96 / 199
第四章
七十三話 パートナーと恋人 前編
しおりを挟む律樹さんが俺の髪を撫でながら額に唇を落とした。ただ触れ合わせただけのそれは少しの音も立てずに離れていく。それが少し名残惜しくて顔を上げた。
「どんなプレイがしたい?」
そう聞かれ、俺はぱちぱちと瞬きを繰り返した。
どんなプレイがしたい、か……今は律樹さんと触れ合えればそれでいいんだけどと思いながら、目の前にある琥珀色の瞳を見つめる。近くで見るとほんの少し黄色が入っているのか、光の加減によっては金色にも見えるそれはまるで夜空に浮かぶ星のようだった。
「ん……はい、これ」
律樹さんが俺を抱き寄せ、片方の腕を奥へと伸ばした。頭の後ろでごそごそと探る音やカチンという音がしたかと思えば、ぴったりとくっついていた身体がまた離れていく。そうして開いた空間に差し出された手の中にあったのは、枕元で充電していた俺のスマホだった。何かが外れたようなカチンという音はスマホから充電ケーブルを取り外した音だったようだ。
スマホを渡された意味を理解した俺は、受け取り後すぐに文字を打ち込み始めた。ぽちぽちと一文字ずつ考えながら打ち込んでいく。俺を待っている間暇だったのか、律樹さんはずっと俺の髪を楽しそうに撫でていた。
「……ん、書けた?」
その言葉にこくりと頷いて、打ち込んだ文字が見えるように彼の方へと画面を向ける。近過ぎて見えないかなとも思ったけれどどうやら杞憂だったようだ。
『りつきさんといっぱいふれあいたい』
本当はキスがしたいって言いたかったけれど、文字にするにはやっぱり恥ずかしくてこんな書き方になってしまった。ほんの少し熱くなった顔を隠すように僅かに視線を下げる。
いつもならすぐに何かしらの返事があるはずだった。けれどなぜか今回はどれだけ待っても反応が返って来ない。俺はやっぱり駄目だったのかななんて思いながらちらりと視線を上げた。
「……?」
初めは視線だけを少し向けるつもりだったのだが、ちらりと見えた律樹さんの表情に思わず顔を上げる。
……この反応は予想していなかった。初めは驚いたような表情、そして徐々にそれは難しいものへと変化していき、今は何かを考えているような真剣な表情をしている。駄目……というわけではなさそうだが、何かを悩んでいるように見えて少し不安になった。
「……ねぇ、弓月」
「……?」
律樹さんの琥珀色の瞳が俺を見る。先程の真剣な表情のまま俺を呼んだ律樹さんの声に返事をするように首を傾げると、彼の眉が僅かに下がった。
「もしかして、なんだけど……」
言葉の途中で律樹さんは口を閉じた。本当は何か言いたいことがあったのだろう、はく、と小さく一度動く。しかし特に何かを発するわけでもなく再び閉じてしまった。視線を横にずらし、また何かを考えるように目が伏せられた。
何を言われるのかという不安はあったが、それでも律樹さんの言葉をじっと待つ。言いにくいことなのか、それとも言い方に悩んでいるのか。
律樹さんがゆっくりと瞬きをする。そして俺の方を向いて、硬く結んでいた唇を僅かに動かした。
「もしかして、弓月の言うプレイと俺の思ってるプレイって……違う?」
「……?」
形の良い唇から放たれた言葉に俺は思わず首を傾げた。
多分俺と律樹さんのプレイの認識に差があるかもってことなんだろうけど、正直よくわからなくて首を捻る。でも多分律樹さんが言うように相違があるのだとしたら、きっと俺の方が間違っているんだろうなぁ……とちらりと彼の目を見ると、綺麗な琥珀色の瞳に明らかな困惑の色が浮かんでいた。
俺は持っていたスマホに再び視線を落とした。考えなんてまとまっていないし、俺だって困惑してるから言葉がおかしいかもしれないがそこは許してほしいと思いながら文字を打ち込んでいく。
俺のプレイに対する知識は主に兄と律樹さん、それから病院で教えてもらったことしかない。
あまり思い出したくはないが、兄とのプレイはDomがSubに命令してSubを好き勝手するというものだった。けれどそれとは対照的に律樹さんとのプレイはとても優しくて穏やかなものが多い。たまに、その……アレを触り合いっこしたりすることもあるけれど、それは本当にごく僅かだ。殆どがキスしたり、抱き合ったり、触れ合ったりという内容である。
基本的な知識は入院中、看護師さんや担当医の竹中先生たちから教えてもらった。プレイというのは第二性の欲求を満たす行為であり、人によって様々だが性的なものを含むものもあればコマンドを使って触れ合ったりするだけのものもあるのだと。だから俺にとってのプレイは、律樹さんと触れ合うためのものみたいな認識だった。
俺の思うプレイについて書いた画面を見せた途端、律樹さんはそれはもう大きくて深い溜息を吐き出した。
「うん……わかった……いや、そうなのかなとはたまに思ってはいたんだけど……うん……そっか……」
……どうやら俺は何かをやらかしていたらしい。
俺をぎゅうぅっと強く抱きしめながら律樹さんはもう一度、今度は小さめの溜息を一つこぼした。
「弓月は……俺のことどう思う?」
律樹さんのことをどう思うかって……そりゃあ大好きに決まってる。俺にとっては兄の元から引っ張り出してくれたヒーローだってこともあるが、それをなしにしたとしても俺は多分律樹さんのことが好きだ。この先どれほどの時間が経ったってこれ以上好きだって思える人はいないくらい、大事な人なんだ。
そう書き込めば、背中に回った律樹さんの腕にさらに力が込められた。痛いくらいに抱き締められているのに、その温かさが心地よいと思う。
俺が持っているものなんてたかが知れているし、価値なんてないに等しいかもしれないけれどそれでもこの命でさえも律樹さんにならどうされても良いと思っている。例え兄にされたていたことを律樹さんにされたとしても、きっと俺は喜んで受け入れるだろう。
この辺りはあまり言わない方がいいだろうなと思って書かなかったけれど、これが俺の本心だ。俺自身の想いとSubの欲求との違いなんて俺にもわからないが、きっと全部俺なのかも知れない。
「俺も、大好きだよ」
その言葉に、良かったと安堵する。
しかし律樹さんの表情はまだ少し寂しげだった。
191
お気に入りに追加
1,154
あなたにおすすめの小説
平凡なSubの俺はスパダリDomに愛されて幸せです
おもち
BL
スパダリDom(いつもの)× 平凡Sub(いつもの)
BDSM要素はほぼ無し。
甘やかすのが好きなDomが好きなので、安定にイチャイチャ溺愛しています。
順次スケベパートも追加していきます
悪役令息に転生して絶望していたら王国至宝のエルフ様にヨシヨシしてもらえるので、頑張って生きたいと思います!
梻メギ
BL
「あ…もう、駄目だ」プツリと糸が切れるように限界を迎え死に至ったブラック企業に勤める主人公は、目覚めると悪役令息になっていた。どのルートを辿っても断罪確定な悪役令息に生まれ変わったことに絶望した主人公は、頑張る意欲そして生きる気力を失い床に伏してしまう。そんな、人生の何もかもに絶望した主人公の元へ王国お抱えのエルフ様がやってきて───!?
【王国至宝のエルフ様×元社畜のお疲れ悪役令息】
▼この作品と出会ってくださり、ありがとうございます!初投稿になります、どうか温かい目で見守っていただけますと幸いです。
▼こちらの作品はムーンライトノベルズ様にも投稿しております。
▼毎日18時投稿予定
【連載再開】絶対支配×快楽耐性ゼロすぎる受けの短編集
あかさたな!
BL
※全話おとな向けな内容です。
こちらの短編集は
絶対支配な攻めが、
快楽耐性ゼロな受けと楽しい一晩を過ごす
1話完結のハッピーエンドなお話の詰め合わせです。
不定期更新ですが、
1話ごと読切なので、サクッと楽しめるように作っていくつもりです。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
書きかけの長編が止まってますが、
短編集から久々に、肩慣らししていく予定です。
よろしくお願いします!
いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜
きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員
Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。
そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。
初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。
甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。
第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。
※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり)
※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り
初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。
愛され末っ子
西条ネア
BL
本サイトでの感想欄は感想のみでお願いします。全ての感想に返答します。
リクエストはTwitter(@NeaSaijou)にて受付中です。また、小説のストーリーに関するアンケートもTwitterにて行います。
(お知らせは本編で行います。)
********
上園琉架(うえぞの るか)四男 理斗の双子の弟 虚弱 前髪は後々左に流し始めます。髪の毛の色はご想像にお任せします。深い赤みたいなのアースアイ 後々髪の毛を肩口くらいまで伸ばしてゆるく結びます。アレルギー多め。その他の設定は各話で出てきます!
上園理斗(うえぞの りと)三男 琉架の双子の兄 琉架が心配 琉架第一&大好き 前髪は後々右に流します。髪の毛の色はご想像にお任せします。深い緑みたいなアースアイ 髪型はずっと短いままです。 琉架の元気もお母さんのお腹の中で取っちゃった、、、
上園静矢 (うえぞの せいや)長男 普通にサラッとイケメン。なんでもできちゃうマン。でも弟(特に琉架)絡むと残念。弟達溺愛。深い青色の瞳。髪の毛の色はご想像にお任せします。
上園竜葵(うえぞの りゅうき)次男 ツンデレみたいな、考えと行動が一致しないマン。でも弟達大好きで奮闘して玉砕する。弟達傷つけられたら、、、 深い青色の瞳。兄貴(静矢)と一個差 ケンカ強い でも勉強できる。料理は壊滅的
上園理玖斗(うえぞの りくと)父 息子達大好き 藍羅(あいら・妻)も愛してる 家族傷つけるやつ許さんマジ 琉架の身体が弱すぎて心配 深い緑の瞳。普通にイケメン
上園藍羅(うえぞの あいら) 母 子供達、夫大好き 母は強し、の具現化版 美人さん 息子達(特に琉架)傷つけるやつ許さんマジ。
てか普通に上園家の皆さんは顔面偏差値馬鹿高いです。
(特に琉架)の部分は家族の中で順列ができているわけではなく、特に琉架になる場面が多いという意味です。
琉架の従者
遼(はる)琉架の10歳上
理斗の従者
蘭(らん)理斗の10歳上
その他の従者は後々出します。
虚弱体質な末っ子・琉架が家族からの寵愛、溺愛を受ける物語です。
前半、BL要素少なめです。
この作品は作者の前作と違い毎日更新(予定)です。
できないな、と悟ったらこの文は消します。
※琉架はある一定の時期から体の成長(精神も若干)がなくなる設定です。詳しくはその時に補足します。
皆様にとって最高の作品になりますように。
※作者の近況状況欄は要チェックです!
西条ネア
身体検査
RIKUTO
BL
次世代優生保護法。この世界の日本は、最適な遺伝子を残し、日本民族の優秀さを維持するとの目的で、
選ばれた青少年たちの体を徹底的に検査する。厳正な検査だというが、異常なほどに性器と排泄器の検査をするのである。それに選ばれたとある少年の全記録。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる