クリスタルの封印

大林 朔也

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切望 1

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 リアムは魔王と名乗るアンセルに敵意を剥き出しにした。右手は、激しい怒りと憎しみで震えていた。ユリウスを奪ったドラゴンの息子であるアンセルが許せなかったのだ。
 フィオンの体を包み込んでいく恐怖と絶望をもたらす漆黒の影は、どんどん色濃くなっていくばかりだった。

「リアム!どういう事なの?
 あなたが、フィオンを?あんなにフィオンと仲良くしていたのに…。どうして…どうして、こんな事を?」
 と、エマは驚き叫んだ。
 杖の先からは黒い煙が出ている。ダンジョンを歩くに連れてフィオンに起こった体の異変は、リアムが関係していると分かったのだった。

 リアムは悲しい瞳でエマを見てから、ゆっくりと口を開いた。

「全ては、僕が引き起こしました。
 魔法使いの子供たちを救わなければなりません。
 誰も助けてくれないから…僕が犯したのです。
 数百年間耐えてきましたが、もう限界なんです…。もう…疲れたんです…。
 人間に虐げられるのはもう我慢できません。僕たちは生きているんです。
 僕は皆んなの暮らしを…魔法使いの自由を…取り戻したい。
 その為には、ここに来なければならなかった。
 僕たちには、救いの光が必要なんです」
 リアムが暗く沈んだ表情で言うと、杖の先から出ている黒い煙は色濃くなった。

「何を…言ってるの…?全てを、引き起こしたって…?
 それに…救いの光って…」
 と、エマが言った。

「フィオンさんが新たな力を手にするまで、まだ少し時間がかかります。それまで、僕と話をしましょうか。
 僕の魔法は、フィオンさんの体を既に覆い尽くしています。
 下手にフィオンさんに触ると死んでしまいますから、余計な事はしないで下さいね」
 リアムは刺々しい口調で言うと、邪魔をされないようにアンセルとマーティスを睨みつけた。
 リアムは右手でしっかりと杖を持ったまま、茫然と立っているエマを見てから、沈痛な面持ちをしているアーロンに目を向けた。

 リアムは恐ろしい日々を思い出し、一瞬、体を震わせた。
 いつもの穏やかなリアムとは別人のように低く怒りに満ちた声で、捲し立てるように話し出した。

「この世界に異変を引き起こしたのは、僕だ。
 オラリオンの魔法使いである僕が引き起こした。
 だから、全てが聖なる泉から始まった。疫病と歌は、闇の魔法を使って、流行らせたんだ。
 普段は自由を奪われ、暗く澱んだ室に閉じ込められているが、僕は忘却の呪文を唱える時にだけは外に出られる。
 その時を、狙った。
 忘却の呪文を唱える前後に、側近を少しの間だけ眠らせてから城の塔の壁に闇の魔法陣を描いて呪文を唱え、少しずつ疫病を流行らせ、空を飛ぶ鳥を使って人間の耳元に歌を届けさせた。鳥たちも、喜んで協力してくれたよ。
 あの御方の魔力を直接注ぎ込んでいただいたことで、僕は闇の魔法が少しだけ使えるんだ。魔力を膨大に使うので、とても時間がかかったけどね。
 そう…人間の醜悪さを曝け出させねばならない。
 降りかかる脅威に対して、人間は助け合うことなく、憎み合って暴力的になるという愚かさを曝け出させねばならない。
 そうする事によってのみ、その時を、早められる。
 人間が美しさを見せなければ、闇の魔法の威力は消えることなく、魔法陣は黒き輝きを放ち続ける。
 ちょっと背中を押してやるだけでいい、実に簡単だったよ」
 リアムの目は血走り、荒々しい光を放った。そして、恨みのこもった目でアーロンを見た。

 魔法使いの室で何が起こっているのかを知っているアンセルとアーロンは言葉も出なかった。
 エマはその言葉で、魔法使いたちの腕の痕を思い出した。

 あのゾッとするような悍しい光景は、彼等にとっては日常であり、心と体の地獄の日々は数百年も続いている。地獄の日々に慣れなどない。
 安らぎも救いも見出せない絶望の日々を送ってきたリアムを前にしてかけられる言葉はなかった。
 いや、どうして軽々しく言葉をかけることができようか?
 それが出来るというのであれば、リアムの心の叫びを全く理解していないということだろう。

「人間の国王は、愚かで醜い。
 僕の計画通りに動いてくれた。
 人間なんてのはね、自分を守る為なら、平気で他者を傷つけて陥れる生き物だ。
 特に権力者は、自分より弱い者に責任を押しつけて、相手の首を切ってでも自分の地位を守ろうとする。
 甘い汁を吸い続けてきた金と権力と欲にまみれた異常者だ。
 その性質を、利用したんだ。
 魔法使いの子供たちを救う為には、何としてもダンジョンに潜り、クリスタルの封印を解かねばならない。
 けれど、僕は自由に外には出れない。
 だから、堂々とダンジョンに向かうことができる方法を考えた。
 すると、魔物の存在が浮かんだ。
 国難に対して何の対処も出来なければ、国王の権威は失墜する。国民も不平不満の果てに反乱を起こすかもしれない。
 あの時のように大きな反乱が起きる事を恐れて、国王はヨカラヌコトを企むだろうと考えた。
 真実などなくても、事態を収束させる事さえできれば、奴等は満足する。そういう生き物だ。
 国王は、勇者と魔法使いをダンジョンに向かわせるだろうと思っていた。
 それに本当に魔物が這い出してくる日が来ると思えば、三日月が輝く度に、奴等は枕を高くして寝れない。
 自分たちの愚かな罪が、言葉を喋る魔王によって、白日の下に晒される日が来る。
 ずっと恐れていた事が、現実になる。
 国王にとっても、好都合だっただろう。堂々とクリスタルを破壊できる理由ができたのだから。
 国王は嬉々としながら、勇者と魔法使いを選んだ。
 本当に…奴等は悔い改めることなく、国王であり続けることしか考えていなかった。
 その為ならば、何度も何度も愚かな事を繰り返す。
 国王だけじゃなく、国民もそうだった。
 魔物なんて誰も見ていないのに、誰も声を上げなかった。
 流されるままに、噂を真実だと思い込み、自らの目で確かめることなく行動する。
 魔物の使いとされた者を拷問し、残虐行為も平気でやってのける。火のない所にも煙は立つ。立たせる悪意のある者が人間の中には沢山いる。
 自らの安全だけを願う者、薄っぺらい偽の正義感に突き動かされる者、正義の名のもとに日頃の鬱憤を晴らしている者、そういう連中が沢山いる。
 その後で無実だったと分かったとしても、連中は「すまなかった」と言うだけだ。そうして、すぐに忘れる。
 自分がした事を、真実の意味では何も分かっていない。「すまなかった」で終わる話ではない。
 誰かを死に追いやった。或いは、死にたくなるような気持ちにさせたということが、まるで分かっていない。
 国王も国民も、どれほど人間がいようが変わらない!
 こんな事ができる人間が「美しい」とは聞いて呆れる!
 そうやって、この世界はここまで腐り果てた。
 だからこそ、神の許しは出たんだ!」
 リアムの顔は憎しみで歪んだ。杖先の黒い煙が風で消えると、額をおさえ、目を大きく見開きながら静かに笑った。

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