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12:恋人の元カノ(Side:理人)
しおりを挟む《九重理人視点》
身体測定のため武道場の列に並んでいると、友人の一人に昨年の身長を聞かれて答えていると、不意に顔を上げた蒼真と目があった。キラキラとした大きな瞳で俺のことを上目遣いで見上げる蒼真に心臓が高鳴る。俺はそれを誤魔化すように蒼真の頭の上に広げた手のひらを乗せたのだが、あることに気が付いて首を傾げた。
「蒼真は170cmだったか?」
「そ、そうだけど……なんで覚えてんの?」
若干引き気味にそう聞かれ、俺はさも当たり前のように
「だって大台突破したって言ってたろ?」と答えた。そりゃ蒼真のことなら大体のことは覚えているからな、当たり前だ。
俺を見つめる大きな瞳が建物の間から降り注ぐ太陽の光に反射してキラキラと輝いている。その白皙の肌も大きな黒曜石のような瞳を縁取る長い睫毛も赤く色づく唇も桃色の頬も、全てが綺麗で愛おしくて、自然と笑みが溢れた。
本当は今すぐにでも抱き締めてぐずぐずのとろとろに溶かしてやりたい欲に駆られるが、そんなことをすればすぐにでも蒼真に嫌われてしまうので自重する。ああ早く、本当の意味で蒼真を俺のものにしたい。
「蒼真、前進んだ」
「……あ、うん」
きょとんとした表情で俺を見上げていた蒼真は俺の声にぴくりと身体を跳ねさせ、そうして列を詰めた。さりげなく俺は蒼真の肩と触れ合うような位置に立ったのだが、恥ずかしそうに頬を染めながらちらちらと上目遣いにこちらを見てくる蒼真があまりにも可愛くて、顔が緩みっぱなしになる。
あれだけの大行列だったのでまだまだ掛かるだろうと思われたのだが、割とすぐに順番が来た。まずは俺たちの中の先頭である蒼真の番だ。
「じゃあ先に行ってくるね」
この武道場内に身長計と体重計は各五台あり、一セットごとに二人の体育委員ないしは教師達がつくようになっているようだ。他の生徒には見られないように配慮する為なのだろう、一セット毎にパーテーションで間仕切られている。その中の一つに蒼真は入っていった。
蒼真は俺の恋人だ。ついこの間までは確実に実るはずのなかった初恋がどういう訳か実った上、驚く程とんとん拍子に進み、恋人になることができた。前世でどんな徳を積んだらこの初恋が叶うというのか。
そんなやっとの思いで手に入れた恋人を本当は誰にも触らせたくないし、誰の視界にも入れたくはないのだが、もし誰の目にも触れないように閉じ込めてしまえば蒼真はきっと俺のことを嫌いになるだろう。だから今はまだしない。
そんな俺の愛する蒼真が今は身体測定の為、俺から離れていく。こちらからは様子が見えているのでまだいいのだが、これが個室だったらと思うと気が狂いそうだ。蒼真の程よく筋肉のついたすらりとした綺麗な白皙の脚がこの場にいる全員に見られていると思うと、自然と眉間に皺が寄った。
黒い踝丈の靴下を脱いでステンレス製の身長計の台座に上がった蒼真が驚いたように身体をぶるりと震わせた。思っていたよりも冷たかったのだろう。その反応の可愛さに思わずくすりと笑みが溢れた。
俺が測る頃には蒼真も友人達も既に武道場の外に出ており、俺もすぐに追いかけるためにさっさと測定を済ませた。しかしどうしてか待ち伏せしていた女子達に囲まれ、俺は身動きが取れなくなる。すごいねや高いねという言葉を掛けてくる女子達にそっけなく返すが、彼女達は中々引いてくれない。
僅かに苛々し始めていた頃、武道場の扉の隙間から覗く可愛らしい姿が目に入り、俺は思わずくすりと笑ってしまった。周囲で甲高い声が響き、あっと思った時にはもう遅い。きゃあきゃあと騒ぐ女子達が俺を取り囲み、先に進めなくなってしまった。
「俺今急いで……」
「次聴覚検査でしょ?一緒に行こうよ!」
「私たちと行こうよ、理人くん」
「えー、私たちだよ!」
そんな言い争いを始めた女子達が俺の腕を掴んできて、俺はハッとそちらを向いた。俺がもし普通の男子高校生ならこの腕に当たる柔らかな感触に赤面でもなんでもするのだろうが、生憎俺は蒼真にしか興味がない。いくら豊満で柔らかなそれだったとしても、俺には蒼真の薄い胸が一番良いんだ。
しかし率直にそう言うわけにはいかず、かと言って乱暴に振り解くと後で蒼真に怒られてしまう。ああ煩わしい。これが全員蒼真だったら天国なのに、どうして。
苛々が頂点に達しそうになった時、ある一人の女子生徒の声が俺を呼んだ。
「九重くん」
その女子生徒には見覚えがあった。忘れもしない、こいつは蒼真の元彼女だ。この元彼女のせいで蒼真は落ち込み、彼女のお陰で俺は蒼真と付き合うことができた。俺にとっては敵か味方かよくわからない存在である。
「九重くん、蒼真くんと一緒じゃないの?」
「……蒼真は先に終わって外にいる」
「そう……なら少し手伝ってくれない?私保健委員なんだけど、抜けなくちゃいけなくなったの。蒼真くん達には私が伝えとくから、お願いできないかしら?」
彼女の凪いだ瞳には、この状況から助けてあげると言う意思が汲み取れ、俺は顔を顰めた。何を言っているんだとそんな目を向けていると、彼女はくすくすと笑いながら俺の背中を押していく。彼女が俺の背を押し始めた瞬間、あれだけ集まっていた女子生徒達がぽかんとした表情で固まり、俺たちはその輪から抜け出すことができた。
「九重くんって案外女子にも優しいのね。乱暴に振り払ってでも抜けるかと思ってた」
「……そんなことをすれば蒼真が怒るだろ」
「ふふ、確かに。蒼真くんなら怒るでしょうね」
パーテーションの一つまで連れてこられ、俺は有無を言わさずペンを渡された。そして彼女は「申し訳ないけど、少しの間頼むわね」と言って早足で武道場を出ていった。本当に用があるらしく、もう一人の測定係がお礼を言ってきた。
「助かったよ。俺たち保健委員なんだけどさ、俺たちの分の測定用紙を先生が配り忘れたらしくてそれを取りに行かないと行けなくなったんだ。本当、九重が来てくれて助かった」
「いや、別に」
彼女は蒼真達には伝えてくれただろうか。俺がこんなことをしている間にも蒼真は俺以外の友人達と他の所に測定に行っているのだろう。そう考えると胸の辺りがもやっとした。
そんなことを思いながら、次々に画面に表示されていく数値を測定用紙に記入していく。十人ほどが終わった頃、十枚ほどの紙束を持った彼女はここに帰ってきた。
「ごめんなさい、遅くなって。蒼真くんはいなかったから貴方のお友達に伝えておいたから大丈夫よ」
「……蒼真が、いなかった?」
俺の聞き間違いだろうか、蒼真はいなかったと聞こえた気がしたのだがと聞き返すと、彼女は眉尻を下げながら心配そうに言葉を続けた。
「蒼真くん、急に体調が悪くなったみたいで、保健室に行ったそうよ。ただの立ちくらみだって本人は言ってたらしいけど」
「……そうか」
それだけ言うと、背中に感謝の言葉を受けながら俺は早足でその場を後にした。
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