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旅路 7
しおりを挟む「ユリウス様は何かを恐れることがあるのですか?
どのような事が起こっても、驚いたり動揺されている姿を見たことがありません。沢山の恐ろしい魔物を目にしましたが、いつも冷静でした」
剣の勇者は水を汲みながら、不意に呟いた。
透き通る川の美しい水面に映し出された自分の隣にいる美しい魔法使いが、一体何を考えているのかを、知りたくなったのだった。
「いえ、恐ろしい魔物かどうかはまだ分かりません。
彼等も話ができるようですが、私たちは話すらもしていません。伝説上では恐れられているドラゴンでさえも話をしてみると、邪悪な者ではないと分かりました。
先日、貴方も私にそう言いました。
剣の勇者よ、魔物も同じです。
魔物の言葉に耳を傾けないうちに、剣を振りかざしてはなりません。彼等もドラゴンと同じかもしれません」
と、ユリウスは言った。
「しかし、魔物は殺せとの王命が下されています。
ドラゴンは魔物ではなく、空から遣わされたのです。
騎士にとって、王命は絶対です。
魔物は殺さなければなりません。
騎士は主君に対し、全てにおいて服従する義務があります。
たとえ何か主張があるとしても、騎士は偽りには警戒せねばなりません。人間を殺していながら、一体どのような主張があるというのですか?」
と、剣の勇者は強い口調で言った。
「自らの主張が聞き届けられないからではないのですか?永遠に話すら聞いてもらえずに耐えろというのですか?耐えた先に救いはあるのですか?
その考えは少々傲慢ではないかと思います。
それに偽りとは、一体何でしょう?
都合の悪いことを、偽りとしてはなりませんよ。
本当に警戒せねばならないのは一体何であるのか、よく考えてみなければなりません。都合の悪いことを知られないように、相手の口をふさごうとしている場合もあります。
王命が絶対ではありません。大切なことを忘れています」
ユリウスがそう言うと、川を流れる水の勢いが少し激しくなった。
「俺は何も忘れてはいません。
騎士としてやらねばならないことぐらい、ちゃんと分かっています」
剣の勇者は早口でそう答えると、ユリウスは剣の勇者の顔を見つめた。
「貴方は、今は、勇者です。
剣の勇者よ、勇者として一つお聞きします。
寒空の下、冷たい風が吹き、破れた服を着た少年が震えているとします。少年はお腹を空かせていますが、助ける者がおりません。
なぜなら少年の両親は罪を犯し、断罪されてしまったからです。
国王は「両親が罪人であれば、子供も同じく罪人だ」と言いました。
ただし、貴方は剣とともに寒さをしのげるマントもお持ちです。少年をあたためるのには十分なマントです。
貴方は、どうされますか?」
と、ユリウスは言った。
「そう…ですね…。少年は、可哀想だとは思います。
けれど…親が罪を犯したというのであれば…その子も…王命に従います」
「今の光景を、しっかりと、思い描いてください。
貴方の腰ほどの背丈しかない子供です。その子は何の罪も犯していません。
別の道は歩めないのですか?」
「王命があります。他の騎士もそれに従うでしょう。
ならば勇者である騎士が、王命に背くことはできません」
「私が勇者ならば…」
ユリウスは夕闇が迫り始めた空を見上げた。
「寒さで震える少年にマントをかけ、少年が国を守れるように騎士となる剣を教えたでしょう。
それでこそ、新たな道を歩める。
少年の目には、騎士が光のように見えたかもしれない。
闇のような絶望を打ち破る、一条の光です。
この世界に希望を抱かせてくれる男の姿です。
自分もそうなりたいと思うでしょう。
その剣で少年を貫くのではなく、少年に騎士の剣を持たせるのです。
それが勇者であり、少年の英雄になる男の決断ではないかと思います。皆を率いる男の剣です。
第1軍団騎士団隊長であるからこそ、国王と話ができる立場の者だと思っていました」
「えぇ…俺も普通の少年ならそうしたでしょう。
けれど、その子は信用できません」
「普通?その表現は間違っていると思いますよ。
少年は、少年です。
親が愚かであれば、子も愚かということなのですか?
子供には、心がないと?親と、全く同じなのですか?
人間とは変わらぬ生き物であるということでしょうか?」
「国に刃を向けることになるかもしれません。
親が親なのです。
俺には、そんな小さな可能性は信じられません。
少年の英雄になるよりも、国の英雄でなければなりませんから。犠牲になる生命は、いくらでもあります」
「震える少年を貴方の側にはおかずに、騎士の剣を少年に振り下ろしますか。多くの者の為ならば、小さな生命が犠牲になったとしても、すぐに忘れ去られますからね。
ただ私が思うに、1人の少年の未来を救えぬ男に、国が救えるのでしょうか?
弱き者を打ち砕き、強き者を救うのが英雄であるのならば、その英雄が救う国はすぐに崩壊します。
英雄という名にすがりついているだけで、偽りしかないからです」
「ユリウス様!
俺はただの騎士です!」
剣の勇者は体を震わせながら拳を握りしめた。
「そうです、貴方は騎士です。
騎士の中でも第1軍団騎士団隊長であり、ゲベート王国の勇者であり、英雄となって帰還するかもしれない男だ。
国王と直接話ができ、国民も英雄となって帰還する貴方の言葉になら耳を傾ける。
その力があります。
ただの兵士や騎士とは違います。
国王の命令を盲目に信じてはいけません。忠言するのも、騎士の隊長の務めです。
それに、騎士の戒律とは正しくはこうです。
騎士は主君に対し、その命令が正しくあり、神の願いと弱き者を害するものでない限り、全てにおいて服従する義務を有する。
大切な文言が欠如しています。
何故貴方は故意にその文言を言わなかったのですか?私が知らないとでも思ったのですか?
貴方は、もうとっくに気付いているはずです。
だから私のことを知りたいと思った。私がどうして貴方たちを国王のもとから引き離したのかを知りたいと思った。
権力に流されてなりません。
貴方は高潔な騎士です。
国王の旗のもとではなく、貴方の旗のもとに騎士たちは集うでしょう。行動を起こせば、今までの事も神は許してくださいます。
恐れることはありません。私が神に祈りましょう。
もう一度聞きますが、その王命は本当に正しいと思いますか?弱き者を刺し貫き、強き者を守るのが、勇者なのですか?」
ユリウスは漆黒の瞳で剣の勇者を見つめた。その瞳は不思議な威力があり、男の本心を曝け出させた。
「ユリウス様が仰りたいことは分かります。
でも、俺にだって立場があるんです…。
少年のことなど…知りません。
1人が犠牲になって皆んなが安心して暮らせるのなら、それでいいじゃないですか…なにがダメなんですか…。
愚か者の子供なんですから…その子だって性根は同じでしょう…仕方がないじゃないですか。
ゲベート王国の者ならば、皆んなそうするでしょう。
誰だって我が身が可愛いのです。たとえ騎士であったとしても。
それに俺は王女と…婚約しています…。全てを失ってしまうかもしれないのに…誰かを守るだなんて…誰だって俺の立場であるのならば同じ決断をするでしょう。
ありもしない話を、真剣に語り合うのはやめましょう。これ以上は、もう…やめてください」
剣の勇者はユリウスの瞳に耐えきれなくなった。
これ以上彼の言葉を聞くのを恐れて、流れいく水のようにその場から走り去っていった。
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