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第四章
八十一話 家族(律樹視点)
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※このお話は本編ですが、律樹視点です。
母さんと六花姉さんが家にやってきた。初めは喧嘩腰だった俺と母さんも、一時間も経てば空気も穏やかになり、落ち着いて話せるようになるというものだ。
今は姉さんと弓月が少し離れた場所で一緒にいるのをいいことに、俺は母さんと向かい合いながら少し込み入った話をしていた。
「……で、本当にお金の方は大丈夫なの?」
社会人になりたての俺にそこまでの財力はない。公務員という職は給料が安定しているというが、実際そこまでの稼ぎはない。一応高校生の時から勉強の傍らに始めたアルバイトの収入を全て貯めていたり、大学在学中からやっている投資のお陰で世間一般の新社会人よりは貯金はあるとは思う。でもそれもいつまで持つかはわからない。
母さんはきっと弓月にこれ以上苦労させたくないと思っている。……俺だってそうだ。
弓月はこれまで経験しなくても良い辛さを経験してきている。家族に虐げられ、世間からも隔離され、声を失った。俺はそんな弓月に不自由させたくなくて懸命に働いているが、この先もそう出来るとは限らない。多分母さんはそれを心配しているのだろう。
「律樹がアルバイトのお金を全て貯めていたことも、そのお金を元手に投資をしていたことも知っているわ。弓月のためにって……ずっと頑張っていたものね」
母さんは俺が弓月に想いを寄せていたことを知っている。弓月の行方や状況がわからなくなったあの時、必死で探していたのは俺だけじゃない。
母さんは弓月の母親である規子さんととても仲が良かったらしい。本当に仲のいい姉妹で、どこに行くにも何をするにも一緒だったそうだ。それは母さんが結婚して、俺たち三姉弟が生まれてからもそうだったと聞いている。
けれど変わったのはいつからだったか。母さんの話によれば弓月の両親が結婚すると決まった時から関係が変化していったのだと言う。
きっかけは規子さんの結婚相手――つまり弓月の父親のことで口論になってしまったことだそうだ。なんでもその男は母さんの同級生で、あまり良い噂を聞かない人物だったらしい。だから大事な妹のために誰よりも必死に反対をしたのだと言う。しかしそれがきっかけで疎遠になってしまい、結果弓月が被害を被った。
母さんは今でも悔やんでいる。あの時もっと必死に反対していれば妹との関係が悪くなることもなかっただろうって。
でももしそうなっていれば弓月は生まれていなかった。だから俺は弓月の両親を憎むと同時に感謝もしている。弓月をこの世に産んでくれたから、俺は最愛の人と出会うことが出来たのだから。
「律樹は、弓月と初めて会った時のこと覚えてる?」
俺と同じ色の瞳が少し離れた場所にいる弓月を映している。懐かしむような、どこか遠くを見ているかのようなその瞳から視線を逸らしながら当然だと頷いた。
その答えに母さんの琥珀色の瞳が僅かに揺れる。動揺したのかとも思ったが、どうやらそういうわけではないらしい。ふふっ、と小さく笑った母さんの瞳が瞼に隠れていく。
「私も……あの頃のことは昨日のことのように思い出せるわ」
あの頃、という言葉に俺はゆっくりと弓月の方に視線を移した。弓月と六花姉さんは手元にあるノートとペンを使っての会話に夢中のようで、俺の視線には気づいていない。、
「あの頃、柊一さん――貴方のお父さんとどうにかして規子達親子を迎え入れられないかって話をしていたの。でもすぐにどうこうできる問題ではなくて……柊一さんがね、それならその時がいつ来ても良いようにお金を貯めておこうって言ったのよ」
「父さんが……?」
「ええ。もしうちに迎え入れられたとしても今のままじゃあ規子達だけじゃなくて家族も苦労するのが目に見えてるって。だからもしその時が来たら皆が苦労しなくても済むように、今出来ることをしようって言ってくれたの」
如何にも父さんが言いそうなことだと思った。
その時のことを思い出したのか、母さんは懐かしそうにくすくすと笑っている。
「ここに来る前、柊一さんに律樹の家に弓月を迎えに行くって言ったら、ならこれを渡してって言われたわ。……きっと今の律樹には必要な物だからって」
「これは……通帳?」
そう言って差し出されたのは小さな花柄が描かれた紫色の巾着だった。中には一冊の通帳と印鑑が入っている。まさか通帳が入っているとは思わず驚いて顔を上げると、少し寂しげな笑顔が視界に入った。
「弓月と幸せになるんでしょ?……だったら持っておきなさい。金額は十分にあると思うけれど、もし足らなかったらいつでも私たちを頼ってくれていいのよ。さっきも言ったけれど、貴方たちは私たちの大事な子どもなんだから」
本当は俺の意見や意思なんて関係なく弓月を連れて行かれるかと思っていた。どんなに頑張ったところで社会人になりたての俺の給料や貯金なんてたかが知れている。だからもし弓月が困るようなことがあればすぐに引き剥がされると思っていたのだが、どうやら違っていたようだ。
両親か俺か、どちらが弓月を引き取るのかを揉めた時、俺はこれから先死に物狂いで働く決意をした。心の中では弱音を吐くことはあっても、家族の前――特に両親の前では絶対に弱音を吐かないと決めていた。それは単に弓月と離れたくなかったからである。
弓月のことを自分の息子のように可愛がっている母さんが、少しでも弓月が不自由しているのだと知ればきっと俺から弓月を奪うだろう。母なりに弓月のことを大事に思っているからこその発言だと思っていたが、実際は俺のことも心配しての発言だったらしい。気が強く、話をすればいつも喧嘩になる母さんだが、弓月と同じくらい息子である俺のことも大事に思っていたようだ。
通帳を開いてみれば、そこには十分過ぎるほどの金額が書かれていた。十年以上かけて少しずつ貯めていたのだろうその金額に胸が熱くなる。
きっと俺がこの通帳に手を出すのは弓月が大学に進学する時だけだろう。けれど両親共に俺と弓月のことを考えていてくれたことが嬉しかった。もし俺に何かあっても弓月を守ってくれる存在がいる、ただそう思うだけで俺の心はほんの少し軽くなったような気がした。
母さんと六花姉さんが家にやってきた。初めは喧嘩腰だった俺と母さんも、一時間も経てば空気も穏やかになり、落ち着いて話せるようになるというものだ。
今は姉さんと弓月が少し離れた場所で一緒にいるのをいいことに、俺は母さんと向かい合いながら少し込み入った話をしていた。
「……で、本当にお金の方は大丈夫なの?」
社会人になりたての俺にそこまでの財力はない。公務員という職は給料が安定しているというが、実際そこまでの稼ぎはない。一応高校生の時から勉強の傍らに始めたアルバイトの収入を全て貯めていたり、大学在学中からやっている投資のお陰で世間一般の新社会人よりは貯金はあるとは思う。でもそれもいつまで持つかはわからない。
母さんはきっと弓月にこれ以上苦労させたくないと思っている。……俺だってそうだ。
弓月はこれまで経験しなくても良い辛さを経験してきている。家族に虐げられ、世間からも隔離され、声を失った。俺はそんな弓月に不自由させたくなくて懸命に働いているが、この先もそう出来るとは限らない。多分母さんはそれを心配しているのだろう。
「律樹がアルバイトのお金を全て貯めていたことも、そのお金を元手に投資をしていたことも知っているわ。弓月のためにって……ずっと頑張っていたものね」
母さんは俺が弓月に想いを寄せていたことを知っている。弓月の行方や状況がわからなくなったあの時、必死で探していたのは俺だけじゃない。
母さんは弓月の母親である規子さんととても仲が良かったらしい。本当に仲のいい姉妹で、どこに行くにも何をするにも一緒だったそうだ。それは母さんが結婚して、俺たち三姉弟が生まれてからもそうだったと聞いている。
けれど変わったのはいつからだったか。母さんの話によれば弓月の両親が結婚すると決まった時から関係が変化していったのだと言う。
きっかけは規子さんの結婚相手――つまり弓月の父親のことで口論になってしまったことだそうだ。なんでもその男は母さんの同級生で、あまり良い噂を聞かない人物だったらしい。だから大事な妹のために誰よりも必死に反対をしたのだと言う。しかしそれがきっかけで疎遠になってしまい、結果弓月が被害を被った。
母さんは今でも悔やんでいる。あの時もっと必死に反対していれば妹との関係が悪くなることもなかっただろうって。
でももしそうなっていれば弓月は生まれていなかった。だから俺は弓月の両親を憎むと同時に感謝もしている。弓月をこの世に産んでくれたから、俺は最愛の人と出会うことが出来たのだから。
「律樹は、弓月と初めて会った時のこと覚えてる?」
俺と同じ色の瞳が少し離れた場所にいる弓月を映している。懐かしむような、どこか遠くを見ているかのようなその瞳から視線を逸らしながら当然だと頷いた。
その答えに母さんの琥珀色の瞳が僅かに揺れる。動揺したのかとも思ったが、どうやらそういうわけではないらしい。ふふっ、と小さく笑った母さんの瞳が瞼に隠れていく。
「私も……あの頃のことは昨日のことのように思い出せるわ」
あの頃、という言葉に俺はゆっくりと弓月の方に視線を移した。弓月と六花姉さんは手元にあるノートとペンを使っての会話に夢中のようで、俺の視線には気づいていない。、
「あの頃、柊一さん――貴方のお父さんとどうにかして規子達親子を迎え入れられないかって話をしていたの。でもすぐにどうこうできる問題ではなくて……柊一さんがね、それならその時がいつ来ても良いようにお金を貯めておこうって言ったのよ」
「父さんが……?」
「ええ。もしうちに迎え入れられたとしても今のままじゃあ規子達だけじゃなくて家族も苦労するのが目に見えてるって。だからもしその時が来たら皆が苦労しなくても済むように、今出来ることをしようって言ってくれたの」
如何にも父さんが言いそうなことだと思った。
その時のことを思い出したのか、母さんは懐かしそうにくすくすと笑っている。
「ここに来る前、柊一さんに律樹の家に弓月を迎えに行くって言ったら、ならこれを渡してって言われたわ。……きっと今の律樹には必要な物だからって」
「これは……通帳?」
そう言って差し出されたのは小さな花柄が描かれた紫色の巾着だった。中には一冊の通帳と印鑑が入っている。まさか通帳が入っているとは思わず驚いて顔を上げると、少し寂しげな笑顔が視界に入った。
「弓月と幸せになるんでしょ?……だったら持っておきなさい。金額は十分にあると思うけれど、もし足らなかったらいつでも私たちを頼ってくれていいのよ。さっきも言ったけれど、貴方たちは私たちの大事な子どもなんだから」
本当は俺の意見や意思なんて関係なく弓月を連れて行かれるかと思っていた。どんなに頑張ったところで社会人になりたての俺の給料や貯金なんてたかが知れている。だからもし弓月が困るようなことがあればすぐに引き剥がされると思っていたのだが、どうやら違っていたようだ。
両親か俺か、どちらが弓月を引き取るのかを揉めた時、俺はこれから先死に物狂いで働く決意をした。心の中では弱音を吐くことはあっても、家族の前――特に両親の前では絶対に弱音を吐かないと決めていた。それは単に弓月と離れたくなかったからである。
弓月のことを自分の息子のように可愛がっている母さんが、少しでも弓月が不自由しているのだと知ればきっと俺から弓月を奪うだろう。母なりに弓月のことを大事に思っているからこその発言だと思っていたが、実際は俺のことも心配しての発言だったらしい。気が強く、話をすればいつも喧嘩になる母さんだが、弓月と同じくらい息子である俺のことも大事に思っていたようだ。
通帳を開いてみれば、そこには十分過ぎるほどの金額が書かれていた。十年以上かけて少しずつ貯めていたのだろうその金額に胸が熱くなる。
きっと俺がこの通帳に手を出すのは弓月が大学に進学する時だけだろう。けれど両親共に俺と弓月のことを考えていてくれたことが嬉しかった。もし俺に何かあっても弓月を守ってくれる存在がいる、ただそう思うだけで俺の心はほんの少し軽くなったような気がした。
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