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第四章

七十七話 溢れる欲求※(律樹視点)

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※このお話は本編ですが律樹視点です。



 俺の下で甘く蕩けた表情で息を乱す恋人の姿を視界に入れた瞬間、頭の中でぷつんと音が鳴った。それが何の音だったのかなんてわからない。興味もない。
 失声している弓月の口から声が溢れることはない。しかし声が出ないだけで喉自体が潰れてしまっているわけではないため、息遣いは聞こえてくる。それが声の出ない弓月の喘ぎのようで背筋がぞくぞくとした。
 
 息を吐き出す音も詰める音も仕草も、全部が愛おしい。弓月の全てが愛おしくて――支配したくなる。

 そういえば最近は毎日プレイをしているからか今までよりも体調が良く、抑制剤の量を通常に戻していた。でも高ランクの欲求が通常の抑制剤の量で抑制できるわけがなかったのだ。それを今理解したところで全ては後の祭り。俺の中に湧き上がるのは耐え難い程に強烈な欲求だった。
 心臓がドクンドクンとうるさい。俺は弓月を害したいわけじゃない。弓月は俺の宝物だ。だから大切にしたいのに、さっきから頭の中に浮かぶのは無理矢理にでも支配したいという浅ましい欲。
 弓月のものか自分のものかもわからない唾液に濡れた唇を親指で拭う。達したばかりでぼんやりと宙を見つめる弓月の目には生理的な涙に滲んでいた。澄み切った空気に見える夜空のようにきらきらと輝く黒い瞳は吸い込まれそうなほどに綺麗で、思わず喉が鳴る。

「弓月」

 名前を呼べば、緩慢に動いた瞳が俺を映す。その縋るような、何かを求めるような視線に胸が高鳴った。

 俺はずっと弓月が好きだった。
 幼い頃、初めて弓月に会い、小さな弓月が俺を呼んだあの瞬間から俺は彼に恋をしている。ずっとずっと恋焦がれて探し続けて漸く手に入れることができた。
 
 初めはケア目的で始まった弓月とのプレイ。それがいつしか彼の全てを独占できる手段の一つとなり、そして今はプレイ以外でも彼の全てが欲しいと思っている。勿論、弓月とのプレイは俺にとって大切な時間であることに今も変わりはない。弓月の望むことは何でも叶えてあげたいという思いだって変わってはいない。だけど恋人になってからの俺は、それだけでは満足できなくなってしまったようだ。
 ただのプレイパートナーだった時のことが懐かしく思う。あの頃はプレイ以外でこんなふうに弓月と触れ合えるなんて思っていなかった。……いや寧ろ、想いが通じるとは思わなかったんだ。それだけでも十分奇跡に近いというのに、俺はどうしてそれ以上を望んでいるんだろう。

「好き……愛してる」
『おれも すき』

 甘く蕩けるような微笑みに鼓動がさらにうるさくなる。ゆっくりと言葉を紡いでいく口は、声こそ出ないが何と言っているのかくらいはわかった。

 ――本当に、たまらない。

 気分が昂揚する。ドクドクと心臓が煩く脈打つ。
 この感覚は以前にも経験したことがあるが、今はその時と比べ物にならないほどに胸が震えていた。

『りつきさん』

 弓月の口が俺の名前の形に動く。
 言っても仕方のないことだけれど、もし声が出るようにならば一番に俺の名前を呼んで欲しいと思うのは我儘だろうか。

 弓月が俺に向かって両手を伸ばす。ふと甘い香りが鼻腔を掠めた。抗い難いその香りが俺のDomとしての性に訴えかけるように香り、反応するようにドクンッと強く心臓が鼓動した。あっと思った時には遅く、俺は体を支えるように彼の精液が付いていない方の手をマットレスにつけて少し身を屈め、そして引き寄せられるように勢いよく唇を重ねた。

「……ッ」

 呼吸を奪うように深く深く重ねあう。僅かに開いた隙間から舌を滑り込ませればくちゅりと音が立った。
 弓月の手が俺の首の後ろへと回る。マットレスについた手に体重が掛かり、ベッドがぎしりと音を立てた。

「ん、……っ」

 おずおずと控えめに差し出された彼の舌に舌先を這わせて吸い上げると、ぴくぴくと細い腰が小さく跳ねた。その様子に自然と胸が高鳴る。男同士の仕方も何もわからないはずなのに、彼の仕草一つ一つはまるで俺を誘っているようだった。
 
 既に勃ってはいたモノがさらに大きさを増したのがわかる。スウェットが窮屈そうにテントのようにそれに押し上げられていた。
 本当はこれを弓月の中に挿れたい。挿れて、彼と一つになりたいと思う。……けれど弓月にそんな無体をはたらきたくないし、何より傷つけたくない。そう思うのにコマンドを浴びせて無茶苦茶にしたいという相反する気持ちが湧き上がってくる。

「っ、はあ……ゆづき……」
「……っ、……」

 唇を離し、少しの間見つめ合う。
 彼の黒曜石のような瞳に映る自分はまるで獣のような目をしていた。

『したい』

 弓月の口の動きを追うが、それが何を意味しているのかわからず、えっと声が溢れた。すると俺の下からゆっくりと這い出した彼が俺にぴったりとくっつくようにちょこんと座った。
 
「え……ちょ、っ⁉︎」

 弓月の手が俺と彼のモノを一纏めにするように触れる。しかし俺よりも小さい彼の手は全てを包み切ることができていない。それでも限界まで大きくなったら猛りはその緩やかで優しい刺激だけでも達してしまいそうだった。
 弓月の口から溢れる吐息に心臓が跳ねる。互いの先端からあふれ出た先走りが彼の手によって塗り広げられていき、ぬちゅ、ぐちゅと卑猥な音を立てた。ぴくぴくと全身を震わせながら感じ入るその姿に、身体が熱くなる。今までにないほどに大きくなったそれに驚きつつも、俺は緩やかに動かされる彼の手の上から自分の手を重ね、優しく上下に動かした。

「っ……、――――……ッ‼︎」
「くっ……は、あ……っ」

 やがて限界を迎え、同時に手の中へと吐精した。上がった息を整えつつ、くたりともたれ掛かってくる弓月にキスをしようとした時――遠くの方でインターホンの音が鳴り響いた。
 
 
 
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