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第三章

幕間 後夜祭の裏側で(桃矢視点)

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※少し暗い内容になりますので、ご注意ください。
※このお話を読まなくても本編には差し支えありません。




 僕は打木桃矢、この高校に通う三年生だ。
 今日で長かった文化祭が漸く終わりを告げる。けれど僕の心の中は準備中と同様に――いやそれよりも遥かにドキドキとしていた。

 僕には幼馴染が一人いる。刈谷壱弦という名前の少しやんちゃな男の子だ。家が近く、親同士の仲も良かったため幼い頃からずっと一緒だった。あいつがどう思っているかはわからないけれど、仲はそれなりに良かったと僕は思っている。顔を合わせれば話はするし、たまにお互いの家を行き来して遊んだりもした。
 僕はそんな幼馴染のことが好きだった。自覚したのは中学を卒業する少し前なので、片思い歴は約三年といったところだ。男同士であることや壱弦がNormalであることを考えれば本当は諦めるべきなのかもしれない。けれどそれでも本当に大好きだからこそ引くことも諦めることも容易には出来なかった。

「打木くん、あとは私に任せて行って来て」
「え……?」

 模擬店の後片付けをしている最中、僕と同じ学級委員をしている楠見くすみさんがそう言った。楠見さんは同じ中学の出身で、よくこうして一緒になるので自然とよく話すようになった女子だ。僕に好きな人がいること知っており、いつもこうして気遣ってくれる優しい人である。

「あの噂のダンス、もうすぐ始まる時間だよ」
「噂って……あの、後夜祭で手を繋いだ状態でずっと目を合わせながら踊った二人は結ばれるってやつ?」
「そう、それ。結構真実味があるって話よ」

 それは知らなかったと驚くと、そうでしょうと楠見さんがくすくすと笑う。壱弦を誘えたらいいなぁ、なんて思っていたけれど今のこの片付けの進捗的に難しいかもしれない。そう思っていると急に楠見さんが僕の背中を押した。
 
「ほら、ダンスの時間始まっちゃうよ!」
「えっ?」
「ほらほら、あとは私たちに任せて急いで行っておいで」

 困惑しながら周囲を見回せば、他のクラスメイト達も何かを察したようににこやかな笑顔で手を振っていた。それでも僕だけがこの後片付けから抜けるということに気が引けてしまっている僕の気持ちを察したのか、片付けをしていたクラスメイト達がこちらを見て口を開く。

「委員長、ずっと頑張ってくれてたんだからここは俺たちに任せて楽しんできてよ!」
「準備の時は部活の方でよく抜けさせてもらってたし、片付けくらいはさ」
「文化祭中もずっと仕事してたでしょ、あと少しだけどせめて後夜祭だけでもさ。高校最後の文化祭なんだから!」

 なんだか目の奥が熱くなる。
 最後に楠見さんがほらと言いながら僕の背を押した。

 クラスメイト達から背を押され、グラウンドに辿り着いた時にはもうダンスは始まっていた。三年間、ずっとこの後夜祭中は後片付けに追われていて僕には関係ないと見ないふりをしていたけれど、実際に目の前に広がる光景に胸が高鳴る。
 思わず目を細めてしまうほどに強い夕陽に照らされるグラウンドに鳴り響く軽快な音楽、それに合わせて手を繋ぎながら踊る人たちの姿が僕の目に眩しく映った。

 オレンジ色に染まるグラウンドをぐるりと見渡し、目的の人物を探す。あいつは高校に入ってからこういったイベント毎を少し離れたところから見るようになった。多分、あの子がいなくなってからだ。今ここにあの子がいたらきっと壱弦も――そこまで考えて僕は頭を振った。
 
 あの子はもういない。
 ……僕のせいで、いなくなった。

 壱弦を探す足が止まる。はたして今の僕に想いを告げる資格があるのだろうか。

「ない……よなぁ……」

 沈みゆく夕陽に照らされた僕の影が黒くまっすぐに伸びている。徐々に暗くなっていく周囲が僕の影を取り込んでいく光景をぼんやりと眺めながら、ぎゅっと唇を噛み締めた。

「――ねぇ、さっきのって刈谷でしょ?」

 不意にその声が僕の耳に届いた。刈谷、という言葉にどくんと心臓が跳ねる。

「知ってるの?」
「うん、去年のクラスメイトだよ。刈谷ってあんまり人と関わらないようにしているっていうか……なんか寂しそうな奴ってイメージだったのに、あんな表情するんだね」

 声の聞こえた方に視線を移せば、そこにいたのは隣のクラスの和泉いずみ由紀ゆきだった。隣にいる女性は見たことがあるような気がするが誰かはわからない。

「六花さんはあいつと仲良いの?」
「ふふっ、私はそう思ってるけれどあっちはどうかしら?」
「えー……六花さんとの仲が否定したら……いやでも肯定されたらされたでムカつくな……」

 仲良さげに二人が話す姿を見ていると、和泉と視線がぱちりと合った気がした。しかしそれも一瞬のことで、すぐに視線は逸らされて二人は人混みの中へと消えていく。僕はそんな二人が歩いて来た方向に足を踏み出した。

 暫く歩いていくと、グラウンド周りに設置されている古びたベンチに腰掛けながら項垂れる壱弦の姿を見つけた。やっと見つけたという喜びと声を掛けてもいいものかという戸惑いがせめぎ合い、駆け出しそうになった足がぴたりと動きを止める。まるで地面に縫い付けられたようにぴくりとも動かない。
 折角目の前にいて「壱弦」と名前を呼びさえすれば届く距離にいるのに、俺の口からは乾いた空気がこぼれ出るだけで音にはならなかった。

 伸ばしかけた手を体の横に下ろし、拳を作る。
 僕は昔の意気地なしのままだった。

「――刈谷」

 俺の横を風が通り抜けた。その声にはっと顔を上げる。

「……う、そ……?」

 ベンチに座る壱弦の横に座り、楽しげに話し出すその姿に僕の心臓が嫌な音を立てた。当然のことながら思わず口から溢れ出た疑問に答える声はない。

 僕が最後に壱弦の笑顔を見たのはいつだったか。
 あの子がいなくなってから笑顔を見せることなんて殆どなくなってしまった壱弦。けれど今僕の目の前には壱弦の笑顔が広がっている。

 ――ああ、やっぱり僕じゃあ駄目だったんだ。

 
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