178 / 214
アンセルと勇者 4
しおりを挟むそれから数日が経った頃、ダンジョンの封印が解かれた地響きの音が20階層にも響いた。ユリウスの目覚めを告げるように、広場の天井と床が激しく揺れ動いた。
やがてアンセルの耳にも、槍の勇者の呻き声が聞こえるようになった。まだ20階層にも到達しておらず、広場の扉も固く閉めているというのに、確かにその声を聞いたのだった。
その呻き声で、アンセルの全身に鳥肌が立った。ユリウスのカケラが両腕を通じて体の中に入り込み、自身を支配していた感覚を強烈に思い出した。近づいてくる足音も耳に響き、その力が迫っていると感じると、心臓は大きく高鳴った。
心を落ち着かせようと剣の柄に手を触れると、深呼吸を繰り返しながらミノスの顔を思い浮かべたのだった。
やがて広場の扉が開くと、輝く鎧に身を包んだ勇者と小さな魔法使いの姿が見えた。先頭を歩くのは、威厳に満ちたグレーの瞳をした男だった。油断なく目を注ぎ、警戒しながら突き進んできた。
互いの顔がはっきりと分かるところまで来ると、アーロンは目の前の男が人間に似ていることに少し驚いた顔をしながら立ち止まった。
アンセルとアーロンは黙ったまま、互いの顔を見据えた。
アーロンは相手が敵意や憎悪の感情を抱いていて、攻撃を仕掛けてくるつもりなのかを慎重に鋭い目で見続けた。
アーロンは金色の瞳をした男は偉丈夫だと思った。男が持っている十字型の鍔が特徴のロングソードに視線を向けた。
その剣に刻まれた紋章に気づくと、アーロンは驚きの色を浮かべた。その紋章は、ゲベートの紋章だった。
鞘も柄も輝くような金色で、華美過ぎる装飾が施されていたが、紛れもなく選ばれたる隊長のみが持つことができる剣だった。
その剣は、かつての剣の勇者が携えていた剣で間違いないだろう。数百年経とうが、剣の輝きを維持できるほどの技術を持っている。
クリスタルの秘密を知りたいアーロンは、目の前の男が、人間の言葉を話すことが出来るかもしれないという期待を抱きながら金色の瞳を見つめた。
「勇者よ、何を求めてやって来た?」
突然、金色の瞳をした男は落ち着いた声で勇者にそう呼びかけた。
アーロンとエマは人間の言葉を流暢に話す男に驚き、瞬時に武器を手にすると、剣を鞘から抜いて男に剣先を向け、弓の弦に矢を番えた。
しかし、アンセルは剣を鞘から抜かなかった。
マーティスは黙ったまま事の成り行きを見守っていたが、いつでも白き杖を掲げられるように、勇者には見えないように白き杖を握り締めていた。
すると、アーロンが口を開いた。
「僕たちを、勇者と知っている貴方は何者ですか?何故、貴方は、その剣を持っているのですか?」
アーロンは厳しい目をしながら言った。
しかし目の前の人間に似た男は金色の瞳を光らせるだけで、何も答えなかった。
「20階層に待ち受けているのは、魔物だと思っていました。
ですが、貴方方は僕たちと変わりません。
そのような姿をしている方が魔物であるのならば、僕たちは重大な思い違いをしているのかもしれません。
貴方方は、何者なのですか?」
アーロンはもう一度金色の瞳をした男に正体を尋ねた。
アンセルはアーロンの澄んだグレーの瞳を見つめた。剣を向けてはいるが剣を振り下ろしてこないと分かると、ゆっくりと口を開いた。
「魔物だ」
と、アンセルは言った。
アーロンの目は険しくなった。
言葉を理解しながら、あまり話そうとしない尊大な相手を険しい表情で見据えた。
「それでは、貴方は数百年前の魔物の末裔か?
僕たちに危害を加えようとして待ち構えていたということか?剣を携えているのは、その為か?
何故、はっきりと喋らぬ?
魔物といいながら、人間の言葉を話す方よ」
アーロンは詰問するような口調で言うと、冷たい眼差しを向けた。
「勇者よ、ならばお前がまず名を名乗られよ。
このダンジョンにやってきたよそ者がまず名乗るべきだろう。
そうすれば俺も名を言い、お前の知りたい話もしよう」
と、アンセルも厳しい口調で言った。
すると、アーロンはアンセルに向けていた剣を下ろした。姿勢を正してから、今度は対話を求めるかのように穏やかな表情で口を開いた。
「失礼しました。
僕は、アーロンと申す者。
ゲベート王国第1軍団騎士団隊長に任ぜられています。
王命により剣の勇者となり、世界を救う為にダンジョンに来ました。
ここに封印されているクリスタルが、世界を救う何らかの鍵を握っているのではないかと思っています」
「剣の勇者、アーロンよ。
俺はドラゴンの息子、アンセル。
魔王であり、このダンジョンを治めている。
剣を携えているのは守る為である。
お前たち人間を傷つける為ではない。
お前たちが俺に敵意を持ち剣を振り下ろすのでなければ、俺はこの剣を鞘から抜くことはない」
と、アンセルは言った。
アーロンはアンセルを鋭い瞳で見つめた。自らを魔王と名乗る男の言葉が、真実であるのかを見定めようとした。
「俺は人間に対して何の敵意も持ってはいない。
このダンジョンの封印を、頼みもしないのに勝手に破られたことを迷惑に思っているぐらいだ。
クリスタルの真実について知りたいのであれば、まず剣を鞘に納められよ。それから話をしようではないか」
と、アンセルは言った。
アンセルの堂々とした振る舞いは、信用に値するものだとアーロンに思わせた。相手を安心させてから傷つけるような類の者ではないと思ったのだった。
彼が述べた言葉以上に立派な佇まいに、アーロンは高潔な騎士の姿をアンセルに見た。
剣を向けられながらも剣を抜かず、対話をしようと求めてきている以上、自らも剣を鞘に納めて言葉を交わさなければならない。
なぜなら自分は騎士であり、野蛮人ではないのだから。
それに自分は勇者であり、その名に相応しい行動をせねばならないとアーロンは思った。
アーロンが剣を鞘に納めると、エマも矢を筒に戻し弓を下ろした。
「驚かされることばかりです。
何からお聞きしたらいいのか分からなくなります。
疑問に思うことがあまりに多すぎて…一体どうなっているのか…」
と、アーロンは呟いた。
「アンセル殿よ、お聞きしたいことが沢山あります。
このダンジョンは一体どうなっているのですか?
どういうわけでドラゴンの貴方が、そのような人間に似た姿をしているのですか?
どうして人間の言葉を話すことができるのですか?
それにダンジョンは内側からも封印されていたのに、どうやって僕たちがここに来ることが分かったのですか?」
アーロンは矢継ぎ早に質問してから、今度は低い声で最も知りたい事を尋ねた。
「クリスタルの真の意味を教えてください。封印された恐ろしい秘密が知りたい。
一体、何者が、封印されているのですか?」
アーロンは強い眼差しを向けながら言った。
その瞬間、アンセルは広場に流れる風が変わったように感じた。
アンセルが口を開こうとした瞬間、フィオンがその場にドサリと崩れ落ちた。
広場に入ってから気力で立ち続けていたフィオンだったが、ついに彼の心を掴み取っていたその男の力は強く動き出したのだった。
アンセルは倒れた槍の勇者の体を包み込んでいく漆黒の影を見た。
そして槍の勇者の側には、敵意のこもった目でアンセルを見つめる魔法使いが立っていた。
「ようやくだ…ようやく、その時が来た。
僕の魔法が、ようやく届いた。
さぁ、僕たちの光をかえしてもらおう!」
と、リアムが大きな声で叫んだ。
0
お気に入りに追加
2
あなたにおすすめの小説
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
パワハラ女上司からのラッキースケベが止まらない
セカイ
ライト文芸
新入社員の『俺』草野新一は入社して半年以上の間、上司である椿原麗香からの執拗なパワハラに苦しめられていた。
しかしそんな屈辱的な時間の中で毎回発生するラッキースケベな展開が、パワハラによる苦しみを相殺させている。
高身長でスタイルのいい超美人。おまけにすごく巨乳。性格以外は最高に魅力的な美人上司が、パワハラ中に引き起こす無自覚ラッキースケベの数々。
パワハラはしんどくて嫌だけれど、ムフフが美味しすぎて堪らない。そんな彼の日常の中のとある日の物語。
※他サイト(小説家になろう・カクヨム・ノベルアッププラス)でも掲載。
蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる
フルーツパフェ
大衆娯楽
転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。
一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。
そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!
寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。
――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです
そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。
大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。
相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。
ぐれい、すけいる。
羽上帆樽
現代文学
●時間は過ぎる。色を載せて。
近況報告代わりの日記帳です。描いてあるのは、この世界とは別の世界の、いつかの記録。とある二人の人生の欠片。1部1000文字程度、全50部を予定。毎週土曜日に更新します。
性奴隷を飼ったのに
お小遣い月3万
ファンタジー
10年前に俺は日本から異世界に転移して来た。
異世界に転移して来たばかりの頃、辿り着いた冒険者ギルドで勇者認定されて、魔王を討伐したら家族の元に帰れるのかな、っと思って必死になって魔王を討伐したけど、日本には帰れなかった。
異世界に来てから10年の月日が流れてしまった。俺は魔王討伐の報酬として特別公爵になっていた。ちなみに領地も貰っている。
自分の領地では奴隷は禁止していた。
奴隷を売買している商人がいるというタレコミがあって、俺は出向いた。
そして1人の奴隷少女と出会った。
彼女は、お風呂にも入れられていなくて、道路に落ちている軍手のように汚かった。
彼女は幼いエルフだった。
それに魔力が使えないように処理されていた。
そんな彼女を故郷に帰すためにエルフの村へ連れて行った。
でもエルフの村は魔力が使えない少女を引き取ってくれなかった。それどころか魔力が無いエルフは処分する掟になっているらしい。
俺の所有物であるなら彼女は処分しない、と村長が言うから俺はエルフの女の子を飼うことになった。
孤児になった魔力も無いエルフの女の子。年齢は14歳。
エルフの女の子を見捨てるなんて出来なかった。だから、この世界で彼女が生きていけるように育成することに決めた。
※エルフの少女以外にもヒロインは登場する予定でございます。
※帰る場所を無くした女の子が、美しくて強い女性に成長する物語です。
小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話
矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」
「あら、いいのかしら」
夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……?
微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。
※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。
※小説家になろうでも同内容で投稿しています。
※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。
カメラとわたしと自衛官〜不憫なんて言わせない!カメラ女子と自衛官の馴れ初め話〜
ユーリ(佐伯瑠璃)
ライト文芸
「かっこいい……あのボディ。かわいい……そのお尻」ため息を漏らすその視線の先に何がある?
たまたま居合わせたイベント会場で空を仰ぐと、白い煙がお花を描いた。見上げた全員が歓声をあげる。それが自衛隊のイベントとは知らず、気づくとサイン会に巻き込まれて並んでいた。
ひょんな事がきっかけで、カメラにはまる女の子がファインダー越しに見つけた世界。なぜかいつもそこに貴方がいた。恋愛に鈍感でも被写体には敏感です。恋愛よりもカメラが大事! そんか彼女を気長に粘り強く自分のテリトリーに引き込みたい陸上自衛隊員との恋のお話?
※小説家になろう、カクヨムにも公開しています。
※もちろん、フィクションです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる