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第三章

四十七話 いざ文化祭へ

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 学校に向かう途中に寄ったのは洋菓子店だった。
 入り口に書いてある開店時間は十時。今まさに開店したばかりだというのに駐車場はほとんど満車だ。運良く一台のみ空いていた駐車スペースに車を停めた六花さんは、俺に一言残したあと一人お店の中へと入っていった。
 十分程で戻ってきた彼女の手には紙袋一つ。どうやら洋菓子の詰め合わせを受け取りに来たようだ。なんでも今日チケットをくれた方と直接会うのは久々のことらしく、お礼も兼ねて相手の好きな洋菓子を手土産として渡すのだそうだ。

 洋菓子店を出て少し行くと、もうそこは目的地だった。乗ってきた車を駐車場に停め、そこから正門まで歩いていく。壱弦との待ち合わせ時間まではあと十分ほど、今から正門までゆっくり歩いたとしても余裕で間に合うだろう。
 前回律樹さんと一緒に歩いた道のりを、今日は六花さんと歩いていく。もう二度とここに来ることはないと思っていたのに、まさかもう一度があるとは思わなかった。
 ほんのり色付きかけている木々を見上げながら、俺たちはゆっくりと正門に向かって歩みを進めていった。

「あっ!弓月!」

 歩みを進めるごとに大きくなっていく賑やかな喧騒。スマホ片手にきょろきょろと辺りを見回していると、一際大きな声が耳に届いた。
 正門のすぐ横、俺に向かって大きく手を振っていたのは壱弦だった。以前会った時は制服姿だったが、今日は文化祭ということもあり、黒地に白の細かな模様が入っているTシャツにジャージだろう紺色の短パンという服装である。
 なるほど、これがクラスTシャツというものなのかと興味津々で黒いTシャツを眺めていると、後ろで立っていた六花さんが俺の横に立ってにっこりと笑った。

「初めまして、瀬名六花です。あなたが刈谷くんかしら?」
「あ、はい。俺が刈谷壱弦ですが、ええと……ん?」

 何かが引っ掛かったらしい壱弦が、ぽかんとした顔で六花さんを見つめながら首を傾げる。するとそんな壱弦の反応が楽しかったのか、六花さんが口元に手を当ててくすくすと笑った。

「ふふっ……あっ、私、そろそろ行かないと。壱弦くん、弓月くんのことお願いしてもいいかしら?」
「あ、はい!任せてください!」
「ふふっ、じゃあまた後でね」

 左手首につけた腕時計を見た六花さんがひと足先に正門から中へと入っていく。ひらひらと手を振った彼女に応えるように俺も小さく手を振りながら、受付を済ませて人混みの中へと消えていくその背中を見送っていた。

「……じゃあ、俺たちも行くか」

 六花さんの姿が完全に見えなくなると同時に、いつの間にか隣に立っていた壱弦がそう言って俺を見る。俺も同じように見返すが、壱弦は俺よりも背が高いのでどうしても見上げる形になってしまうのが少し悔しく感じた。
 俺はボディーバッグからスマホを取り出すと、入力した文字を見せるように画面を向ける。

『六花さんはりつきさんのお姉さんだよ』
「りつきさん……えっ、は?え……?」

 驚く壱弦に俺はこくりとひとつ頷いた。

「あー……誰かに似てるなとは思ったけど……そっかぁ……確かに瀬名先生に似てるわ……」
『似てるよね。俺も最初びっくりした』

 そう言って笑うと、壱弦も同じように眉尻を下げながら困ったように笑った。
 
 ふと壱弦の顔が赤いことに気がついた。よく見れば額には薄らと汗が浮かんでいる。今日はいい天気で、秋にしては気温も高いので確かに少し暑いかもしれない。それに今いる場所は日陰のない日光が直に当たる場所だ。
 俺はぽちぽちとスマホに文字を打ち込み、その画面を壱弦へと見せた。
 
『暑い?日陰行く?』
「ん?あ、ああ……大丈夫」

 さっきよりもほんの少し赤みが増した肌に心配になる。しかし壱弦は眉尻を下げながら大丈夫だと笑うだけだった。
 
『ほんと?』
「うん、本当。……あ、これチケットな。ほら」

 はい、と差し出された黄色のチケットを受け取る。ありがとうと口を動かしながら笑うと、さっと視線を逸らされてしまった。突然顔を逸らされた意味がわからなくて彼の服を軽く引っ張る。くいくい、と小さく引っ張っていると、不意に壱弦の手が俺の手首を掴んだ。

「?」
「……あんまり、そんな可愛いことしないでくれ」
「……??」
「っ……はあぁ……」

 小さく何かを呟いたらしいが、周りが声が大きくてうまく聞き取れなかった。もう一度言ってと服を軽く引っ張りながら首を傾げるが、壱弦はちらりとこっちを見るだけでそれ以上何かを言う気はないらしく黙ったままである。それどころか俺の顔を見て大きく溜息を吐いた。

(えっ……俺なんかしちゃった……?)

 溜息を吐かれるようなことをしてしまったのだろうかと俺の頭の中は疑問符でいっぱいになっていく。でもいくら考えてもわからないし、思い当たる節がほとんどない。
 片手で顔を覆って俯いている壱弦をおろおろとしながら様子を窺うが、やっぱりわからない。取り敢えずというように掴まれたままの手首をくいっと引っ張ると、ようやく壱弦が顔を上げた。

「……ごめん、大丈夫、落ち着いた。……よし、受付行くか」
「……っ?」
 
 俺の手首から壱弦の手が離れていく。しかしその代わりにと言ったふうに差し出された手に、俺は首を傾げた。

「ほら……その、逸れたら……だめ、だから」

 そう言って壱弦が俺の手のひらに自分のそれを重ねた。
 律樹さんの手よりも少し小さくてしっとりとした手。それなのに律樹さんみたいにごつごつとしているその手に、心臓が僅かに跳ねる。
 なんだか今すぐに律樹さんに会いたくなった。けれどそれは出来ない。いくら文化祭とはいえ、律樹さんは今仕事をしているのだからと、俺はとくとくと早くなる鼓動を落ち着かせるようにそっと息を吐き出した。

 受付を通って敷地内に入ると、以前とは全く違う光景が広がっていた。まあ前回来た時は日曜日だったので人を見かけることはほとんどなかったのだが、今回は文化祭ということもありかなり人が多い。逸れないようにとしっかり繋がれた手だけが頼りなような気がして、俺は繋いだ手に力を込めた。

「弓月はどこ行きたい?」
『壱弦のクラスに行くんじゃないの?』
「あー……うん、まあ……そうなんだけど……」
「……?」

 まずは壱弦のクラスがしているという屋台に行くのかと思っていた俺は、その歯切れの悪い返事に首を傾げた。

「うーん……行ってもいいんだけど、今はちょっと……あいつがいるんだよなぁ……」

 ぼそっと呟かれた言葉に、俺は壱弦の顔を見上げた。どうやら今は行きたくない理由があるらしい。
 俺はスマホをパーカーのポケットに入れると、さっき受付で貰った紙をバッグから取り出して広げた。今いるところはここだから……と現在地を中心に視線を動かしていく。さっきまで困り顔でうんうん唸っていた壱弦が横から紙を覗き込んできていた。

「……縁日なんてのもあるのか」

 耳のすぐ近くで聞こえた声にぴくりと肩が跳ねる。その反応が縁日という言葉に対しての反応だと思ったらしい壱弦が、こっちと俺の手を引っ張った。
 いきなりのことに戸惑う俺に、振り返った壱弦がにっこりと笑う。その笑顔が眩しくて、俺は思わず目を細めた。


 
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