クリスタルの封印

大林 朔也

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アンセルと勇者 4

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 それから数日が経った頃、ダンジョンの封印が解かれた地響きの音が20階層にも響いた。ユリウスの目覚めを告げるように、広場の天井と床が激しく揺れ動いた。

 やがてアンセルの耳にも、槍の勇者の呻き声が聞こえるようになった。まだ20階層にも到達しておらず、広場の扉も固く閉めているというのに、確かにその声を聞いたのだった。
 その呻き声で、アンセルの全身に鳥肌が立った。ユリウスのカケラが両腕を通じて体の中に入り込み、自身を支配していた感覚を強烈に思い出した。近づいてくる足音も耳に響き、その力が迫っていると感じると、心臓は大きく高鳴った。
 心を落ち着かせようと剣の柄に手を触れると、深呼吸を繰り返しながらミノスの顔を思い浮かべたのだった。


 やがて広場の扉が開くと、輝く鎧に身を包んだ勇者と小さな魔法使いの姿が見えた。先頭を歩くのは、威厳に満ちたグレーの瞳をした男だった。油断なく目を注ぎ、警戒しながら突き進んできた。
 互いの顔がはっきりと分かるところまで来ると、アーロンは目の前の男が人間に似ていることに少し驚いた顔をしながら立ち止まった。

 アンセルとアーロンは黙ったまま、互いの顔を見据えた。

 アーロンは相手が敵意や憎悪の感情を抱いていて、攻撃を仕掛けてくるつもりなのかを慎重に鋭い目で見続けた。

 アーロンは金色の瞳をした男は偉丈夫だと思った。男が持っている十字型の鍔が特徴のロングソードに視線を向けた。
 その剣に刻まれた紋章に気づくと、アーロンは驚きの色を浮かべた。その紋章は、ゲベートの紋章だった。
 鞘も柄も輝くような金色で、華美過ぎる装飾が施されていたが、紛れもなく選ばれたる隊長のみが持つことができる剣だった。
 その剣は、かつての剣の勇者が携えていた剣で間違いないだろう。数百年経とうが、剣の輝きを維持できるほどの技術を持っている。
 クリスタルの秘密を知りたいアーロンは、目の前の男が、人間の言葉を話すことが出来るかもしれないという期待を抱きながら金色の瞳を見つめた。

「勇者よ、何を求めてやって来た?」
 突然、金色の瞳をした男は落ち着いた声で勇者にそう呼びかけた。

 アーロンとエマは人間の言葉を流暢に話す男に驚き、瞬時に武器を手にすると、剣を鞘から抜いて男に剣先を向け、弓の弦に矢を番えた。
 しかし、アンセルは剣を鞘から抜かなかった。
 マーティスは黙ったまま事の成り行きを見守っていたが、いつでも白き杖を掲げられるように、勇者には見えないように白き杖を握り締めていた。
 
 すると、アーロンが口を開いた。

「僕たちを、勇者と知っている貴方は何者ですか?何故、貴方は、その剣を持っているのですか?」
 アーロンは厳しい目をしながら言った。

 しかし目の前の人間に似た男は金色の瞳を光らせるだけで、何も答えなかった。

「20階層に待ち受けているのは、魔物だと思っていました。
 ですが、貴方方は僕たちと変わりません。
 そのような姿をしている方が魔物であるのならば、僕たちは重大な思い違いをしているのかもしれません。
 貴方方は、何者なのですか?」
 アーロンはもう一度金色の瞳をした男に正体を尋ねた。

 アンセルはアーロンの澄んだグレーの瞳を見つめた。剣を向けてはいるが剣を振り下ろしてこないと分かると、ゆっくりと口を開いた。

「魔物だ」
 と、アンセルは言った。

 アーロンの目は険しくなった。
 言葉を理解しながら、あまり話そうとしない尊大な相手を険しい表情で見据えた。

「それでは、貴方は数百年前の魔物の末裔か?
 僕たちに危害を加えようとして待ち構えていたということか?剣を携えているのは、その為か?
 何故、はっきりと喋らぬ?
 魔物といいながら、人間の言葉を話す方よ」
 アーロンは詰問するような口調で言うと、冷たい眼差しを向けた。


「勇者よ、ならばお前がまず名を名乗られよ。
 このダンジョンにやってきたよそ者がまず名乗るべきだろう。
 そうすれば俺も名を言い、お前の知りたい話もしよう」
 と、アンセルも厳しい口調で言った。

 すると、アーロンはアンセルに向けていた剣を下ろした。姿勢を正してから、今度は対話を求めるかのように穏やかな表情で口を開いた。

「失礼しました。
 僕は、アーロンと申す者。
 ゲベート王国第1軍団騎士団隊長に任ぜられています。
 王命により剣の勇者となり、世界を救う為にダンジョンに来ました。
 ここに封印されているクリスタルが、世界を救う何らかの鍵を握っているのではないかと思っています」


「剣の勇者、アーロンよ。
 俺はドラゴンの息子、アンセル。
 魔王であり、このダンジョンを治めている。
 剣を携えているのは守る為である。
 お前たち人間を傷つける為ではない。
 お前たちが俺に敵意を持ち剣を振り下ろすのでなければ、俺はこの剣を鞘から抜くことはない」
 と、アンセルは言った。

 アーロンはアンセルを鋭い瞳で見つめた。自らを魔王と名乗る男の言葉が、真実であるのかを見定めようとした。

「俺は人間に対して何の敵意も持ってはいない。
 このダンジョンの封印を、頼みもしないのに勝手に破られたことを迷惑に思っているぐらいだ。
 クリスタルの真実について知りたいのであれば、まず剣を鞘に納められよ。それから話をしようではないか」
 と、アンセルは言った。

 アンセルの堂々とした振る舞いは、信用に値するものだとアーロンに思わせた。相手を安心させてから傷つけるような類の者ではないと思ったのだった。
 彼が述べた言葉以上に立派な佇まいに、アーロンは高潔な騎士の姿をアンセルに見た。
 剣を向けられながらも剣を抜かず、対話をしようと求めてきている以上、自らも剣を鞘に納めて言葉を交わさなければならない。
 なぜなら自分は騎士であり、野蛮人ではないのだから。
 それに自分は勇者であり、その名に相応しい行動をせねばならないとアーロンは思った。

 アーロンが剣を鞘に納めると、エマも矢を筒に戻し弓を下ろした。

「驚かされることばかりです。
 何からお聞きしたらいいのか分からなくなります。
 疑問に思うことがあまりに多すぎて…一体どうなっているのか…」
 と、アーロンは呟いた。

「アンセル殿よ、お聞きしたいことが沢山あります。
 このダンジョンは一体どうなっているのですか?
 どういうわけでドラゴンの貴方が、そのような人間に似た姿をしているのですか?
 どうして人間の言葉を話すことができるのですか?
 それにダンジョンは内側からも封印されていたのに、どうやって僕たちがここに来ることが分かったのですか?」
 アーロンは矢継ぎ早に質問してから、今度は低い声で最も知りたい事を尋ねた。

「クリスタルの真の意味を教えてください。封印された恐ろしい秘密が知りたい。
 一体、何者が、封印されているのですか?」
 アーロンは強い眼差しを向けながら言った。

 その瞬間、アンセルは広場に流れる風が変わったように感じた。
 アンセルが口を開こうとした瞬間、フィオンがその場にドサリと崩れ落ちた。

 広場に入ってから気力で立ち続けていたフィオンだったが、ついに彼の心を掴み取っていたその男の力は強く動き出したのだった。

 アンセルは倒れた槍の勇者の体を包み込んでいく漆黒の影を見た。

 そして槍の勇者の側には、敵意のこもった目でアンセルを見つめる魔法使いが立っていた。

「ようやくだ…ようやく、その時が来た。
 僕の魔法が、ようやく届いた。
 さぁ、僕たちの光をかえしてもらおう!」
 と、リアムが大きな声で叫んだ。




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