クリスタルの封印

大林 朔也

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かつての決戦 3

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 突然、鎖を擦り合わせたような恐ろしい金属音が響き渡った。
 勇者が驚きながら広場中を見渡すと、音がより一層大きくなった。恐ろしい黒馬の角で串刺しにされながら殺された者たちの叫び声と泣き喚く声も混ざり合い、この世界の闇に立ち向かおうとしない勇者に「裁きを下せ」と騒ぎ立て始めたのだった。

 勇者の顔が真っ青になると、怨みの声を鎮めようとする澄んだ声が響き渡った。

「分かりました。 
 この場所が、何なのか教えましょう。  
 この場所は審判をくだす場。
 闇は全てを覆い尽くし、3つの国に絶望をもたらしましょう」
 ユリウスの声はダンジョンを貫き、天に向かって放たれたようだった。

「十分な時間と友を与えましたが、何の意味もありませんでして。
 私は失望しました。
 人間とは全く変わらない。
 いえ、あの頃よりもさらに醜くなったようです。
 勇者でありながら保身を選び、権力に従い、本来あらねばならない姿から目を逸らしました。
 その醜さは、美しき者たちの輝きすらも飲み込みました。
 先程の言葉が、証明しました。
 その力を手にしていながらも、魔王の正体を暗に教えられ気付いていながらも、全ての国民を救おうという望みは抱きませんでした。
 選ばれたる者でありながら、自らの幸せしか願わない」
 ユリウスの表情は険しく、漆黒の瞳は鋭い光を放った。

 ユリウスは槍の勇者から槍を奪うと、槍の勇者の心臓を刺し貫いた。鎧は簡単に粉々になり、ソニオ王国の紋章が刻まれた兜はへし曲がった。
 その体は槍で貫かれただけなのに、まるで鎖で引き裂かれたかのような残酷さとなっていた。
 ユリウスは冷たい目で死体を見下ろしながら、槍を真っ二つに折った。

 ドラゴンは槍の勇者を守ろうとしたが、ユリウスの動きは風のようで何も出来なかった。


 その手で、人間を殺し、闇へと導く、審判が下された。
 この時より、ユリウスはまとう光を闇に変えた。
 絶望をまとい、全てを恐怖に飲み込む漆黒の存在へと姿を変えたのだった。
 美しい瞳は今まで押さえ込んできた人間への憎しみで燃え上がり、体からは怒りのような黒い煙が立ち上った。
 広場中が激しい怒りと失意、そして落胆で溢れかえった。

 長い時間を与えられていながらも勇者は恐れの感情を振り払えず、ユリウスが願った「答え」を口にすることはなかった。それが、彼の怒りをより一層激しいものに変えたのだった。
 
 剣の勇者と弓の勇者は体中に戦慄が走り、立っていることも出来なくなった。
 ユリウスの激しい怒りは、勇者の立ち向かう心を全て喰らい尽くした。

 ユリウスは恐ろしくも美しい形相で、目の前の2人の男とドラゴンを見据えながら、折れた槍から大切な魔法使いの子供たちを救い出した。
 闇を統べる魔法使いの王の手に血水晶は優しく包まれると、包み込んだ手の隙間から恐ろしい呪縛を解こうとする光が漏れ出した。

 しばらくすると土となって王の指先から流れ落ち、床に落ちる前に消えていった。ようやく自由の身となったのだ。

 ユリウスは跪くと、子供たちの魂が苦しみから解き放たれ、自由と癒しに満ちた空へと導かれるように祈りを捧げた。
 黒い煙が蠢く天井から、子供たちを導く希望の光が射すと、ユリウスは感謝を述べてから立ち上がった。
 今まで以上に背が高くなったように見え、這いつくばった勇者をみる漆黒の瞳が残酷に光った。

「お前たちは、いつまでそうしているつもりだ!
 そのまま無様に這いつくばり、人間の世界に終焉をもたらすか!」
 ユリウスの声は凄まじく、今までのような優しさは全くなかった。

「我が、彼等を守る!
 我は誓い通りに、全てを賭して彼等を助けよう!
 勇者よ、立ち上がれ!真の勇者となるのだ!
 まだ希望は消えてはいない!絶望に立ち向かうのだ!」 
 と、ドラゴンは大きな声を出した。

 這いつくばったままの勇者を守るように、ユリウスと勇者の間に立った。
 恐ろしい絶望に勇気をもって立ち向かえとばかりに金色の瞳を光らせながら勇者を振り返った。

 しかし、勇者は呆然としたまま立ち上がろうともしなかった。

「ほぅ…キサマの役割を果たすか。
 だがな、口先ばかりの言葉ではならぬ。私の前で嘘をつくことはできない。
 見るがよい!奴等を!恐れを抱いたまま這いつくばり朽ち果てていくだけだ。
 キサマはどうやって、この愚か者共を守り抜くつもりだ?
 キサマが与えた力だけでは、垂れ込めた絶望は切り裂けぬ。偽の勇者では何も見出せぬぞ」

「全てを賭して、勇者を、助けよう。
 それが我の役割、我の炎の意味。
 我の誓いを果たそうぞ」
 ドラゴンの金色の瞳はメラメラと燃え上がった。
 圧倒的な力を前にしても屈しない不屈の精神を、その身をもって勇者に示そうとした。


「まだ…戦えます…」
 その姿を見た剣の勇者はヨロヨロと立ち上がった。転がっている剣を掴んで柄を握りしめると、武器の血水晶が赤く輝いた。

「ならぬ!ユリウスに対して魔法は使ってはならぬ!
 お前が使っていいのは、我が力を与えた勇者が持つ武器だけだ!
 剣の勇者として挑まなければならない!統べる者に対して、魔法は使ってはならぬ!」
 と、ドラゴンは叫び声を上げた。

「統べる…者?」
 
「ユリウスは魔法使いの王だ。
 これはお前たち人間の国王と意味するところが全く違う。
 光と闇の全てを治めている。
 全ての魔法が、ユリウスの前に跪く。
 特にお前は攻撃魔法だ。ユリウスに攻撃魔法を放てば凄まじいほどの威力となって、我等に跳ね返ってくる。
 それに、お前は、魔法を使ってはならない!」
 ドラゴンはもう一度大きな声で叫んだ。

「やってみなければ分かりません!
 彼を倒さねば!仲間である槍の勇者を殺したのですから!」
 
「待て!ならぬ!!」
 ドラゴンは声を限りに叫んだが、もう遅かった。

 剣の勇者は攻撃魔法を放った。
 赤い閃光が魔法使いの王に向かって飛んでいくと、床が恐怖でガタガタと揺れ動いているようにドラゴンには感じた。

 ユリウスは、ただ微笑んだ。

 赤い閃光は急に向きをかえた。
 統べる者を攻撃させようとした愚か者に対して、凄まじい音を発し、燃えたぎる怒りをあらわにした。
 赤い閃光は高い天井まではね上がり、恐ろしい死の光のような赤い炎に姿を化えて、罪人に襲いかかる地獄の業火のように降り注いだ。
 床は向かってくる炎にうめき声をあげて激しく揺れ動いた。かつての陰惨な光景を、大地が思い出したのかもしれない。何処からともなく聞こえ始めたのは、絶望と恐怖に追いかけられながら逃げ惑った人々の叫び声であった。少し遅れて、黒馬の甲高い嘶きが混じっていく。
 地中深くに作られたダンジョンを取り囲む灰が染み渡った土は、全てを覚えていたのだった。


 降り注ぐ炎の凄まじさと恐ろしい悲鳴を聞いた勇者は、地べたに体を投げ出して手を耳に押し当てた。
 死を覚悟したが、漆黒のドラゴンは勇者を守ろうと、立派な両翼を広げた。雄叫びを上げると、途切れのない炎を口から吐き出した。

 凄まじい炎と守ろうとする炎が混じり合い、勇者は炎に包まれていなくても熱量によって大量の汗が噴き上がり、生きながら焼かれているような感覚におちいった。
 目の前で身を挺して守るドラゴンの勇姿を、勇者たちは瞬きをすることも忘れて見続けた。

 ユリウスが止めを刺すかのように右手の人差し指を動かすと、小さな赤い閃光が放たれた。
 微かな閃光なのだが、炎の勢いは数段増した。ドラゴンは炎に押されて、その場に崩れ落ちた。

 勇者は助かった。

 しかしドラゴンの両翼は焼け爛れ、聞くも恐ろしい声を出しながらのたうち回った。翼は至るところに穴があき骨は大部分が溶けてしまい、もう2度と空を飛ぶことは出来なかった。力の差は歴然だった。敵うはずなどなかった。

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