それが僕らの日常

白井由貴

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5:真実と本音

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 その日の昼食は幼馴染で親友の小牧直こまきなおと二人で食べることになった。
 いつもなら真央も含めた三人で食べているのだが、今はいない。もしかしたら姫川さんと二人で食べているのかもしれないと考えて、鳩尾のあたりがズキンと傷んだ。痛みが走った辺りを手のひらで労るように摩るがそれ以降は痛まなかったので気のせいだったのかもしれない。

 直は一瞬痛みに顔を歪めた俺を見て何かを勘違いしたらしく、真央のことは気にするなと苦笑を浮かべた。「あいつはちょっと用でしばらく来れないだけだから心配するな」と続けた直に何の用なのかと聞く勇気はなく、ただそうかとだけ頷く。
  
 普段は教室や屋上で弁当を食べるのだが、弁当を忘れた直が購買のパンを買い損ねてしまったため今日は珍しく学食に来ることになった。しかし昼休憩が始まって十分程経過した学食はどこもかしこも人ばかり。ぐるりと見回してみるが空いてる席はないように見える。

「うわー流石学食……すごい人だなあ……」
 
「席探しておくから買いに行ってこいよ」
 
「悪い。じゃあ、買ってくるなー」

 申し訳なさそうな顔で人混みの中に入っていく直を見送り、取り敢えず空いている席を探すために学食内を歩いてみることにした。しかし案の定空いている席はなく、どうしたものかととぼとぼと学食の入り口付近にある自動販売機まで歩いていき、その横に立ち止まる。
 もしかすると食べ終わる人達がいるかもしれないと学食内に視線を送りながら、近くの壁に寄りかかってふうと息を吐き出した。なんだか今日は朝から疲れたので早く座って食べたいと思いながらスマホ片手に突っ立っていると、近くで"真央"という言葉が聞こえてきた。瞬間、心臓がドクンと大きく音を立てる。

「ごめんなさい。待った?」
 
「いや、別に待ってねーよ」

 気付かれないように自動販売機の陰に隠れるように隅に寄り、俯いて息を潜める。聞き馴染みのある声が聞こえ、びくりと肩が跳ねた。どっどっと鼓動は大きく早く鳴り、そこに当てている手が鼓動に合わせて震える。
 声が遠ざかっていくのに伴って鼓動も落ち着き、俺は肺の中が空っぽになるまで息を吐き出した。自分に気付かずに行ってしまったという事実と話しかけられなくてよかったという本音が入り混じったため息だった。
 
 もし今話しかけられていたとしても、正直な話上手く話せなかっただろうから気付かれなくてよかったと思っているのに、何故か胸はきゅっと締め付けられるように傷んだ。

「聡?何してんの?こんなと……」
 
「……っ!」

 不意に話しかけられてびくりと肩が跳ねた。心臓が口から飛び出そうなほど驚いた俺に、直もかなり驚いたようでその目は見開かれている。
 さっきまで俺が見ていた場所をちらりと窺った直は今の俺の状態に合点がいったようで、あははと乾いた笑いを漏らしながら引き攣った笑みを浮かべていた。そんな直から視線を逸らし、丁度空いた席を指差して誤魔化すように笑う俺を見て直は呆れたように一つため息を溢して席に向かっていく。

 去り際、さっき真央たちが去っていった方を覗き見たがどうやら気づいた様子はないらしい。俺はほっと息を吐いて、直の後を追った。

「……なぁ聡、お前もしかして」

 一息吐いた瞬間、直が真剣な表情で何かを言いかけたがすぐに黙り込んでしまった。
 
 この反応……もしかすると俺の気持ちに気がついたのだろうか。いや今の気持ちだけじゃない、俺と真央の関係性すらも本当は気づいているのかもしれない。

 どっどっと激しく、煩く鳴り響く鼓動。
 お願いだから勘違いであってくれという祈りは届いたのか、直はそれ以上何かを言うことはなかった。しかし代わりに何かを言いたげな視線を向けてくる。俺はそんな直の視線に耐えきれず、スッと目を逸らした。

 席に着いてからも治らない鼓動をどうにか治めようと必死だった。いつまでも激しく鳴り響くこの音が、どうしてか直には聞こえているような気がして気が気じゃない。
 そんな俺の状態に気付いているのか直は大きく息を吐き出し、手元の銀色のスプーンでカレーのルーとご飯を混ぜ合わせ始めた。カツカツと、金属のスプーンと大きめなプラスチックのお皿がぶつかる音だけがこの喧騒の中で俺の耳に届く。

 どのくらい時間が経っただろう。
 恐らく数秒のことだろうが俺にとってはかなり長く感じるこの時間に少し手が震える。落ち着けと自分に言い聞かせるように深呼吸をして、弁当を包んでいた包みを開けた時、不意に音が止んだ。
 
「聡、今日の放課後暇?」
 
「……暇、だけど?」

 唐突にそう聞かれ、俺は驚きつつもそう答えた。
 相変わらず心臓はばっくんばっくん音を立てている。

「久しぶりにどっか遊びに行くか」

 にいっと悪戯っ子のように笑いながら、直はカレーの付いたスプーンを俺の方に向ける。指差しはいけないと言われることはあったが、スプーンはどうなんだろうかと頭の隅で考えながら、視線を全く中身が減っていない弁当に移した。

 気付いているのかどうかはわからない。けれど恐らく、直は落ち込んでいる俺を元気付けようとしてくれているんだろうことはわかる。
 そうだった、こいつはこういう奴だ。

「どっかってどこ」
 
「んー……ゲーセンとか?」
 
「ゲーセンかぁ……なんか新しいの増えてるかな?」

 そういえば中学の頃はよく行っていたっけ。最近は全く行っていなかったからわからないが、ゲーセンという言葉を聞いただけで先程までの陰鬱な空気は薄れてワクワクしてしまっている自分がいる。
 そんな浮ついた気持ちを隠すように卵焼きを箸で軽くつついた。今日の卵焼きはいつもより綺麗に巻けている気がする。

「……そう言えば、来週の林間学校」
 
「ああ、もう来週だったか……」

 不意に呟かれた言葉に、そういえばそうだったと思い出す。
 来週の月曜日から金曜日の五日間、俺達は他校と一緒に林間学校に行くことになっている。確か俺たちが今通う学校の兄弟校との合同行事で、各学校で作ったグループ同士を合わせて一つのグループを作り、様々な課題をこなしていく行事だったはずだ。コミュ力高めな直たちとは違ってあまり人と話す事が得意でない俺にとっては、憂鬱より他ない行事である。

「けどさ、五日間って長いよな……普通長くても二泊三日とかだろ」
 
「……そうだよなぁ」

 俺は全力でこくこくと頷いた。本当に四泊五日という日程は長すぎる。せめて直の言う通り、長くても二泊三日くらいであって欲しかった。
 それに、と俺はさっきまでいた場所に目を向ける。
 作成するグループは男女混合というのが決まりなのだが、そのグループのメンバーが俺と直、市原、藤、そして真央だった。今の俺の心はどんな風な顔をして真央と接すれば良いかわからないほどぐちゃぐちゃなのに、五日間も行動を共にしなければならないのは正直心が保ちそうにない。直もそんな俺の心情をなんとなくでも感じているのか、眉根を下げながら深い溜息をついている。

 俺たちは来週に迫った林間学校を想像し、仲良く項垂れたのだった。
 
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