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第三章
五十四話 お仕置き? 前編
しおりを挟む律樹さんが仕事に戻ってすぐ、六花さんから連絡が入った。もし良かったら今から一緒に回らないかというお誘いに俺と壱弦は肯定を返し、それからしばらくして俺たちは彼女と合流した。
休憩場所して提供されている空き教室で、壱弦が持っていた袋に入っていたたこ焼きやお好み焼きといった食べ物を三人で食べていく。飲み物を飲みつつ、談笑を挟みつつのそれはとてもゆったりとしていて楽しかった。そして食べ終わった頃、時刻はちょうど文化祭の終了時刻を示していた。
この学校の文化祭は三日間あるが、その内一日目と二日目は次の日の準備のために終了時刻を早めに設定しているらしい。二日目である今日の終了時刻は午後三時、辺りを見回すと帰宅する一般客の流れが出来ていた。
正門前で壱弦と別れ、俺と六花さんは帰路に着く。彼女の車に乗り込み、助手席から外の景色を眺めていると不意にポケットに入れていたスマホが振動を始めた。そういえばマナーにしていたなとスマホを取り出し、新着メッセージを確認する。それは律樹さんからだった。
俺は運転中の六花さんを邪魔しないように、信号が赤になったタイミングで彼女の腕を引いてスマホの画面を見せた。
「ん?……なるほど、わかったわ。じゃあ……そこのスーパーに寄りましょうか」
一瞬目を通しただけで律樹さんが言いたかったことが分かったようで、六花さんは返事をしてからすぐに道沿いにあったスーパーの駐車場に車を止めた。
スーパーで律樹さんから頼まれた食材を買い込んで再び車に乗り込み、家に着いた時にはすでに陽が傾きかけていた。オレンジ色の光が辺り一面を照らし出している。その光景がなんだか綺麗で、俺と六花さんはお互いに顔を見合わせながらくすくすと笑った。
六花さんはこの後今日会った知り合いの方たちと食事に行くらしい。スーパーで買った食材を冷蔵庫に入れてすぐに帰って行った。
一人になった家の中、俺はぼふんと居間のソファーに倒れ込むように寝転んで見慣れた天井を見上げた。さっきまで文化祭という喧騒の中にいたからか、この静けさがほんの少し寂しく感じる。節の多い木目の天井をぼんやりと眺めながらほっと息を吐き出した。
そうこうしているうちにいつの間にか眠っていたらしい。つい先程まで窓から差し込んだオレンジ色の光によって明るく照らされていた室内だが、今は暗い。ポケットに入れていたスマホを取り出して時間を確認すると、時刻はもう夜だった。
寝転んでいた身体を起こし、辺りを見回す。どうやらまだ律樹さんは帰ってきていないようで人の気配はない。
今日は六時くらいには帰ると聞いていたけれど、もしかすると立て込んで遅くなっているのかもしれない。明日の用意とか職員会議とか、俺たちが知らない仕事が沢山あるのだろうが、それでも早く会いたいなと思った。
そんな事を考えていたタイミングで玄関からガチャガチャという音が聞こえてきた。続いて扉が開く音がしたかと思えば、ただいまという律樹さんの声も聞こえてくる。
俺はソファーから立ち上がり、玄関へと向かった。出迎えようと顔を覗かせた先、律樹さんは文化祭の最中に会った時の服装のままそこに立っていた。
「ただいま、弓月。お風呂は入った?」
入ってないというようにふるふると頭を振れば、じゃあ一緒にシャワー浴びようかと提案された。勿論、とそれに首肯する。すると律樹さんの表情が少し和らいだ気がした。
そんなやりとりの後すぐに二人でお風呂場に行き、身体を綺麗にした。部屋着に着替えた後、少しの間それぞれの時間を過ごす。それぞれの時間とは言っても律樹さんはキッチンで料理、俺は自室で勉強だ。
一時間が経過した頃、ご飯ができたという律樹さんの掛け声に居間に行くと、そこにはいつも通り美味しそうな料理が並べられていた。きっと律樹さんはすごく疲れているだろうに、それでもこうして俺のためにと栄養バランスの考えられたご飯を作ってくれる。そのことに感謝しながら、俺は今日も美味しいご飯をありがたくいただく。
食べ終わった後は一緒に歯を磨きをした。もうこれはルーティーンだ。食べたら磨くというお約束だ。
律樹さんも疲れているだろうし、今日はプレイはしないだろうと思いながら居間へと踏み出した足がぴたりと止まる。振り返った先、俺の手を掴んだ律樹さんを見ると、彼は真剣な眼差しで俺を見ていた。
「弓月」
「……?」
名前を呼ばれ、少し高い位置にある律樹さんを見上げる。何か言いたげなな琥珀色にどうしたのと首を傾げれば、手首を掴んだ彼の手に力が込められた。
「……こっち来て」
手首をぐいっと引かれ、思わずタタラを踏む。律樹さんが手を引いたまま歩き出し、俺は困惑しながらも引かれるがままについて行った。
そうして着いたのはいつも俺が夜お邪魔している律樹さんの部屋だった。
扉を開け、律樹さんはさらにずんずんと中に入って行く。その後を足がもつれそうになりながら追っていると、彼はベッドの手前でぴたりと足を止めた。それに倣い、俺も同じように止まる。
「……昼間会った時に言った事、覚えてる?」
「……?」
「お仕置き、だよ」
「……!」
手首からしっかりと繋がっていたはずの温もりが離れて行く。律樹さんの口から発せられるお仕置きという言葉に、全身が歓喜するようにぶるりと震えた。お仕置きとは本来悪い事をした者が受ける罰なのに、どうしてか俺の身体は恐怖を覚えるどころか喜んでいるようだ。
「ふふっ……そんなに期待してたの?」
「……っ」
「Kneel」
発されたコマンド通りに床にぺたんと座り込む。まだ一発目のコマンドだというのにもう気持ちがいい。ふわふわとした心地の中、けれどその中に微かな違和感を感じた。
俺と目線を合わせるように律樹さんが床にしゃがみこむ。それでもまだ少し高い位置にある彼の顔を見上げると、彼の指先がそっと俺の輪郭をなぞった。触れられたところから湧き上がるぞくぞくとした感覚に思わず目を閉じる。
「Look」
しかし閉じた瞼はすぐにコマンドによって開くこととなった。ふるりと睫毛を震わせながらそっと目を開くと、こちらを見つめる琥珀色の瞳と視線がかち合う。それと同時に律樹さんがふっと微笑んだ。
「じゃあここからはお仕置き、ね」
「……?」
そう言って立ち上がった律樹さんがベッドの横にある引き出しから布のようなものを取り出した。よく見るとそれは黒いハンカチのようなものだ。
綺麗な指先が黒い布を何度も折り重ねていく。やがて布は指三本か四本分の太さのリボンのように細長い姿に変わっていった。それを手に持った律樹さんが俺の背後に回り込んだ。
「……怖かったら手を三回叩いて」
「……っ」
背後からそう囁かれると同時に、目の前が真っ暗になった。目の辺りが柔らかな何かで擦れている。耳のすぐ近くで聞こえてくる衣擦れの音に、今目を覆っているものの正体を知った。
正直に言えば、目隠しにいい思い出はない。
あの頃を思い出さないと言えば嘘になる。けれど不思議と恐怖は感じなかった。
それはきっと相手が律樹さんだということ、そして薬とは違って目隠しというのが俺にとって見たくないものを見えなくする一つの手段になっていたからかもしれない。それは一種の逃避行動のようなものだが、あの頃はそう思っていないと心が持たなかった。
「……怖い?」
不安げに発せられたその言葉に、俺はふるふると頭を横に振った。怖くないよと口を動かせば、近くで律樹さんが安堵したような吐息をこぼしたのがわかった。お仕置きをする側だというのに、律樹さんの方が緊張しているらしい。
「弓月、Come」
「……?」
身体はコマンドに反応するものの、彼の居場所がわからなくて戸惑う。辺りを見回すように頭を動かしながら声の場所を探っていくと、何度目かの呼びかけで漸く声の方向を捉えることができた。そのまま座ったままゆっくりと声のある方へと移動して行く。
「弓月」
すぐ近くで聞こえた声に、ぴくりと身体が跳ねた。どうやらあっていたらしい。手を彷徨わせ、指先に温もりが触れると同時にほっと息を吐き出した。
「Kiss」
「……っ」
指先に感じる温もりを頼りに、恐る恐る手を上に上げて行く。ここは膝、ここは多分お腹でここが胸……という風に徐々に位置を上げていくと、漸く俺の手が彼の肩らしきところに辿り着いた。確かめるように何度か動かした後、俺はその手を彼の顔の方に移動させて行く。
「弓月の好きなところにして」
顎に触れた手を少し上にずらすと、親指にふにと柔らかな感触が伝わってきた。俺はその指の位置を頼りに顔をゆっくりと近づけて行く。鼻先が触れ、そしておそらく唇が触れた。
彼の肩を掴むように両手を移動させ、唇を押し当てる。深く深く夢中で押し当てていると、ぬるりとした熱いものが俺の唇に当たった。驚いて体を引こうとしたが、それよりも早くしっかりとした腕が腰に回って阻止される。
「……っ、……」
「Open」
唇が触れたまま、律樹さんはそうコマンドを発した。その瞬間、お腹の奥がずくんと疼く。
口を開くと同時に熱くてぬるぬるとしたものが口内に入ってきて、俺の舌はあっという間に飲み込まれた。
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