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第三章

四十話 文化祭へのお誘い 前編

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 初デートの翌日、俺はいつも通り与えられた自室で一人勉強をしていた。タブレットを使用しての勉強にも大分慣れてきて、問題を解く速さも格段に上がってきているように思う。
 今学習しているのは高校一年生の内容なので、高校三年間の内容を全て勉強しようとするとまだまだ先は長いように思えるが、それでも少しずつわからないところをわかるようにしていくのは楽しかった。

 夕方も過ぎてもうすぐ夜という頃、壱弦からメッセージが届いた。なんでも九月の最後の週に高校の文化祭があるらしい。なるほど、だから最近の律樹さんは普段よりもさらに忙しさに拍車がかかっていたのかと納得する。

『壱弦はなにするの?』
『模擬店というか屋台?』

 確かに文化祭といえば展示や演劇、模擬店というイメージがある。展示や演劇も楽しそうではあるが、模擬店にはやっぱり憧れがあった。多分この間見たテレビの影響かもしれない。
 いいなぁ……俺も行ってみたいなぁなんて思いながら壱弦にメッセージを送ればそんな返事が来た。

『屋台?』
『うちのクラスはたこ焼きだってよ』
『たこ焼き!』

 いいなぁ、いいなぁ!と自分が参加するわけでもないのに内心ワクワクする。
 というのも俺は粉物全般が好きなのだ。その中でも特にたこ焼きが好きで、今度家でたこ焼きパーティーをしようねと律樹さんとも約束をしているくらいだ。たこ焼きって、齧ると中からとろりとした生地と弾力のあるたこが出てくるんだよね……ああ、食べたいなぁ。

『そういえば弓月ってたこ焼き好きだったっけ?』
『うん、好き』

 テレビ電話でもないのにこくこくと首を縦に振りながらそう返す。だって美味しいからねと心の中で付け加えながら返信を待つが、数分経っても返信は返ってこない。
 それまでは一分も掛からずに返ってきていたのにどうしたんだろうと首を傾げながら、もしかして俺今変な言葉を送ったっけとやりとりを確認してみるが特におかしなところはなさそうだ。
 きっと壱弦も文化祭の準備や勉強で忙しいんだろう。そうざわざわとする自分の心を落ち着かせるように、一旦机の上にスマホを置いて勉強の続きをすることにした。
 
 そうして十分が経過した頃、ピロンという電子音と共に俺もよく使うとてもいい笑顔のうさぎが親指を立てているスタンプが返ってきた。
 続けてメッセージが届いたのを見て、どうやら俺が何かしたわけではなくてただ忙しかったのだとわかって、俺はほっと息を吐いた。

『それでさっき伝えた日程なんだけどさ、弓月空いてる?』

 文化祭は三日間あるらしい。律樹さんと共有しているカレンダーアプリを見てみると、一日目以外は特に用はなさそうだったのでそう送る。まあそうは言っても一日目のこの日は朝から病院に行くだけなので本当は午後からは空いているのだが、病院に行った後はいつも疲れてしまうのでこの日は勉強もお休みだ。

 しかしどうして俺に予定を聞いたんだろう。俺は生徒じゃないから文化祭には関係がないのでは、と首を捻っているとピロンとスマホが音を立てた。

『もしよかったら文化祭に来ないか?』

 その言葉に俺は目をぱちくりと瞬かせる。
 見間違いだろうかと目を擦ったりしてみるが、やはりそこには文化祭へのお誘いが書かれていた。

 文化祭とは学校の行事だ。だから誘われたもののそもそも俺なんかが行ってもいいのかがわからない。
 俺は『俺生徒じゃないけど』とスマホに打ち込んで……消した。これは言わなくていいことだと思ったのだ。俺がもう生徒じゃないことくらい俺も壱弦もわかってる。それをあえて言葉にするのはほんの少し躊躇われた。

 でも本当は行ってみたい、行けるなら高校の文化祭に行ってみたいとは思っている。けれどそれと同時に怖いなとも思うのだ。
 俺が返事に迷っていると、再びピロンと新着メッセージを告げる電子音が鳴った。

『文化祭の二日目と三日目は一般開放するんだ。まあ一般開放って言っても、俺たち生徒や先生達からチケットをもらった人しか入れないんだけどな』

 なるほどと思うと同時に、あれ?という疑問も浮かぶ。生徒や先生達からチケットをもらわなければならないということはつまり、チケットを持っていない俺にはそもそも行く権利がないってことだ。
 チケットがないから行けないということは簡単だけど、それを送れば催促しているように思われないだろうかと不安になる。文字を打ち込んでは消し、また打ち込んでは消してを繰り返していると再び電子音が受信を告げた。

『瀬名先生から貰ってたらそれで良いんだけど、もし持っていなかったらチケットは俺が渡すから安心して。俺は裏方だから当日は暇なんだ。もし来れるなら俺に案内させてほしい』

 チケットが一人当たり何枚貰えるのかはわからない。そんな貴重なものを俺に渡してもいいのかななんて思っていると、続けてメッセージが送られてくる。

『返事はすぐじゃなくても良いから』

 俺もう塾の時間だからまたな、というメッセージを最後にやりとりが終わった。

 深く息を吐きながら勉強机に突っ伏す。
 行きたい行きたくないで言えば、もちろん行ってみたい。けれどもやっぱり怖いとも思ってしまう自分がいる。

 指先でシャーペンを転がしながらまた溜息を吐く。壱弦は俺を案内してくれると言ったが、きっと俺は彼の思うような反応が出来ないだろう。声が出ないから話しかけられても上手く答えられないし、昨日の律樹さんとのお出掛けみたいに人酔いをするかもしれない。
 
 様々な不安ごとが波のように襲ってきて、俺は耐えるようにぎゅっと目を閉じた。

 
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