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第三章
幕間 高校最後の文化祭(壱弦視点)
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※このお話は弓月と再会する前の刈谷壱弦のお話です。
梅雨も明け、もうすぐ高校最後の夏がやってくる。
開け放った窓から聞こえてくるのは耳を劈くほどの蝉の大合唱とそれに紛れるように聞こえてくる人の声。この窓はグラウンドに面しているので、恐らくどこかのクラスが外で体育の授業をしているのだろう。
机の天板に肘を置き、頬杖をつきながらグラウンドを見てみれば、案の定そこでは他クラスの生徒たちがサッカーをしているところだった。
俺はこの春、高校三年生になった。
高校三年生といえば高校生の中でも最上級生であり、そして受験生である。俺の通うこの高校は所謂進学校のためか就職する人間はほとんどおらず、ほぼ全員が進学を希望しているらしい。
受験生は受験生らしく、一に勉強二に勉強というように常に勉強が付きまとう。徐々に増えていく模試に、土日休みが消えていくなんてのは当たり前になりつつあった。
正直勉強漬けの毎日でも構わないのだが、時々息苦しく感じることがある。
俺は何をやってるんだろうとか、こんなに勉強しても受からないかもとか、そんなネガティブな言葉がたまに思い浮かぶんだ。そんな時は、他の奴らは頑張っているのにどうして俺はこんなことを考えているんだとか自己嫌悪に陥ることも多くて、余計に頭を抱えることになる。
まあつまりは、勉強ばかりで息が詰まって頭がおかしくなりそうってことだ。
本当は逃げ出したい、全て投げ出してどこかに行きたいなんて思っているのに、それをすれば後々困るのは自分だとわかっているからこそ実行ができない。
勉強勉強の毎日に嫌気が差したところで、俺たち受験生はこの現実から逃れることなんて出来やしないんだ。
そんな俺たちにも楽しみというものは存在する。それは修学旅行や体育祭、そして文化祭などの学校行事だ。
受験生であっても堂々と息抜きや気晴らしをすることが出来、目一杯楽しむことができるイベントこそ受験生には必要だろう。
しかし生憎この高校の修学旅行は一年生の時に行われる。進学校だからなのか、二年生三年生になれば驚くほど勉強に時間が取られていくので、一年生の時にはそんなことを考えずに沢山楽しめよという教師陣からのメッセージじゃないかと誰かが言っていたっけ。
なので三年生にもなると専ら楽しみは体育祭と文化祭だった。
「壱弦、お前はどれにすんの?」
不意に名前を呼ばれ、室内へと視線を戻す。
後ろの席に座る友人が指し示す方を見れば、このクラスの学級委員のうち一人が教壇の前に立ち、もう一人が忙しそうに黒板に文字を書き連ねているところだった。一番右端に書かれた『文化祭』の文字に、そういえば九月にするんだったかと思い出す。
先週体育祭が終わったばかりだというのにみんな元気だなぁなんて思いながら、まあそれもそうかと思う。高校生活最後とも言える娯楽なのだ。楽しみじゃないわけがない。
教室内を見回すと、最近ピリつきかけていた空気が一気に緩い感じに戻っている。隣の席に座っている女子は前の席の女子と仲良さげにくすくすと笑っており、なんとも和やかな空気だった。
(……なんでここにあいつがいないんだろうな)
演劇や展示、模擬店など項目が書き連ねられていく文字を目で追いながら、俺はふぅと息を吐き出した。
脳裏に浮かぶのは一人の人間――俺の親友。
中学の頃から仲良くなり、ともに受験勉強を頑張って一緒にこの学校に入学したはずの俺の大事な友達。けれど今はこの校舎のどこを探しても彼はいない。
高校一年生の春、ある日突然俺の目の前からいなくなってしまった。
あいつが急にいなくなってもう二年が過ぎた。
もしもあのまま一緒に学校に通っていたら、今頃は俺もあいつとあんな風に笑い合っていられたのかななんて思う。イベント毎が好きだったからきっと文化祭だって楽しみにしていたに違いない。
ここにあいつがいたら、そう考えない日は一日たりともなかった。
確かに俺にはあいつ以外にも友人はいる。
……でも、やっぱり何かが足りない気がした。
「んー……めんどくないやつ」
「ははっ、確かに」
笑う友人を尻目に、俺は窓の外へと視線を戻した。
それなりに毎日楽しくはやれていると思う。けれどそれだけだ。あいつが消えたあの日から胸にぽっかりと穴が空いてしまったように、俺の中には常に空虚感が付きまとっている。
「文化祭実行委員に立候補してくれる方は挙手をお願いします」
その声に再び視線を教壇前にいる二人に戻すと、ぱちりと学級委員の片方と目があった。何か言いたげに眉を顰めながら俺を見たそいつ――打木桃矢は、俺と目が合ったとわかるとすぐに視線を逸らした。
なんだあいつと思わなくもないが、残念なことにこれはいつものことだ。どうせ俺のことが気に食わないとかそんなとこだろう。
俺と桃矢は所謂幼馴染という奴である。
家が近く、親同士が仲が良いため昔はよく遊んでいたテンプレのような関係。親達の前ではそれなりに話したりもしていたが、それすらもしなくなったのはいつからだったか。まあ幼馴染だなんだといっても俺と桃矢は特別仲が良いというわけではないので、睨まれること自体は全く気にはしていないのだが。
(……言いたいことがあるなら直接言えっての)
そう思っていても口にしないのはお互い様かと自嘲気味に笑い、俺は深く溜息をついた。
多数決の結果、俺たちのクラスは模擬店をすることとなった。漫画とかでありがちなメイド喫茶や女装男装喫茶などという意見も出たが、結局衣装を作る手間や費用のことを考え、シンプルにグラウンドで出す屋台となった。
今回のホームルームで決まった文化祭実行委員達が今日の放課後に開かれる委員会で屋台を勝ち取れれば、このまま希望通り進めていくことができるだろう。
しかし問題は勝ち取れなかった場合だ。それまでに出ていた意見を纏めればメイド喫茶や男装女装喫茶である。どうするんだろうなぁと他人事のように黒板を見つめていると、いつの間にか書き込まれていたコスプレ喫茶になったようだ。
まあ結論から言えば、俺たちのクラスは無事屋台を勝ち取ることが出来た。コスプレ喫茶にならなくてよかったとほっとしながら、俺はいつものように窓の外に視線を移した。
梅雨も明け、もうすぐ高校最後の夏がやってくる。
開け放った窓から聞こえてくるのは耳を劈くほどの蝉の大合唱とそれに紛れるように聞こえてくる人の声。この窓はグラウンドに面しているので、恐らくどこかのクラスが外で体育の授業をしているのだろう。
机の天板に肘を置き、頬杖をつきながらグラウンドを見てみれば、案の定そこでは他クラスの生徒たちがサッカーをしているところだった。
俺はこの春、高校三年生になった。
高校三年生といえば高校生の中でも最上級生であり、そして受験生である。俺の通うこの高校は所謂進学校のためか就職する人間はほとんどおらず、ほぼ全員が進学を希望しているらしい。
受験生は受験生らしく、一に勉強二に勉強というように常に勉強が付きまとう。徐々に増えていく模試に、土日休みが消えていくなんてのは当たり前になりつつあった。
正直勉強漬けの毎日でも構わないのだが、時々息苦しく感じることがある。
俺は何をやってるんだろうとか、こんなに勉強しても受からないかもとか、そんなネガティブな言葉がたまに思い浮かぶんだ。そんな時は、他の奴らは頑張っているのにどうして俺はこんなことを考えているんだとか自己嫌悪に陥ることも多くて、余計に頭を抱えることになる。
まあつまりは、勉強ばかりで息が詰まって頭がおかしくなりそうってことだ。
本当は逃げ出したい、全て投げ出してどこかに行きたいなんて思っているのに、それをすれば後々困るのは自分だとわかっているからこそ実行ができない。
勉強勉強の毎日に嫌気が差したところで、俺たち受験生はこの現実から逃れることなんて出来やしないんだ。
そんな俺たちにも楽しみというものは存在する。それは修学旅行や体育祭、そして文化祭などの学校行事だ。
受験生であっても堂々と息抜きや気晴らしをすることが出来、目一杯楽しむことができるイベントこそ受験生には必要だろう。
しかし生憎この高校の修学旅行は一年生の時に行われる。進学校だからなのか、二年生三年生になれば驚くほど勉強に時間が取られていくので、一年生の時にはそんなことを考えずに沢山楽しめよという教師陣からのメッセージじゃないかと誰かが言っていたっけ。
なので三年生にもなると専ら楽しみは体育祭と文化祭だった。
「壱弦、お前はどれにすんの?」
不意に名前を呼ばれ、室内へと視線を戻す。
後ろの席に座る友人が指し示す方を見れば、このクラスの学級委員のうち一人が教壇の前に立ち、もう一人が忙しそうに黒板に文字を書き連ねているところだった。一番右端に書かれた『文化祭』の文字に、そういえば九月にするんだったかと思い出す。
先週体育祭が終わったばかりだというのにみんな元気だなぁなんて思いながら、まあそれもそうかと思う。高校生活最後とも言える娯楽なのだ。楽しみじゃないわけがない。
教室内を見回すと、最近ピリつきかけていた空気が一気に緩い感じに戻っている。隣の席に座っている女子は前の席の女子と仲良さげにくすくすと笑っており、なんとも和やかな空気だった。
(……なんでここにあいつがいないんだろうな)
演劇や展示、模擬店など項目が書き連ねられていく文字を目で追いながら、俺はふぅと息を吐き出した。
脳裏に浮かぶのは一人の人間――俺の親友。
中学の頃から仲良くなり、ともに受験勉強を頑張って一緒にこの学校に入学したはずの俺の大事な友達。けれど今はこの校舎のどこを探しても彼はいない。
高校一年生の春、ある日突然俺の目の前からいなくなってしまった。
あいつが急にいなくなってもう二年が過ぎた。
もしもあのまま一緒に学校に通っていたら、今頃は俺もあいつとあんな風に笑い合っていられたのかななんて思う。イベント毎が好きだったからきっと文化祭だって楽しみにしていたに違いない。
ここにあいつがいたら、そう考えない日は一日たりともなかった。
確かに俺にはあいつ以外にも友人はいる。
……でも、やっぱり何かが足りない気がした。
「んー……めんどくないやつ」
「ははっ、確かに」
笑う友人を尻目に、俺は窓の外へと視線を戻した。
それなりに毎日楽しくはやれていると思う。けれどそれだけだ。あいつが消えたあの日から胸にぽっかりと穴が空いてしまったように、俺の中には常に空虚感が付きまとっている。
「文化祭実行委員に立候補してくれる方は挙手をお願いします」
その声に再び視線を教壇前にいる二人に戻すと、ぱちりと学級委員の片方と目があった。何か言いたげに眉を顰めながら俺を見たそいつ――打木桃矢は、俺と目が合ったとわかるとすぐに視線を逸らした。
なんだあいつと思わなくもないが、残念なことにこれはいつものことだ。どうせ俺のことが気に食わないとかそんなとこだろう。
俺と桃矢は所謂幼馴染という奴である。
家が近く、親同士が仲が良いため昔はよく遊んでいたテンプレのような関係。親達の前ではそれなりに話したりもしていたが、それすらもしなくなったのはいつからだったか。まあ幼馴染だなんだといっても俺と桃矢は特別仲が良いというわけではないので、睨まれること自体は全く気にはしていないのだが。
(……言いたいことがあるなら直接言えっての)
そう思っていても口にしないのはお互い様かと自嘲気味に笑い、俺は深く溜息をついた。
多数決の結果、俺たちのクラスは模擬店をすることとなった。漫画とかでありがちなメイド喫茶や女装男装喫茶などという意見も出たが、結局衣装を作る手間や費用のことを考え、シンプルにグラウンドで出す屋台となった。
今回のホームルームで決まった文化祭実行委員達が今日の放課後に開かれる委員会で屋台を勝ち取れれば、このまま希望通り進めていくことができるだろう。
しかし問題は勝ち取れなかった場合だ。それまでに出ていた意見を纏めればメイド喫茶や男装女装喫茶である。どうするんだろうなぁと他人事のように黒板を見つめていると、いつの間にか書き込まれていたコスプレ喫茶になったようだ。
まあ結論から言えば、俺たちのクラスは無事屋台を勝ち取ることが出来た。コスプレ喫茶にならなくてよかったとほっとしながら、俺はいつものように窓の外に視線を移した。
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