136 / 214
誕生 2
しおりを挟む「そうですね…夫人。
一つ、いい事を教えてあげましょう。この鞄の為に皮を剥がれた動物の生命もたった一度きりでした。
知らなかったでは、すまされない。
貴方が、殺したんですよ。
貴方が嬉々としながら自慢している鞄の値段は、皮を剥がれた動物の生命の値段です」
と、ユリウスは低い声で言った。
夫人の衣装部屋には、腕は2本であるにもかかわらず、富の象徴と優越感の為だけに動物の皮で作られた見てくれだけ豪華な鞄が数十個も飾られていた。その重さには、動物の悲鳴と血が込められているからだろう。
「え?一体…なんの話かしら?」
「知らないのですか?ならば知っておいた方がいいでしょう。
貴方が投げてよこしたこの鞄が、動物のどのような最期から作られたのか。
貴方が物入れにしているのは、生命です。
ぞんざいに扱っている以上、知らなければならない」
ユリウスはそう言うと、後ずさる夫人に近づいて行った。
夫人は逃げようとしたが足を動かすことが出来なくなり、怯え震えながらユリウスを見た。ユリウスは穏やかな微笑みを浮かべながら、夫人に生命を持たせた。
断末魔の声を上げた。
生きながら皮を剥がれる痛みと苦しみによって、皮からは真っ赤な血が吹き上がった。夫人の顔と両手は真っ赤に染まり、香水の香りは一瞬にして消え、血の臭いが部屋中に漂った。
夫人の手の中には、剥き出しになった肉片と心臓がドクンドクンと脈打っていた。
「イヤャ!」
夫人はユリウスが見せた幻に恐ろしくなり綺麗に結い上げた髪を振り乱しながら、鞄を放り投げた。
ユリウスは投げ捨てられた鞄を拾い上げると、両腕の中に包み込んだ。
「この動物にも、貴方のように子がいたかもしれませんね。
不貞を繰り返してきた貴方は、母親ではありませんが。
親が帰ってくるのを待っていた子供がいたかもしれない。
しかし…親は子供の元には帰らなかった。
貴方と一緒です」
ユリウスが鞄を撫でながら穏やかに微笑むと、鞄にされた生命は空へとかえっていった。
「なに…を…」
「動物だけが鞄になるのですか?そうではないでしょう。
貴方の皮膚も柔らかそうです。きっと極上の鞄となりましょう。
貴方は多くの動物を殺し過ぎました。貴方のような人間がいるから終わらない」
「やめて!
動物と人間は違うわ!
動物だって、他の生き物を殺してるじゃない!」
「何が違うのですか?同じ生命です。
たしかに動物も、他の動物を生きる為に殺しています。
けれど貴方は生きる為ではないでしょう?
見栄と欲を満たす為です。心が満たされない為に、これから先も鞄を増やしていく。人に見せびらかすことで、欲求を満たしているのでしょう。一度しか使っていない同じような鞄ばかりです。
人間の進歩の為には他の生命が犠牲になることもありますが、貴方の場合は進歩ではなく欲望の為です。
そして、絶滅に追い込んだ。
神がつくりだした、かけがえのない生命を地上から消し去ったのです。
それなのに狩られた動物の生命に感謝することもなければ、大切に扱うこともなかった。
私は、貴方が許せない」
ユリウスの瞳は相手を凍りつかせるように恐ろしくなった。
「待って…私には…子供がいるの!子供には母親が必要なの!」
「調子のいい時だけ、子供を出しに使うのはやめなさい。
貴方は子供を抱き締めたことがあるのですか?頭を撫でであげたことがあるのですか?手を繋いだことがあるのですか?ちゃんと目を見て話をしたことがあるのですか?
貴方がいなくなっても、伯爵がいるから大丈夫です。
片親だけでも、子供は立派に成長します」
ユリウスが穏やかに微笑むと、部屋のいたるところから動物の悲鳴が上がった。
夫人は大声を上げながら急いで部屋から逃げ出した。少しでも遠くに行こうと焦ったばかりに、階段から足を踏み外して、そのまま真っ逆さまにおちていった。
ユリウスは頭を強く打って動かなくなった夫人を階段の上から見下ろした。心からの懺悔の言葉を聞くことを期待していた。伯爵と子供の為に彼女の心を入れ替えてやるつもりで、ここに来たのだが、夫人は逃げ出したのだった。
死んでいる夫人を抱き上げると、ユリウスは先程の部屋へと連れて行った。
男を誘う為に塗りたくった厚化粧をおとしてから目を閉じ、馬鹿げた服ではなく、ちゃんとした服を着せた。
伯爵は高潔な人物であった。
多くの富に恵まれてはいたが、気高く、信念を持ち、誰に対しても敬意を持って接していた。恵まれない者への施しも惜しまず、孤児院では寄付をするだけではなく教育環境を整え、孤児院から出た時に、一人で食べていけるように手に職をつけさせた。才能があり望む者がいれば、その後の支援も惜しまなかった。
夫人が男を誘惑して死んだとなれば、伯爵の名誉にもかかわる。
力があり人望も厚い伯爵を引き摺り下ろそうと考える者は少ないだろうが、彼に敬意を表することにしたのだった。
伯爵が妻の不貞に気が付いていなかったとは到底思えないが、あまりにも悲しすぎる最期だった。
どこから二人が別々の道を歩むことになってしまったのかは分からないが、ユリウスは悲しい気持ちになった。
翌日、夫人が亡くなったと聞かされた伯爵は、長い間訪れることもなかった別荘にやって来た。
妻の度重なる不貞を知っていた伯爵は、妻が何処かの若い男と関係を結ぼうとしたが、何らかの予期せぬ事情が起こり殺されたのだろうと思いながら、妻の死に顔を見つめた。
伯爵の隣に立つ主治医は、伯爵の顔を見ることなく病死と診断した。
伯爵が妻を思い、涙を流したのかは誰にも分からなかった。
高慢な夫人が亡くなったと知った貴族の女性たちは口には出さずに喜んだ。彼女たちも病死ではないと気付いていたが、誰も事の真相を探ろうとはしなかった。
伯爵の力を恐れ、詮索でもしようものなら夫の立場が危なくなるのを恐れたのだった。
しばらくすると、はじめから夫人はいなかったかのように忘れ去られていった。
こういったことはユリウスの身に何度もおこった。女だけでなく男であっても同じように、彼を求めたのであった。
0
お気に入りに追加
2
あなたにおすすめの小説
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
💚催眠ハーレムとの日常 - マインドコントロールされた女性たちとの日常生活
XD
恋愛
誰からも拒絶される内気で不細工な少年エドクは、人の心を操り、催眠術と精神支配下に置く不思議な能力を手に入れる。彼はこの力を使って、夢の中でずっと欲しかったもの、彼がずっと愛してきた美しい女性たちのHAREMを作り上げる。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
もしもしお時間いいですか?
ベアりんぐ
ライト文芸
日常の中に漠然とした不安を抱えていた中学1年の智樹は、誰か知らない人との繋がりを求めて、深夜に知らない番号へと電話をしていた……そんな中、繋がった同い年の少女ハルと毎日通話をしていると、ハルがある提案をした……。
2人の繋がりの中にある感情を、1人の視点から紡いでいく物語の果てに、一体彼らは何をみるのか。彼らの想いはどこへ向かっていくのか。彼の数年間を、見えないレールに乗せて——。
※こちらカクヨム、小説家になろう、Nola、PageMekuでも掲載しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる