男ですが聖女になりました

白井由貴

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本編

9話

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 リアムと約束したあの日以降、俺達は週に一度会えることになった。

 リアムは俺の部屋を出てすぐに、俺を気に入ったので定期的に会いたいと伝えたらしい。最初は渋っていた大聖堂の人達も、さすがに皇族のお願いを無碍にすることは出来なかったようで、渋々だが頷いてくれたそうだ。

「使えるものは使わないと」

 そう言ったリアムの顔は晴れやかだった。

 俺はまだリアムとは身体を繋げていない。リアムの周囲の人々もわざわざ『聖女の奉仕』については教えなかったようで、行為に誘われることもなくお互い穏やかな時間を過ごしていた。

 リアムと会う以外の日は決まって朝から晩まで、酷い時だと夜中まで奉仕という名の性行為を強いられることもあって身体はぼろぼろだったけれど、それでもリアムと会えると思えば頑張れた。

「……はあ、また痩せた」

 ただ聖属性魔法を使う云々よりも性行為の方が体力も気力も使うのか、日に日に俺の身体はやつれていった。その上味覚がないものだから、ご飯すらもまともに食べられない日々が続き、体重は減る一方である。
 
 どうしても痩せ細った身体を見られたくなくて必死に厚着で隠しているが、それもいつまで保つかわからない。ポーションで回復をしたり、体内で魔力を巡らせることによって命を繋いでいるような感じだ。
 この間訪れたドミニク曰く、人の体液にも少なからず魔力は宿っているので、中に出された精液や口を合わせた時の唾液から多少の魔力は吸収できているのだとか。特に今は生命の危機だと本能が感じ、無意識のうちに魔力を吸収しているのだそうだ。

 今日はリアムが来てくれる大事な日なので、味のしないご飯を気力だけで飲み込んでいく。噛まずに飲めるものにしてもらったのが功を奏したのか、今回は吐かないでいられそうだ。

「こんばんは、ラウル」
「いらっしゃい、リアム」

 リアムが入ってきた瞬間何か違和感を感じた気がしたが、それが何かがわからずに首を傾げる。どうかしたかと聞かれたが俺にもよくわからないので、何もないと言うようにへらりと笑った。

 リアムはベッドに腰掛ける俺の隣に座り、いつものように他愛ない話をしていく。
 第一皇子はとても優しいこと、第二皇子は腕っぷしが強いため現在は地下迷宮に潜っていること、第一皇女がまたよくわからない魔道具を作り出してはリアムに押し付けてくることなど、たくさんの話をしてくれる。王城はもっと厳かで静かなところだと勝手に想像していたが、リアムの話を聞く限りではそうではないのかもしれない。

「地下迷宮の探索かあ……」
「ああ、いつかは俺も行ってみたいんだけど、まだまだ実力不足だと言われたよ」

 そう言ってリアムは眉尻を下げて笑う。
 それにしても、第二皇子は皇子でありながら地下迷宮を探索しているのかと驚いた。
 
 世界各国には13もの地下迷宮が存在し、その中の2つはディアンス帝国に存在している。ディアンス帝国の中でも一番有名なのは帝都に一番近いノイン地下迷宮だろうか。比較的新しいこの地下迷宮は現在調査隊が組まれて探索が行われていると聞いたことがある。
 因みにもう一つのフィーア地下迷宮は古くからあり、俺が生まれ育った村から程近い場所にあった。俺自身も入り口付近までは妹と行ったことがあったが、中に入った事はない。

 確か皇族が調査隊や探索チームを組んで地下迷宮に潜る際には、必ず聖女を一人同行させなければならない決まりがあったはずだ。そう言えばドミニクが難しい顔をしながら傷だらけになった聖女の話をしていたが、もしかして第二皇子と共に地下迷宮へと向かった聖女のことだったのだろうか。

「ねえリアム。もしリアムが将来地下迷宮に行く時は、俺を同行の聖女に……」
「だ、駄目だ!」
「えっ……」

 俺も聖女だし、リアムの力になれるかもしれないと思って言った言葉だったが、全力で拒否をされてしまった。まさか断られるとは思っていなくて内心かなりのショックを受けていると、リアムが慌てたように手を左右に振る。

「ち、違う!ラウルが嫌なんじゃなくて、地下迷宮なんて危険な場所に……行って欲しくない、だけなんだ」

 珍しく歯切れの悪いリアムの言葉は、尻窄みとなってだんだんと小さくなっていった。ラウルには怪我をして欲しくないんだと真剣な眼差しで告げられ、冷たくなっていたはずの心臓の辺りがぽわぽわと温かくなる。俺のことを思って言ってくれたんだと分かって嬉しいが、でもやっぱり一緒に行かせては貰えないのだという事実に胸がつきんと痛んだ。

 俺だって水属性の攻撃魔法は幾つか習得している。そんなに強い魔法は使えないけれど、ある程度の魔物や魔獣であれば倒すことも可能だ。
 そう告げると、申し訳なさそうにそうじゃないと言われてしまい、少し落ち込む。

「俺が、ラウルに傷ついて欲しくないだけなんだ。ラウルが大事だから、何かあって欲しくない……俺の我儘だよ」
「リアム……ん?」

 そう言って頬を掻くリアム。腕が持ち上がった時に手首まで隠れていたシャツの袖が少し下がり、手首より上の腕も見えた。ちらとそちらに目線を向けただけなので見間違いかもしれないが、今リアムの腕に傷のようなものがなかっただろうか。

 そう思った時やっとリアムがこの部屋に来た時から抱いていた違和感の正体に気付いた。リアムがこの部屋に来るときはいつも長袖の薄いシャツを肘辺りまで捲り上げているのに、今日は手首が隠れるくらいまで下ろしたままである。違和感に気づいた時にはリアムの腕を握っていた。腕を掴んだ瞬間リアムの顔が歪み、俺は慌ててシャツの袖を捲り上げた。

「……火傷?」

 そこにあったのは腕の半分が焼け爛れたような火傷の跡だった。褐色になっているそこは、目を背けたくなるほどに酷い有様だった。ぐっと腕に力を入れて隠そうとするリアムの腕を患部に触れないように掴み、キッと睨みつけた。

「なんで言わないんだよ?俺聖女なんだけど?こういうのを治すのが仕事なんだけど?」
「だ、だって痛みもないし……心配かけたくなかった」
「はあぁ……ちょっと待って」

 そう言って患部に手を触れないように手を翳し、治癒魔法の呪文を唱える。患部が淡く光り、キラキラと光る粒子が火傷を優しく包むように集まっていき、そして光が消える頃にはあれだけ酷かった火傷の跡が跡形もなく消え去っていた。

 聖女の力を初めて間近で見たのだろうリアムは、呆然と火傷の治った場所を見つめている。他に怪我はないかと聞くと、心ここに在らずといった感じで「ない」と小さな声で呟くように答えた。

「……で?どうしてあんな火傷を?」
「その……魔法をもっと上手く使えるようにと色々試してたら……当ててしまった」
「……は?」

 俺の耳がおかしくなったのかともう一度聞き返してみるが、全く同じ答えが小さな小さな声で返ってきた。
 確かにリアムの髪は少し赤みが掛かった銀色なので火属性かなとは思っていたが、まさかその自分の魔法で腕を焼いたとは思わなくて、思わず溜息が溢れる。

「やっぱりリアムが地下迷宮に行くなら俺を連れて行ってくれ。俺なら水属性だから何かあってもすぐに対処できる」
「そっか……ラウルは水属性だったんだな」
「……うん」

 嬉しそうに微笑まれて、思わず視線を逸らした。
 生まれ持った魔力属性を知られて少し恥ずかしくなる。ここでは何よりも聖属性の魔力だけが注目されて、誰がどんな魔力属性だなんて気にしない。だからだろうか、天性の魔力属性を知ってもらえるだけで、なんだか自分という存在を見てくれたようなそんな気持ちになるのは。

 この国では天性の魔力属性というものは、少なからず性格や考え方に左様するものだと考えられている。例えば火属性だと情に厚く激情家だったり、風属性は捉えどころがなかったり、土属性は包容力があったりという感じだ。俺の水属性は対極の位置にある火属性とよく似ているようで、普段は穏やかだがきっかけがあると心の中は激しく感情が渦巻く激情家だとか流されやすいとか言われている。
 勿論魔力属性だけで性格が決まるわけではない。あくまでもそのような傾向が強いというだけだ。

「確かにラウルは水属性という感じがするよ。穏やかでちょっと流されやすいところがあって素直で、あと綺麗だ」
「き……はっ?!」
「綺麗だよ」
「……っ!」

 するりと頬を撫でられ、びくりと身体が跳ねる。俺の反応に驚いたリアムはすぐに手を離して謝ってくれたけど、リアムが悪いわけではない。性行為以外で誰かからこんなふうに触れてもらえるなんて思わなくて、それにリアムの指が思っていたよりも優しくて温かかったから驚いただけなんだ。

 ただびっくりしただけだと答えると、リアムが良かったと言ってふわりと微笑む。俺の心が洗われていくような、まるでお日様みたいな温かな笑顔だった。

「火属性の俺と水属性のラウル、か」
「……?」
「あ、いや……対極に位置する魔力属性同士は相性が良いと聞いたことがあってね、少し嬉しくなったんだ」

 目を細めて笑うリアムに俺も頬が緩んだ。対極に位置する魔力属性同士は相性が悪いと思われがちだが、その実、相性は良いことが多い。これも絶対とは言い切れないが、属性相性は対極関係にあるものが一番良いとも言われているのだ。
 俺が生まれ育った村でも対極に位置する属性同士のおしどり夫婦が多かった。

「俺も嬉しいよ」

 そう伝えると、リアムは軽く目を見開いてぱちぱちと瞬きをした後、嬉しいという感情を全面に出すように笑った。

 その後もリアムと他愛ない話をしていると、突然リアムが何かを思い出したように立ち上がって、扉横のハンガーラックに掛けていた自分のローブから何かを取り出して戻ってきた。

 なんだろうかと思いながら手の中を覗こうと頭を傾けると、リアムがくすくすと笑いながら俺に手を出すように言う。俺が素直に手を出すと、その上に乗せられたのは可愛くラッピングされたクッキー。チョコチップクッキーやココア生地とプレーン生地が市松模様になったクッキーなど5種類のクッキーが2枚ずつ入っている。今まで食欲がわかなかったのに、そのクッキーを見た瞬間に久しぶりにお腹が鳴った。

「ふふ、一緒に食べようか」
「……うん」

 味覚がない今、俺はこれを食べることができるのだろうか。もしこれも味がしなかったらと思うと少し怖いが、ラッピングを解いてクッキーを取り出し、俺の方に向けて笑顔で差し出すリアムを見たら少し勇気が湧いた気がした。

 目を瞑り、リアムが差し出してくれたクッキーに齧りつく。サクッと音を立てて口の中に入ったクッキーは、ほんの少しだけ甘いような気がした。相変わらず味は殆どしないが、それでも少しだけでも感じられた甘みに涙が滲む。

 味のない世界が、ほんの少しの甘みで色を持ち始める。

「……ラウル?」
「おい、しいっ……おいしい……っ」

 口の中にクッキーが入ったまましゃくり上げて泣く俺にリアムはどうしたら良いのかとあたふたしていたが、ぐっと何かを決めたような表情をした後そっと俺の背中を撫でてくれた。背中からリアムの温かさが伝わってきて、余計に涙が溢れる。
 初めて会った時もそうだった。俺はこのリアムの温もりに安堵したのだ。

 大聖堂内の人達と身体を重ね続けている俺が言うのもおかしな話なのかもしれないが、俺のことを想いながら優しく触れてくれる人の温かさは本当に久しぶりで、俺は無意識にリアムに寄りかかっていた。

「ラ、ラウル……?」
「……リアムは、すごいなぁ」

 だってあれだけ何を食べても何も感じられなかったのに、ほんの少しとは言え甘味を感じることができた。その上、リアムの温もりは俺の壊れかけの心を癒してくれるのだから、本当にリアムはすごい。

 思っていることの全てを話すことはできないけれど、その分泣きながらリアムはすごいと言い続けた。ぽろぽろとこぼれ落ちていく涙は俺の服や手を濡らしていき、寄りかかったリアムの服をも濡らしていく。

「……ひっ、うぅ……っ」
 
 俺は汚いから綺麗なリアムに触っちゃいけないんだと言い聞かせていたが、どうか今だけは許してほしい。自分勝手で申し訳ないけれど、ちゃんと今が過ぎれば触れないようにするから、どうか今だけは。

 願うように目を閉じると、ふわりと優しい香りが鼻腔をくすぐった。その香りに惹かれるように僅かに顔を上げると柔らかな感触が唇に触れ、すぐに離れていく。俺が驚いて目を開けると、そこにあったのはまるで林檎のように赤らめたリアムの顔だった。

「リ……リアム?」
「……ごめん、ラウルがあまりにも可愛すぎて我慢ができなかった」

 口許を手で隠しながら顔を逸らし、早口で捲し立てるリアム。驚きで涙は止まっていた。

「ラウルの許可なく……その、キスをした。すまない」

 そう言われて初めてリアムとキスしたことを頭が理解したのか、ぶわりと全身が一気に熱を帯びた。
 リアムとのキスは初めて会った時から数えると二回目だが、やはりあの時と同じで心が温かくなるような感じがした。とくとくといつもよりも僅かに早くなった心臓の鼓動に、なんだか自分が幸せにでもなったような気分になる。

「その、抱きしめても良いか……?」

 沸騰でもしたように熱い頭では正常に思考が働くわけもない。思考が停止したようにぽかんと見上げる。するとリアムはほんのりと頬を紅潮させながらも真剣な表情でこちらに手を伸ばし、そっと抱きしめてきた。薄いけれどしっかりとした胸板に顔を埋めると、リアムの優しくて爽やかな香りが肺いっぱいに広がっていく。それがなんともいえず幸福で、もっとと言うように擦り寄った。

 急に俺を抱く腕に力が籠る。それにようやく我に返り、どうしたのかと顔を上げようとしたが、それより先に後頭部に手が触れた。

「ラウルが……ううん……ラウル、初めて会った時に俺が言ったこと覚えてるか?」

 上から降ってくるリアムの声が少し震えている。俺はどのことだろうかと思いながら曖昧に首を傾げた。

「俺が、ラウルに一目惚れしたって話」
「……うん、覚えてるよ」

 あの時は初恋もまだで、家族や友人への愛情以外の愛――つまり恋に対しての愛を知らず、リアムと同じ気持ちなのかどうかがわからなかった。今でも恋や愛がわからない。寧ろ捕まってからは今まで以上によくわからなくなってしまったように感じる。
 それは恐らく、好きという気持ちや愛がなくても性行為は出来るということを知ってしまったからかもしれない。特にヒート中は俺や相手の意思に関係なくフェロモンで無差別に誘惑し、本能のままに求めてしまう自分がいたことは紛れもない事実だ。
 
 ただ、こうしてリアムと一緒にいる時のように心が温かくなったことはただの一度もなかった。それが答えであるような気もしていたが、穢れ切った自分を思うとそれを伝える気はさらさらない。

「俺は今でも君のことが好きだよ、ラウル」
「……うん、ありがとう」

 その言葉を口に出すだけで精一杯だった。
 後頭部に添えられたリアムの手が髪をすくように頭を撫で、それがあまりにも優しい手つきだったから鼻の奥がツンとなる。優しいリアムの側にいて俺の心が弱くなってしまったのか、さっき涙が止まったばかりだというのにまだ涙が出そうになってしまう。

「言いたくなかったら別に言わなくても構わない。でも、心配することだけは許して欲しい」
「……?」
「……本当は初めて会った時、すぐに気がついた。ラウルの様子がおかしいことも、身体が……今にも折れてしまいそうなほど細くなっていることにも」
「……っ!」

 気付かれていたのかと息が詰まる。
 俺が息を呑んだことに気付いたのか、それとも違う理由なのか、俺を抱きしめる腕に力が込められた。
 

 
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