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旅路 9
しおりを挟むそれから数日が経った。最果ての森に着いてから、はじめて霧が立ち込めた。立ち込める霧はいよいよ濃くなり、勇者は進むべき道を見失い、ついに歩くのをやめて立ち止まったのだった。
ユリウスは後ろを振り返ると、急にその時が来たかのように微笑みを浮かべた。
「霧が濃くなってきました。この先の道を見てきます。
皆様は、どうかこちらでお待ちください。
決してここから動いてはなりません。
これは私との約束です」
ユリウスはそう言うと、森の奥深くへと歩き出した。
その後ろ姿を見て、少し怖くなった弓の勇者が魔法使いに向かって手を伸ばしたが、その手も声も届くことはなかった。
夜も更けた頃にユリウスは戻り、勇者を見ながらこう言った。
「この先にダンジョンを作りました。ダンジョンは魔物が好む香りで満ち、霧によって魔物は誘導されるでしょう。
あと2日もすれば、この森に潜んでいる全ての魔物がダンジョンの中に入るでしょう。
ダンジョンの中で、魔王を見つけ出さねばなりません。もう少しだけ、私と話をしながら待ちましょう」
ユリウスは仄暗い不気味な月の光に照らされながら言うと、地面に座る勇者を見下ろしたのだった。
その夜は、重苦しい空気が流れていた。
真夜中になっても霧が最果ての森を覆い尽くし、勇者の未来を暗示しているかのようだった。
※
崩れた石のゴロゴロとした足場の悪い崖で、霧に包まれながらその男は立っていた。草も花も咲かず、鳥もとまらず、何者も寄り付かない場所だった。今にも崩れてしまいそうな切り立った崖の下は、夜の海が怒り狂ったように波を打ちつけていた。
その男は夜風に吹かれながら、悲しい歌を歌っていた。
「ユリウス」
夜の闇に紛れながら、ゆっくりと姿を現したのはドラゴンだった。
彼等のいる場所の霧だけが消え、輝く星々の下では真っ暗な沈黙が流れた。
「私に話でもあるのか?」
と、ユリウスは問うた。
「何故、ここにダンジョンを作った?」
と、ドラゴンは言った。
「ドラゴン、それは愚かな問いであるぞ。
分からぬか?ここは、最果ての森である」
ユリウスの声は冷たく、ドラゴンはユリウスの氷のように美しい顔を見つめた。
「では、答えてやろう。
私たちには役割がある。特別な役割があるからこそ、特別な力を賜った。
私は、人間を滅ぼさねばならない。
しかし、私は魔法使いでもある。そこに魂への祈りがある。
人間が神の願った美しいものであれば、私は滅びの時を延ばさなければならない。
この2つをはかりにかけなければならない。
私が滅びを選び、闇へと導く魔法陣を描けば、天上の怒りが3つの国の大陸に降り注ぐ。
全てを焼き払い、全てを灰にかえる。
今度の炎は、前回以上となるであろう。聖なる泉を破壊せねばならないのだから。神の涙を地上から消し去らねばならない。何らかの影響はこの最果ての森にも及ぶかもしれぬ。
だからこそ、ダンジョンの中に人間以外の生き物を避難させる。彼等は救わねばならない生命なのだから。
前回と同様に人間以外の全ての生き物を移動させ、人間だけを3つの国の大陸に残して、私の軍を率いて殺し燃やし尽くす。
ドラゴン…悲しいものよな。
この旅路で、私は勇者と話し合った。彼等が見てきたものを。しかし、彼等の目は閉じられたまま開こうともしない。
心の奥底では既に気付きながらも。
最後の問いを投げなければならない」
と、ユリウスは言った。
「何を考えている?」
と、ドラゴンは言った。
ユリウスは穏やかに微笑んだ。
「ドラゴン、お前は魔王とは何だと思うか?
答えてみよ」
と、ユリウスは厳しい声で言った。
「魔王とは、人間に害を与える存在の頂点に立つ者だ」
「では、ここであらためて問わねばならない。
人間に害を与えているのは、一体誰なのかという問いだ。
人間に害を与える存在が魔王というのであれば、その根本を作り出した存在こそが、私は真の魔王ではないかと思う。
彼等が、真の勇者になりえるのであれば、真の魔王の名を自ら叫ばねばならない。
真の魔王に対して、剣を抜かねばならない。
それこそが、勇者だ。
魔法使いである私は光の道に進むのであれば力をかそう。剣に力を与えよう。必ず魔王を討ち滅ぼせるほどの力を与える。
しかし、遠ざかっているとは…なんと悲しいことよな。
勇者が目を開かねば、人間の世界に光はない」
と、ユリウスは言った。
「どうする気だ…ユリウス。我は…」
「ドラゴン、お前は間違っている。
私がどうするのかではない、勇者がどうするのかだ。
歩みを止めたくないのであれば、人間の世界を変えるのは、人間でなければならない。
絶大な力は全てを飲み込む。
私は導きし者。勇者が選んだ道に、人間を導く。破滅にも、その逆にも。
私には私の役割がある。私はそれに従わねばならない。
この世界は人間の為だけにあるのではない。それすらも分からぬとは…なんと…愚かなものよな」
「ユリウス…全てを話せば、彼等ならば目を覚まそう。
真の勇者となりえよう」
その言葉にユリウスは声を上げて、笑い出した。
「私は、もう何度も話し合っている。
けれど恐れを抱いて動こうとしない勇者…そこに一体何の光を見ることができる?何の望みを抱けるというのだ?
聖職者を思い出すがよい。アレも哀れな男であった。心の奥底では気付いていながらも動こうとはしなかった。
全てが終わってから、自らの愚かさに気付いたのだ。
けれど元には戻らない、生命も現実も何もかも。
特別な力を与えられていながら、その役割を放棄した。最も罪深し傍観者であった。
だからこそアレは神の怒りを買い、今も魂のまま磔にされている。次に生まれ変わる時にも、その罪は消えはしない。
ドラゴン…もう一度言おう。
選ばれたる勇者が決めねばならぬこと…自ら考え動く者でなければ揺るがぬ志は抱けぬ。
何度も何度も、同じ事を繰り返すだけだ」
ユリウスの目に恐ろしい光が浮かんだ。
ドラゴンは黙った。
「この先…闇をまとった私を止められるのは…たった一つだけだ。
圧倒的な絶望を前にしても、希望を抱き続けられる勇者であることを証明しなければならない。
真の勇者が3人とも真の魔王の名を口にし、自らの望みを宣言し、剣を鞘から抜かねばならない。
光を覆う分厚い雲をかき消し、世界に光をもたらすことができる英雄なのかを、私に打ち勝つことで証明せねばならない。
私という試練に打ち勝てば、英雄となるに相応しい力を与えよう。
この手で勇者の武器を握り、私の真の名の刻印を刻み込み、英雄へと導こう。
そのために、十分な時間と友を与えた」
ユリウスは遥か遠くに見える月を眺めながら言った。
その光はあまりに遠く、やがては流れいく雲に隠れた。彼の望む光は地上を照らそうとはしなかった。
ユリウスの表情は徐々に険しくなっていった。
3人の男は、勇者としての片鱗すら見せようとはしないのだから。
「下がれ」
ユリウスが冷たい声で命令すると、ドラゴンは暗闇の中に消えていった。
ユリウスは彼の手で落とすことになるであろう星々を、闇のような黒い瞳で見つめ続けた。
彼が吹かせる風が、紫のマントを翻した。
小さな星々の輝きを麗しい瞳に焼き付けた後に、右手を握り締めた。
勇者のいる方向を見つめてから、彼がつくりし最果ての森の大地を見つめた。木々も咲き誇る花々も、全ては人間のなれの果ての姿だった。
もう一つの大陸も、このままでは森にかえるだろう。
ユリウスは希望を抱きながら、勇者と共に旅を続けてきたのだが、結局は希望を見出せず失望に変わろうとしていた。
(最後の問いに、勇者として答えねばならない。
そうでなければ望みは潰えるだろう。
ダンジョン深層部。
私はそこで彼等に光の力を与えるか、闇へと導くかを決めねばならない。
そのどちらかを決定する、その時が来た)
ユリウスは空を見上げがら、漆黒の瞳を閉じたのだった。
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