ナンパした相手は女装男子でした

白井由貴

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四話 ナンパした相手は女装男子でした④*

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「……ん、っ」

 初めは軽く啄むようだったそれは、徐々に深くなっていく。キスをしているのだと理解した時にはもう、俺の中の酸素はほとんどなくなっていた。
 今までの人生で、俺が口同士を合わせるキスをしたのは一度もない。これが正真正銘、ファーストキスである。そのためどうやって呼吸をするのが正解なのかがわからない。それでもどうにか酸素を取り込もうとして伸ばした手は理玖によって取られ、そのままソファーの座面へと縫い付けられた。

 苦しくて無意識に酸素を求めて開いた口に、ぬるりとした熱くてざらざらしたものが入ってきた。驚きと戸惑いにぎくりと身体が揺れる。それが理玖の舌だと気づいた時にはすでに口内を暴れ回っていて、逃げ腰になっていた俺の舌を見つけると吸い付くように絡めとられてしまった。じゅるじゅると音を立てて吸われ、全身をぴりぴりとした感覚が襲い、脳が痺れる。

「……う、ふっ……んぁ」

 上顎のざらざらとした部分を舌で舐められて上擦った声が漏れる。どちらのものともいえない唾液が口の端から溢れ、首筋を伝ってソファに染みを作った。
 俺の手を掴む理玖の手に力が込められると同時に、ちゅっと音を立てて唇が離れていく。理玖と俺の口を透明な糸が名残惜しそうに繋ぎ、そしてぷつりと切れた。

 酸欠でぼんやりする頭では何も考えられず、ただ荒い息を繰り返すことしかできない。今の口付けで身体は火照り、あらぬ所に熱が集まっていた。

「……もしかして、初めてだった?」

 恥ずかしさに躊躇いながらも小さくこくりと頷くと、じゃあこの先は?と聞かれた。したことがないと首を横に振ると、理玖はぺろりと真っ赤な舌で赤い唇をひと舐めしてにやりと笑った。理玖の綺麗な瞳が獲物を狩る獣のような鋭さを持って俺を射抜く。

「初めてでこの反応は……やばいでしょ」

 なにがやばいのかはわからないが、理玖の口角が上がっているので悪い意味ではないのだろう。だがこの先は流石に男女でないと出来ないのではないだろうか。態々がそんな確認をしたのかがわからず、呆然と生理的な涙に潤んだ瞳で見つめた。

「ここ、勃ってる。キスだけで感じちゃった?」
「あ……っ」

 黒のスラックス越しに一番敏感な所を撫でられて身体がびくんと跳ねる。自分でもあまり触らないそこはもうすでに固くなっており、ボクサーパンツとスラックスを目一杯持ち上げてテントを作っていた。そんな自分の状態に顔が熱くなる。

 まるで壊れ物を扱うように優しくゆっくりと撫でられ、徐々に質量と硬さを増していくそれに比例して、俺の口からは自分のものとは思えない高く上擦った声が漏れ出る。声を抑えようと唇を噛み締めると、頭上から「駄目だよ」という声が聞こえ、離されたもう片方の指が俺の唇をゆっくりとなぞった。

「噛んだら血が出ちゃうよ。僕に千草の可愛い声、聞かせて」
「うあっ……や、だめ……っ」
「千草、可愛い」

 下半身を撫でていた手と唇に触れていた手が離れ、再度手を握られてソファに縫い付けられる。指と指を絡め、何度も握ったり緩めたりを繰り返しながら、理玖は啄むようなキスを俺の唇に落とした。唇が俺の顔に落ちてくるたびにちゅっと軽いリップ音が鳴る。
 
 キスがこんなにも気持ちの良いものだなんて今まで知らなかった。大人になって結婚して、子どもが欲しくなったらセックスをする。キスはそんなセックスをする前段階のようなものなのだと、自分にはまだ縁のないものだとばかり思っていた。

 今理玖がこうしてキスをしているのは、もしかしてこのままセックスをしたいからなのだろうか。でも俺は男で、理玖も男だ。セックスという行為は男女でないと出来ないのではなかっただろうか。それとも理玖は本当は女装ではなくて、本当に女の子だったのだろうか。
 
 そんな取り止めのない思考がぐるぐると回っていく。

「今何考えてるの?」
「んっ……男同士でも、出来るのかなって」
「それはキスのこと?それとも、その先のこと?」

 キス自体は国によっては挨拶がわりにする所もあるくらいなので男同士でも出来るだろう。もっと言えば濃厚なキスだって性別関係なく出来るだろうとはなんとなく思っていたし、実際に今、俺と理玖もしていた。

 しかしその先は男女でする一般的な知識しかない頭で考えても、男同士でするという考えにはどうしても至らない。セックスとは子どもを作る為の行為なので、男同士でしても生産性がないのではないかと思ってしまうのだ。

「その先……セックスは男同士でも出来るよ。男同士の場合は、ここを使うんだ」

 そう言って俺の上から降りた理玖は俺の足元に移動した。何をするのだろうとじっと見ていると、不意に両膝を掴まれて膝を割られ、大事な部分が全て見える様な格好にされた。まだスラックスを履いているのでまだましだが、それでもこの格好は恥ずかしい。ここ、と言いながら俺の足の間、つまり臀部の割れ目に指を少し食い込ませ、排泄の為の穴がある場所をとんとんと指先で叩いた。

「男同士のセックスはこのお尻の穴に陰茎を突っ込むんだ。男女でもたまに使うらしいけどね」

 まあ男女の場合は好みなんじゃないかな?と人差し指を顎に当てて上を向きながら小首を傾げる理玖は、台詞はともかくとても可愛い。

 取り敢えず男同士でする場合のセックスの仕方はわかったが、もしかして今からするのだろうか。俺と理玖で?まだ知り合ってほんの少ししか経っていない上に付き合ってすらないのにセックスをするのか?
 いや、子供が出来るかもしれないから付き合ったり結婚してからだと思っていたが、男同士なら子供は出来ないのであり、なのだろうか?もしするとしたら多分俺が理玖に突っ込むことになるんだろうし、理玖を傷つけてしまわないか不安になる。

 頭の中で考えがぐるぐると回り、考えれば考えるほどぐちゃぐちゃになっていく。今までの俺の経験や知識が乏し過ぎるのかもしれない。

「……怖い?それとも嫌?」
「よく、わからない。男同士だったら子供は出来ない、けれど、付き合っていない状態でするのは……ちょっと……というか……俺、初めてだし……その、理玖を気持ちよくできるかわからなくて、自信ないというか」
「大丈夫、僕がちゃんとリードするから。僕に全部委ねてくれたら嬉しいな」

 あと挿れるのは僕の方だから安心して、とにっこりと微笑まれて顔が熱くなる。

 そうか、俺が理玖に挿れるんじゃなくて理玖が俺に――そこまで考えて、感じた言葉の違和感にぱっと理玖を見ると、彼はこてんと可愛らしく首を傾げた。

「えっと……俺が理玖に、その……挿れる、んじゃなくて?」
「うん、僕が千草に挿れるんだよ?だから何も心配しなくても大丈夫。千草はそのまま僕の手で気持ち良くなって」
「……んっ」

 俺の尻を掌全体で撫でる理玖の顔は相変わらず可愛いのに、何処か雄を感じさせる表情をしていて、俺の胸はとくんと反応する。俺が女の子のように可愛く色っぽく感じることなんて出来ないのに、本当に逆で大丈夫なのだろうかと思っていると、また唇を塞がれた。
 
「ん、っ……はぁ」
「ねぇ千草、さっき付き合っていない状態でするのは不安って言ってたでしょ?千草さえよければ、今から付き合ってみる?」
「……へ?」

 纏まらない考えを纏まらないなりに頑張って伝えようとしていたのに、理玖の突拍子もない言葉に一瞬で白紙に戻り、素っ頓狂な声が出た。そんないきなり言われてもと小さく答えると、理玖はくすくすと笑いながら「それでも嫌とは言わないんだね」と言った時、初めて自分が嫌と思っていないことに気付いた。
 
「付き合ったら不安がなくなるんでしょ?僕、本当に千草のことが好きだから、正直付き合えるなら願ったり叶ったりなんだけど……千草は?」

 女装した理玖はとても可愛かったが、彼は男だ。でも付き合うことやキスをすることが嫌だと思わないし、寧ろあって間もない理玖のことをもっと知りたいとすら思う。
 
 俺は、どうしたいんだろう。
 このまま理玖と付き合いたいのだろうか。

 理玖のことを好ましく思っているのも、欲を言えばもっと一緒にいたいと思っている自分がいるのも、どちらも事実だ。けれど今セックスをするためだけに付き合うと言うのは、何かが違う――いや違うな、俺がただそれだけの為に付き合ったと思うのが嫌なだけだんだ。

 俺はもしかして理玖のことが好きなのだろうか。
 今だけの関係にしたくないのだと、心が叫んでいた。

「……今だけの関係は、嫌だ」

 絞り出した声は、泣き出す一歩手前のように震えていた。今だけの関係じゃなくて、もっとずっと。

 俺の言葉に理玖は一瞬きょとんとした後、ふわりと優しく微笑んで俺の頭をゆっくりと撫でた。

「少し早急だったね、ごめん……そうだよね、ちゃんと気持ちを伝えないと不安になっちゃうよね」

 眉根を下げて笑う理玖は、何度もごめんと言いながら俺の髪を優しく撫でる。少しの沈黙が流れ、理玖の手が止まった。そして俺の目をまっすぐに見つめて、真剣な表情で口を開く。
 
「千草、好きだよ。今だけじゃない、これからもずっと一緒にいたいって思ってる」

 ――だから、僕と恋人になってほしい。

 その言葉を聞いた瞬間、俺の目から涙が溢れた。ぽろぽろととめどなく溢れる涙を拭うこともせずに俺はただ理玖を見ていた。返事がほしいなと苦笑する理玖に、また涙が零れる。うん、うんと何度も泣きながらこくこくと頷いて俺も付き合いたいと言うと、がばりと理玖に抱きしめられた。すりすりと俺に擦り寄ってくれるのは嬉しいけれど、理玖の腕が俺の首に食い込んで少し苦しい。

「夢みたい……千草と付き合えるなんて、夢みたいだ」
「く、くる、し……」

 苦しいと訴えるとすぐにぱっと離れた理玖に名残惜しい気持ちはあったが、塞がっていた気道が開いて一気に流れ込んできた酸素に思わず咳き込んでしまった。ソファの座面に横向きに寝転んだ状態で咳き込んでいると、背中に理玖の手が触れた。一定のリズムで背中を摩ってくれるその手の温かさがじわりと背中に広がっていく。
 
「それで、どうする?千草が嫌なら……」
「嫌じゃない!……嫌じゃない、から……その」

 食い気味に答えたその声が思った以上に大きくて自分でも驚いた。嫌ではないと言えたのに『したい』という言葉だけは恥ずかしくて口に出すことができず、もごもごと口篭ってしまう。

 すると俺の顔の横に手をついた理玖は俺の耳元に顔を近づけて、どうしたいか言ってほしいと甘く囁いた。理玖の息が耳に掛かり、ぞわりとした感覚が全身を襲う。

「し、したい」
「なにを?」
「ひゃっ……ン……理玖と、セックス……ッ」
「よく出来ました」

 べろっと耳を舐められて身体が小刻みに震える。ぴちゃぴちゃと直接耳元で聞こえる水音と、舌のざらりとした感触が耳を這う感触から逃げようと身体を捩るが、腰を掴まれて動くことすらままならなくなる。

 耳朶を甘噛みしたり、耳の上部にある膨らみを噛んだり舐めたりと理玖の歯や舌が俺の耳を犯す。耳からの刺激が快感に変わり、全身がびくびくと震え、口からは上擦ったような甘い声が漏れた。
 
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