とある事件が起こった時だった。
私達が大事にしていた母の形見である手鏡を、二人は取り上げて壊そうとしていた。私は憎き二人をどうしても許せなくて、憎悪に身を任せて闇属性魔法を放ってしまったのである。
手から生み出された黒い球体はまず義母に当たった。当たってすぐは苦しむようにもがいていたが、数分経つと立ったまま微動だにしなくなったのだ。それを見た義兄は驚きと恐怖で腰を抜かし、私達に暴言の限りを尽くしたので、同じように黒い球体を放った。それきり二人は人形のようにその場に立ち尽くしたままとなり、私は心の底から安堵したのを覚えている。
その日の夜には元に戻った二人だったが、それ以降、私の事を気持ち悪がるようになった。食事も満足に与えて貰えず、ああこのまま飢えて死ぬのかななんて考えていた時、大聖堂からの遣いという人が来たのだ。
知識も学も何もかもを与えられなかったせいか、大聖堂がなんなのかわからない。意識も朦朧とする中で警戒しようにもどうする事もできなかった私達は、諦めにも似た気持ちで大聖堂へ行くことに頷いた。
衣食住の全てが揃っていることがこんなにも幸せなことだと感じたのは、あの時が初めてだったかも知れない。
虐げられる事もなく、食事も当然のように与えられる。そんな夢のような空間があることに私と姉は驚いていた。
学とは言っても、大聖堂で必要な知識を詰め込むだけの毎日。ずっと同じ事の繰り返し。姉と一緒に学んで、ご飯を食べて、お喋りをして一緒に眠る。たったそれだけなのに、私の心はいつしか満たされていた。
拾ってくれた大聖堂の人達には感謝してもしきれない。
けれど私が8歳の時、その幸せは壊れ始めた。
――姉が、オメガだとわかったのだ。
私は姉の第二の性がなんであれ、大好きなままだったが、他の人達の目は明らかに変化していった。第二の性で決められる序列というのは学んだので知っていたが、まさかここまであからさまに差別されるものだとは思っていなくて、愕然とした。
そしてさらに、私が10歳になると私の第二の性が発覚した。私は、アルファだった。
姉はとても喜んでくれた。けれど私は嫌だった。だってあれだけ姉を蔑んでいた奴らが、手のひらを返したかのように私に媚を売ってくるのだから、どうしようもない。
私は姉以外とは誰とも関わることをやめた。それでもアルファに群がってくるやつは多い。私は、辟易していた。
私がアルファだと発覚してから二年が経ったある日、目が覚めると姉の髪がホワイトブロンドに変わっていた。それが聖女の証であることを私達はよく知っていたのに、この時には聖女の役目のことを何も知らなかった。
私達が『聖女』について教わっていたのは、たった三つのことだけ。
一つ目は、聖女には聖女になった瞬間に『聖女の証』が現れること。『聖女の証』とは、髪色がホワイトブロンドに変わることと聖属性の魔力が付与されること、そして聖属性魔法である治癒魔法と浄化魔法を使えるようになる事の三つを指している。
二つ目は、聖女が作成するポーションには五つの種類があり、その全てが上級ポーションとなること。
そして三つ目は、聖女と交わることで光属性や闇属性の魔力の量や質が上昇すること。
三つ目を学んだ時にはどうしてか母を思い出した。母は聖女ではなかったが、ヒートの時に父に襲われて番にされた。そしてヒートの度に父と体を重ねなければならなかった母のことを思うと、今でも胸が苦しくなる。その胸の痛みが、まるで母のような人がいる事を忘れるなとでもいうように、学んだ日から増していくような気がした。
姉は聖女としてもう一度大聖堂へと迎え入れられることになったが、私は不安だった。
姉を守る為には賢く、そして強くならなければならない。地位も名誉も、必要なものは全部手に入れる為に死に物狂いで頑張った。そして血の滲むような努力の結果、大司教にまで上り詰めることができたのである。しかしその時には既に三年が経っていた。
大司教になった日、私は聖女である姉を訪ねた。
そこで見た光景を私はこの先一生忘れることはできないだろう。
――姉は、壊れていた。
「久しぶり、お姉ちゃん。やっと会え――」
「あたらしいあるふぁさん?」
「……えっ?な、何言ってるの?私だよ?ソフィアだよ!」
「そふぃあ……?」
姉――リナはまるで幼い少女のような顔つきをして、不思議そうに私の本来の名前を口にしながら首を傾げた。あどけない表情なのにその仕草はとても妖艶で、背筋がぞっとする。
血の繋がった姉妹である為、お互いフェロモンの影響を受けないが、それでもこの部屋の異常な空気は私に吐き気を催させた。私は口と鼻を手で押さえながら、その場に蹲る。気持ちが悪い。『性』をこんなにも強く感じたことがなかったからか、余計に姉の纏う空気やこの部屋に漂う複数のフェロモンの臭いが辛かったのかもしれないが、兎に角気持ちが悪かった。
「だいじょうぶ?」
「……大丈夫です。もう、行きます……ごめん、なさい」
「……?」
私は震える足で立ち上がり、口元を手で覆いながら扉の前までなんとか辿り着く。取手に手をかけようとした手を一度止め、小さく謝罪を呟いて扉を開いた。
振り返ることはできなかった。いつも優しくて大好きだった姉が壊れてしまったのを見るのが辛かった。だからせめて、間に合わなくてごめんと謝罪をしたのかもしれない。
私がもっと良くできていれば、もっと早く大司教になっていれば姉は助かったかもしれないと自分を責め続けた。
しかしそんな時間も、すぐに終わりを告げた。姉が、魔力を使い切ってしまったのである。魔力を使い切り、昏睡状態に陥った姉の姿を私は見ることができず、数日後に聖女は代替わりした。代替わりをしたということは、そういうことである。私は、全てを諦めた。
数年が経ち、聖女ラウルが逃走したと聞いた時、正直ホッとした。いつもは鬱陶しいだけのこの白い無機質な仮面も、この時だけは付けていて良かったと思った。
そしてずっと諦めしかなかった心に芽生えたのは応援だった。逃げろ、逃げてくれと心の中で祈り続けた。しかしその祈りも虚しく彼は捕まってしまった。
逃走した彼を教育という名の拷問をするように命じられたのは、恐らく偶然ではない。指示をした人間はきっと私の心に勘付いていることだろう。
私は直接自分が手を下すことが怖くて、同僚であるシスとユイットに任せて逃げてしまった。ただ助けられないことへのせめてものお詫びに、洗浄用のポーションを差し入れた。そしてそのポーションには痛みを和らげる効果のある薬を溶かし入れておいた。
助けられなくてごめんなさい、せめて痛みだけはあまり感じないでいられますように。そう意味のない願いを込めて。
――私はいつまでも弱いままだ。
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