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第三章
五十六話 お仕置き? 後編※
しおりを挟むいつの間にか後頭部に添えられていた手に力が加わる。ぐっと抱え込むように引き寄せられ、額が彼の肩に当たった。首筋に当たる熱に、無意識に息がこぼれる。
「……いい匂い」
「っ、……ッ!」
すん、と顔のすぐ近くで鼻が鳴った。ぬるりとした熱が首筋を這う感覚に息が詰まる。腹の奥底から湧き上がるぞわぞわとした快感に腰が震えた。
「どうされたいか、それともどうしたいのか――教えて?」
囁かれる声と掛かる熱に身を震わせる。
どうされたいかなんて、そんなの、律樹さんにめちゃくちゃにされたいって思ってる。コマンドを浴びせて、俺の自由を奪って、好き勝手して――あれ?俺は……どうしてそう思うんだろう。
俺の奥底に眠る本能が、ただただ律樹さんからの支配を求めているみたいだ。何故とは思うけれど、ふわふわとした思考ではどうしてそう思うのかまでは考えられなかった。
……ああ、どうでもいいか。俺のことをめちゃくちゃにして欲しい。いっぱい触って、動けなくなるくらいにぐちゃぐちゃにして。
「――弓月」
律樹さんの低い声が俺を呼ぶ。彼が今どんな表情をしているのかはわからないけれど、その優しくも欲を滲ませたその声音に脳が痺れた。首筋に感じたちりっとした痛み、それと同時にさっきまでの思考がふわりと溶けていく。
(あ……いま、おれ……なにを……?)
俺を囲う腕の温もりや首筋に掛かる熱にふと我に返る。とはいっても真綿にでも包まれているような感覚は抜けておらず、寧ろ増しているようにさえ思う。
今さっきまで自分の頭の中に思い浮かんでいた思考や欲や感情を思い出すことができない。その代わり、新たな欲が俺の中に生まれた。
人間という生き物は、どんな手段であれ言葉を介してでしか思いを伝えることは出来ない。だから喋れず、かと言って手話も使えない俺の気持ちが律樹さんに伝わる確率なんて、ほぼゼロに等しいと言ってもいいだろう。
けれどただ一つ、今の俺にも伝える手段があることを思い出して背中に指を這わせた。
「うん?……き……す……?ん……じゃあ弓月、Kiss」
背中を指先でなぞって言葉を紡いだ。幸いたった二文字だったおかげか、正しく伝わったようで俺は口許を僅かに緩めた。
背中に回した手を前面に移動し、律樹さんの体に触れる。指先を体に触れさせながら、上へゆっくりと進んでいくと鎖骨らしき骨張った箇所が現れた。そこから僅かに上、首筋辺りに触れた指先からとくとくという脈が伝わってくる。そのままもう少し上がって顎を起点に輪郭をなぞっていくと、やがて滑らかで柔らかな頬らしき場所へと辿り着いた。
律樹さんはどこにしろと指定をしなかった。それは俺のしたいところにしろと言っているんだろうけど、生憎俺にとって律樹さんへのキスはここしか考えられない。
手探りで探し当てたそこに指先をぐっと押し当て、俺はそっと口付けた。ただ押し当てるだけじゃなくて、呼吸までもを食べてしまうくらいに深く重なりあわせる。俺は両手で頬を挟み、律樹さんの唇を夢中で貪った。
瞼を押し上げてもそこは真っ暗な世界だった。
律樹さんの顔が見たい。大好きな琥珀色に見つめられたい。けれどこれは、俺が悪いことをした罰だ。だから律樹さんが外さない限り、俺はこの目隠しを取ることは出来ない。
――いや、違うな。
取ることが出来ないんじゃなくて、取らないんだ。手足を縛られているわけでもないのだから取ろうと思えばいつでも取れる。けれどもそれをしないのは、俺が目隠しをしている間はずっと律樹さんの腕の中にいられることを知っているからだ。
彼からの支配は心地がいい。恋人になったからなのか、以前よりもずっと満たされたような気持ちになる。
足の間で熱を持つ自身のそれが、下着の中で窮屈そうにしているのがわかった。多分完全に勃っている。
律樹さんの足の上、無意識に動いてしまう腰に彼の手が添えられた。突然弱いところを掴まれせいで全身がびくびくと小刻みに震えてしまう。まだまだ肉付きの悪い腰回りをするりと撫でられ、思わず唇を離した。
「……っ!」
「ん……ふふっ、首まで真っ赤になってる」
「……!」
「弓月のそこ、窮屈そうだね。……出したい?」
そう言いながらするりと撫でられ、全身が大袈裟に跳ね上がる。肩に額を当てながら躊躇いがちに小さく頷くと、くすりと笑った律樹さんの指が俺の下着に掛かり、ぐっと下げられた。ぶるんっと勢いよく飛び出した俺のモノが、ぺちんっと弾かれたように俺のお腹を打つ。たったそれだけの刺激でも達してしまいそうだった。
「弓月、次はどうしたいか自分でやってみて」
コマンドをのせた言葉が耳から脳へと届く。
全身が溶けてしまいそうなほどに熱い。
俺は律樹さんの胸に手を添えた。そして徐々に手の位置を下げていき、シャツの裾から手を中に入れて下衣らしきものに手を掛ける。
今律樹さんが着ている服は俺と同じ部屋着だ。腰回りがゴムのため、少し引っ張ればすぐに隙間が出来る。
無意識に喉が鳴った。心臓がドキドキと痛い程に高鳴っている。俺はぐっと唇を引き結びながら、部屋着と下着に引っ掛けた指を下げた。
ぱちんっという音が耳を打った。
突然鳴った破裂音のようなそれに体がびくりと反応する。
「……次は?」
「……っ……!」
ちう、と首筋を吸われて腰が揺れる。頭の中がふわふわとしていて気持ちがいい。
キスがしたい。
律樹さんといっぱいキスがしたい。
けれど首筋に触れる熱がそれを許さない。俺は押し付けていた額の位置を少しずらし、彼の首筋辺りに顔を埋めて舌を這わした。ぺろ、と控えめに舐めながら腰の位置をずらす。もっと律樹さんと触れ合いたくて、彼の首に腕を回して近づいた。
「んっ……弓月、俺がいいって言うまで手を使っちゃ駄目だよ。どんなにイキたくても、絶対に」
いつもの律樹さんよりも幾分か低い声が耳を打つ。興奮してくれているのか、首筋に掛かる彼の呼吸は荒く、熱かった。
律樹さんはわざとなのか、それとも無意識なのか、言葉の全てをコマンドとして発していた。そのため全身が歓喜に震え、蕩けそうなほどに気持ちがいい。
発せられた言葉にこくこくと頭を縦に動かす。それと同時にさらに律樹さんとの距離を縮め、俺たちはピッタリとくっついた。
お互いのモノが触れ、くちゅりと音が鳴る。擦り合わせるように腰を動かすと、目隠しをしているはずの目の前がチカチカと瞬いたような気がした。
「んっ……ふ、……ぅ」
耳のすぐ側で聞こえる彼の耐えるような声に、さらに快感が増していく。けれどやはり物足りない。前回一緒に擦り合わせた時はもっと気持ちが良かったのに、今はなんだかむずむずとして苦しい。
懸命に腰を動かして擦り合わせる。お腹の間に挟まれながらぐちゅぐちゅと音を立てて触れ合うそれはとても熱い。抱きつく腕を強め、腰をさらに律樹さんの方へと寄せる。
「Kiss」
「……っ」
腕を緩め、顔を寄せる。見えていないのに、惹かれ合うように唇同士が重なり合う。口を薄く開口と同時に、口腔中に彼の舌が侵入してきた。歯列をなぞり、舌を絡ませあい、そして上顎を舐め上げられる。律樹さんの舌先が上顎をなぞる度にぴくん、ぴくんと俺のモノと腰が動いた。
淫らな水音と荒い呼吸音が室内に反響する。何度も何度も彼のモノに自分のそれを擦り合わせながら、なんとか快感を拾っていくが決定的な刺激にはなり得ずに熱は籠っていくばかりだ。
気持ちがいいのに達することが出来ないのが苦しい。けれどその苦しさが余計に快感を生み出していく。
律樹さんの手が脇腹を撫でた。その瞬間びくっと体が跳ね、喉がこくりと鳴る。唇が離れ、俺の声なき声が律樹さんを呼んだ。
「――Cum」
「っ、――……ッ!」
コマンドが発せられた瞬間、今までにないくらいの快感が背筋を這い上がった。全身が強張ったかと思えばビクビクッと大きく震え、頭が真っ白になる。折り畳んだ足の下で爪先が布を掻くと同時に腹部が熱に濡れた。
数秒間の後、全身から一気に力が抜けた。しゅるりという衣擦れの音と共に視界に光が差し込む。ふぅ、ふぅと荒い呼吸を整えつつ、急に明るくなった視界を整えるようにぱちぱちと何度か瞬きをした。
頭を持ち上げて律樹さんと顔を見合わせる。今までに見たことのないくらいにぎらついた琥珀色の瞳に、下半身が疼いた。律樹さんが目を細めながら「Goodboy」と発した瞬間、全身をあのふわふわとした感覚が包み込み、もはや全身が溶けてしまったんじゃないかというくらい幸福感や充足感に満たされていく。
口端から涎があふれ、顎を伝ってぽとりと落ちた。まるでもっとというように体が小刻みに震えている。
――もっともっと、いっぱい、めちゃくちゃにして。
俺は口を閉じてこくりと喉を動かした。彼の水分を多く含んだ目を見つめながら目元を和らげる。
ぎらついた琥珀色の瞳の中、蕩けた表情の俺が歪な笑みを浮かべていた。
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